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〈神韻探偵〉の手記

  目次

 小生がこの麗しい世界に来てから、一ヶ月が経った。
 一ヶ月といっても、ヱルフたちはそういう暦をほとんど意識しないので、自分で日数を数えてゐたゞけであるが。
 オブスキュア王国における霊的防衛機構の構築にあたり、この奇妙な社会に対する小生の所見をこゝに記しておく。
 まず最初に大前提として述べておかねばならないのは、ヱルフとは人類種の一民族などではない、という事実である。
 彼らは根本から人類とは異なる進化系統に列なる種族である。
 ヱルフたちは、彼ら独自の価値感覚に従って、人類に対し漠然とした好意を抱いてゐるし、人類側もヱルフの無垢さと見目麗しさに魅せられる者はゐたようだ。
 よって人類とヱルフが妹背の契りを交わす例はこれまで幾度もあったようであるが――そうして一緒になった夫婦が子宝に恵まれたという事例はひとつもない。ひとつたりとも、だ。
 見た目こそよく似ているものゝ、その血は決して交じり合うことがない程度には隔たってゐるのだ。
 この事実は、オブスキュア王国が今までロギュネソス帝国に飲み込まれることがなかった理由のひとつとなってゐるであろうことは疑いない。
 帝国、とはすなわち周囲の諸民族を飲み込んで、混血という手段で消化してゆく、ひとつの巨大な捕食生命である。
 決して消化できない異物を飲み込むのには二の足を踏むであろう。
 増してや、その異物が〈化外の地〉との緩衝地帯となってゐるのであれば、放っておいた方が得であると考えるのも当然であった。
 だが、一方で、オブスキュア王国を併合し、〈化外の地〉に対する大規模な征服事業を始めるべきだとする一派もまた帝国内部には存在する。
 主に叩き上げの戦士階級――騎士と呼ばれる小領主たちにその機運は強い。帝国の剣として、御国の拡大に大いに貢献してきた彼らであるが、侵攻が止まり、平和が訪れてしまうと、大量に抱えた兵らの扱いに苦慮するようになってしまう。まさか放逐するわけにもいかない。大量の野盗となって領土を荒らすからだ。そんなことを許せば、神統器レガリアを有する貴族から「民の護り手たる資格なし」と見なされ、領土を剥奪されかねない。
 よって、〈化外の地〉という正当なる侵略対象を得て、自らの上に君臨する属州総督閣下より正当なる軍事費用を賜ろうという魂胆であった。この問題は、兵士たちに別の生業を与えれば解決するのだが、そも/\別の生業などと言うものは農業以外にないのである。そして農業を成すには土地が必要であり、土地を得るにはやはり侵略以外にありえないのであった。
 神統器レガリアの絶対的権威によって、小生の世界ではあり得ぬほど大きく膨らんだ覇権的帝国であったが、大きすぎるがゆえに内部に様々なひずみを抱えてゐるのだ。
 これに対し、オブスキュア王国は極めて安定してゐる。
 否、安定しすぎて、もはや静止してゐる、とすら言える。
 なにしろ、確認される最初の歴史区分たる〈星幽の時代〉よりこちら、社会になにひとつとして変化がないのだ
 女王が君臨し、神統器レガリアを持つ貴族家がそれを支える。この体制が揺らいだことなど一度もない。歴史的なダイナミズムに満ちた帝国と比べると、まさに静止と呼ぶほかない。
 オブスキュア王国における「貴族」とは、イコール「騎士」である。貴族の男子はもれなく騎士として平民たちを守護する義務を負う。中にはリーネどののような勇敢な女性も騎士の道を歩むことがあるが、例外的だ。
 そしてオブスキュア貴族は領土を持たない。すべて王家の家臣、という扱いである。これは〈聖樹の門ウェイポヰント〉による転移網ゆえに、単一の政体でも十分に広大な国土を統制できるためであろう。
 特筆すべきは、税制、などというものが存在しない点である。いや、それで成り立つのか? というかそれは国と言って良いのか? という疑問が最初はあったものだが、貴族と平民の関係を見ると、納得せざるを得ない。
