「クリエイターのための権利の本」を読んでみた
クリエイターに関する権利についての書籍が出版されるとのことで、クリエイター兼クリエイターを支援する立場である私としてはとてもワクワクしながら早速購入してみました。
そのタイトルも、ずばり『クリエイターのための権利の本』ということで、クリエイターとして知っておくべき点がわかりやすくまとめられていました。
その内容について、良かった点・気になった点を簡単に紹介したいと思います。
権利侵害時の対応も
「著作権トラブル解決のバイブル!」というコピーが付いているように、この本は著作権についての記述が主なものとなっていますが、商標やパブリシティ権といった著作権以外の権利や、下請法に関しても取り上げられています。
オープンソースソフトウェア(OSS)についても、他のライセンスと組み合わせた場合の派生物のライセンスについても一覧表で確認できますので便利です。
また、権利侵害を発見した場合の対処や、少額訴訟についてなど、従来の書籍ではあまり扱われなかった点についても言及していることも評価すべき点だと思います。
著作権をはじめとするクリエイターの権利について知らないためある程度は知っておきたいというような場合は、入門書として価値あるものだと思います。
残念な点も多数
その一方で、重要な箇所で誤表記がある他、取り上げられていない権利があったり、曖昧な記述となっている箇所があったりと、残念な点も複数見受けられます。
著者7人のうち専門家が弁護士1人しかいないという状況のためか、たとえ監修があったとしても実務面から考えると内容がやや弱く感じました。
誤表記としては、GPLではなく「GLP」と記されていたり(p.111のCOLUMN内)、見積書・契約書サンプルのライセンス表記(p.218)が「CC NY-NC 4.0」になっていたりします。こちらはNYではなくBYが正しいのですが、間違った表記で覚えないよう注意が必要です。
“クリエイターのための“と謳っておきながら、例えば音楽クリエイターについてはまったく触れられておらず、音楽家の権利について知りたい方には物足りないと思います。
写真についても同様で、フォトグラファー向けの記述は少ないことから、この書籍の対象となる“クリエイター”の範囲は狭いようです。
特に音楽では無視できない「著作隣接権」についても、その用語は出てきますがまったく解説がなく、それが原因かはわかりませんが、「歌詞の引用」についての箇所で
プロモーションビデオ、ミュージックビデオをそのまま掲載するの行為は著作権やレコード会社の著作隣接権の侵害になるのでNGですが、「歌ってみたシリーズ」は利用許諾契約のためOKになっています。
(「大串肇、北村崇、染谷昌利、木村剛大、古賀海人、齋木弘樹、角田綾佳著『著作権トラブル解決のバイブル!クリエイターのための権利の本』」p.86から引用)
このような語弊のある記述もあります。「歌ってみたシリーズ」であっても、例えば他社が作成したカラオケ音源をバックに歌ったり演奏したりする動画は、その音源の利用が許諾されていない限り(※ニコ動などでは一部の音源について予め利用許諾されているものもあります)著作隣接権(複製権、送信可能化権)の侵害となるおそれがあり、決して「OKになっています」と断定できるものではないと考えられます。
また、利用規約やプライバシーポリシーについても著作権があるとされていますが(p.153)、実際には著作物性が認められるケースのほうが少なく、同じページで取り上げられている「修理規約事件(東京地判平成26.7.30)」のように全体に作成者の個性が表れているような特別な場合に限り著作物性がある、つまり著作権で保護されるものとなります。
どのような利用規約やプライバシーポリシーにも著作権が認められるような表現は誤解を招くものではないでしょうか。
※特にプライバシーポリシーとして記す内容は会社によって大きな差がでるものでもありません。そのような文書に対して著作権を認めてしまうと、偶然同様のポリシーを策定した他社に対して著作権侵害に基づく請求が可能になってしまう弊害が考えられます。
他にも、些細なことかもしれませんが司法書士のことを「少額訴訟の代行業者」と表している(p.182)こともとても違和感がありますし、弁護士の監修による影響かもしれませんが、著作権の専門家として弁護士しか紹介していないことも残念です。
弁理士も知財の専門家ですし、私のような一部の行政書士も「著作権相談員」として啓蒙に尽力していることを無視しないでいただきたいです。
商標のⓇマークについても、商標を持つ側(商標権者)としては、説明されているとおり第三者が勝手に商標を使用しないよう牽制(p.81)という意味もありますが、商標権が行使できなくなる「普通名称化」を防ぐ意味も強いことも覚えておいて損はないと思います。
人格権はもっと大切にしてほしい
とても期待していた書籍ですが、個人的に特に残念だったのが二点あります。
一点は、著作者人格権についても記述がとても少ないことです。
クリエイターのためのと謳うのであれば、不行使特約によって蔑ろにされがちな著作者人格権についてもしっかりと解説し、著作者であるクリエイターが持つ重要な権利であることを啓蒙していただきたかったです。
後述する契約書についてもそうですが、書籍タイトルから想像されるものよりは発注者(クライアント)側の視点がやや強い印象を受けました。
※著作者人格権については、私のブログにてもう少し詳しく書いた記事がありますので、クリエイターにはぜひ読んでいただき、自身が持つ人格権について考えて欲しいと思っています。
契約書サンプルが微妙
もう一点が、巻末に収録されている「イラスト制作業務委託契約書サンプル」があまり実用的ではない点です。
先述の通り、権利の本にとっては重要なライセンス表記が間違っているのもそうですが、実際にダウンロードしたサンプル文書(Wordファイル)では、条項によってフォントやフォントサイズが異なっていたりと、やや詰めが甘い印象があります。
また、ライセンスがCC BY-NC 4.0(Creative Commons 表示-非営利 4.0)である場合、「BY」によって著作者名の表示が求められますが、表示すべき著作者は誰なのか、そしてどのように表記すべきかがまったく示されていません。
そもそも、著作者名が示されていたとしても、利用する場合(※少なくとも契約当事者名はかならず変更、つまり改変するわけですから、そのまま配布するのではなく自己の契約における契約書雛形として利用する場合は必ず改変が発生します)は契約書にそれを必ず書かなければならないというのは、あまり利便性の良いものではありません。
さらに、「NC」によって利用は非営利目的に限定されますが、自己の契約における雛形とする場合、その“契約”は営利を目的とした事業活動ですので、確実に非営利であると断言できるか否かは曖昧です。
このように、この契約書サンプルにCC BY-NC4.0を適用させてしまったために利用許諾が曖昧でグレーなものとなってしまっています。
そもそも契約書自体は著作物性が認められる可能性が低いものであるため(この文面からは個性的な表現は感得できません)、CC以外の選択肢は十分検討できたものと考えられます。
内容についても、クリエイターのための書籍に掲載する契約書であれば、もっとクリエイター寄りの契約内容でも良かったのではと思います。
このサンプルの内容の場合、一般的に発注側が提示する契約内容という印象があります。
初級者には価値あり
このように、せっかくクリエイターの権利についてフォーカスした貴重な書籍であるにも関わらず、個人的には残念な印象も強かったというのが正直なところですが、でも、幅広くクリエイターに関係する権利や法律についてまとめられた書籍であることは間違いありません。
権利について何も知らない、基本的なことを知っておきたいという方は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
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