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ギスギス悪役会議

  目次

「おやおや、おやおやおやおやおや。これは難解な冗談だ。いやぁ、あなたの笑いのセンスはいささか玄人向けすぎて僕にはときどき理解できないことがあるよ〈鉄仮面〉。是非とも解説をお願いしたいんだけど?」
「王女を殺せば、エルフどもは怒り狂う。死兵と化すぞ」
「だから? エルフ騎士なんて怒り狂っていようがニコニコ笑っていようが大差なんてないだろ。何言ってんの? ゼロにいくらかけても答えはゼロ。ここにいる三人と〈虫〉を打倒できる可能性なんてないんだよ」
「人質として利用すべきだと言っている。エルフどもにも、異界の英雄とやらにも等しく効果を発揮するだろう」
「その理屈は破綻してるね。殺せば異界の英雄どもは消え失せる。残されたエルフどもは何の脅威でもない。人質を取る必要がまったくない」
「労力と効率の話をしているのだ。勝利は確定しているとして、無意味な苦労を自分から背負う意味はない」
おいいい加減にしろよ

 〈道化師〉は見開いた眼に力を込め、嗤笑を浮かべた。語気こそ強めたが、内心では微笑ましくてしょうがない。この期に及んでも、自分の本当の動機を隠せていると思っているらしい。実に、実に愛すべき男であった。

「あなたを友と思うからこそ、これまで心に土足で踏み入るようなことは控えてきたけれど、さすがにそれは言い訳としても稚拙に過ぎる。あまりに微笑ましすぎてついうっかりあなたの本当の名前を口走ってしまいそうだよ

 瞬間。
 〈道化師〉は、己の喉元に冴え冴えと冷たい感触が押し当てられていることに気づいた。
 思わず薄ら笑いが頬に張り付く。素晴らしい。生前の究極的剣技に加え、幽鬼王レイスロードとしての霊体化と瞬間移動の特質をも得たこの男の戦闘能力がどれ程のものになるのか、もはや〈道化師〉には計り知れない。

「おっと、墓標みたいな男だと思っていたけど、激して反射的に斬りかかるような可愛いらしいところもあるんだね。ちょっと親近感わいちゃうなぁ。僕の何倍も生きているはすなんだけど、やっぱりそういうのは切り捨てられないものなのかな?」

 喉元に、重厚で荘厳なる存在感を覚える。〈鉄仮面〉を見初めた神統器レガリアの、神代の息吹だ。
 バイザーの奥の眼光が、今はっきりと瞋恚を湛えて燃え盛っていた。その長身から湧き出る瘴気が〈道化師〉の肌に触れ、冷え冷えとした無力感を植え付けていった。長く晒されていると生命が危ぶまれる剣呑極まりない毒素だ。
 だが――
 ふと、〈道化師〉はおかしなことに気づく。
 〈鉄仮面〉の後方、蛍光色の鳥かごに囚われたシャーリィの様子だ。
 平然としている
 胆力がどうとか、そういう問題ではない。平然としているはずがないのだ。
 ヴォルダガッダとシャーリィの間に〈鉄仮面〉が割って入ったとき、悪鬼の王の気当たりを受けて、瘴気はすべてあのガラス細工のように繊細な姫君へと吹き付けていたはずである。
 ただの人間とは言い難い〈道化師〉だからこそ、ある程度は耐えられているのだ。本来まっとうな生物が浴びれば意識を失うか、そこまでいかずともひどく憔悴していなくてはおかしい。

「……〈鉄仮面〉。お怒りのところ悪いけど、どうも様子が変だ」
「何の話だ」
面目ないあれは偽物みたいだ
「何?」

「天ッッッ!!!! 才ッッッ!!!! ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィムッッッッ!!!!」

 瞬間、冗談のような熱量を持つ光条が、樹上庭園を薙ぎ払った。
 それはまるで切っ先が見えぬほど長い光の剣のごとく、木々や岩や彫刻群を一瞬にして溶断しながら〈道化師〉らに迫った。
 ヴォルダガッダは、防いだ。神統器レガリアを交差させ、鎖を円状に展開し、破滅の極光を耐え抜いた。
 〈鉄仮面〉は、かわした。こともなげに瞬間移動で難を逃れた。
 しかし戦士ならざる〈道化師〉には、まったく反応不可能な速度であった。
 だが――
 一瞬の意識の途絶ののち、彼は自分がさっきとは異なる場所にいることに気づいた。白熱光が通り過ぎた後の地点だ。
 寒々とした存在が、自分を小脇に抱えていることに気づいた。
 〈鉄仮面〉は早々に〈道化師〉を地面に下ろす。咄嗟に〈道化師〉を抱え、共に瞬間移動したのだ。

「おっと……助けられたってことかな?」
「二度はないぞ」
「恩に着るよ」

 ともかく、さきほどのビームの発生源を見極めようと目を眇める。
 が。
 すぐそばの岩が、ぐにゃりと歪み、形を変えた。
 黒い礼装をまとった、美しい青年が、そこに現れていた。
 片膝をつき、抜刀の構えの状態で。

「――シィッ!」

 呼気と共に剣光が一閃――しなかった。
 鞘走った刀身が〈道化師〉の首に到達する直前、その動きが完全に停止した。

「やあ、ヤビソー氏。そんなところに隠れ潜んでいたとはね」

 薄ら笑いを浮かべて、〈道化師〉は小首を傾げる。

「なかなか見事な不意打ちだけど、少しだけ遅かったみたいだ」
「――さて、それはどうであるかな。」

 総十郎は蒲公英たんぽぽのように微笑む。
 傍らには、小さな妖精が浮遊していた。
 次の瞬間、青白い光線が鋭角的に曲がりながら幾条も〈道化師〉に殺到する。

【続く】

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