 貴族は平民を護る義務を負うが、その代わり日々の狩猟採取は免除されている。いや、法制度としてそう明記されてゐるわけではなく、「なんとなくそんな感じになってゐる」のだ。平民たちは、その日の狩りの成果のうち、最も上等なものを貴族に献上する。別にそうしろと強制されたからではない。いつもオークどもから守ってくれる騎士さまたちへの感謝と、その喜ぶ顔が見たいという気持ちと、あとついでに褒めてほしいなぁという打算と呼ぶにも牧歌的すぎる心情から、平民は献上を行うのだ。たゞそれだけで貴族たちは平民よりも豊かな食生活を送れてゐるのである。
 正直に言おう。頭痛がしてきた。
 なんだこれは。どういうことだ。小生の知る「国家」とはあまりにもかけ離れすぎてゐる。
 この現状の根底にあるのが、ヱルフたちに「所有権」なる概念がほとんど存在しないという事実である。
 窃盗の罪など存在しない。人のものを勝手に持っていくことは別に罪ではないからだ。中には必ず一言断ってから持っていくヱルフもいるが、「律儀な奴だなぁ」と物珍しそうな目を向けられる始末である。日々の糧を得るのにまったく苦労がないがために、物に執着するということがないのだ。貴族に献上する分を合わせたとしても、一般的なヱルフの「労働時間」は日の出から始まって午前中に終わってしまう。なんとも優雅な暮らしぶりである。
 当然ながら、貨幣も存在しない。物々交換で何一つ不自由はないからだ。七つ存在する都市のうち、帝国側にある第五都市エグランテリア、第六都市グラウカ、第七都市フィンブリアアタの三都には、人族との売買取引のためにそれなりの現金が貯蔵されてはゐる。しかしこれとてヱルフの間の取引にはまったく活用されない。必要ないからだ。オブスキュア内部で「それちょーだい」と言えば拒まれることはまずない。ヱルフたちは贈るのも贈られるのも大好きである。
 要するに、オブスキュア王国とは、内部に階級制を有する原始共産制社会なのである。
 そしてこの階級によって、二つの異なる社会通念が和合してゐる。
 平民たちは母権制的、家母長的な集団だ。家や財産は母より娘へと受け継がれる。息子しかゐないのならばそれでも問題はないが、優先順位は女性の方が高い。語り部、薬師、助産師など、特権的な職業もほぼ女性によって占められてゐる。平民階級の性生活は奔放であり、結婚という制度は存在せず、「母親が誰であるか」は自らを語るうえで大切な要素だが、「父親が誰であるか」はほとんど気にされない。
 一方、貴族は父権的、家父長制的な集団だ。神統器レガリアと家督は父より長男へと受け継がれる。これは、貴族に求められる義務が第一に防衛である点が強く作用してゐるためであろう。そして血統を維持するために厳密な結婚制を敷き、両親が誰であるのかを明確にする。当然、伴侶以外の者との間に子を成すことは不道徳とされる。ただし子供さえできなければ特に問題はないらしく、営み自体は比較的大らかに許容される。ヱルフは男女ともに恋多き種族なのだ。
 驚くべきことに、神統器レガリアの継承に失敗した貴族家は存在しないらしい。かの神器が所有者を選ぶ基準が「我欲よりも民のことを優先して考えられる人格である」ということを考えれば、なか/\に目を見張るものがある。無論、長寿ゆえに世代交代の絶対数が少ないという事情はあるにせよ、これはまったく、誇るべき偉業である。
 さて、貴族の男子は騎士となるが、貴族の女子は祭祀となる。
 この祭祀たちこそが、ヱルフ社会において最も注目を集め、崇敬される者たちである。何故なら、すべてのヱルフの女性たちが憧れ、求めてやまない「出産権」の授与を取り仕切る存在であるからだ。
 樹々に手を触れ、森の意志と心を交わし、啓示を受け取る。森は自らの状態を祭祀たちに伝える。たとえばこの種の獣が少なくなってゐるのでしばらく禁猟せよ、など。生態系の均衡を保つための様々な判断を行うのが祭祀たちなのだ。
 ただし出産権の授与だけは、判断の主体が森側にある。祭祀のやることは「あの辺に住んでるこの女が既定量の魔力を収めたので、出産権の栄誉を与える」という啓示を本人に伝え、その証たる特殊な調律の施された幽骨の腕輪を授けることだけだ。この腕輪は、持ち主が身籠ると同時に輝きを失ってただの朽ちた樹に変じ、ぼろりと崩れ去るのだという。
 こうしてヱルフたちは自らの人口を適切に調整し、森と極めて親密な関係を維持してゐるのである。
 だが――この体制は、ヱルフたちにひとつの我慢を強いてゐる。子供と触れ合う機会がほとんどないのだ。一般的なヱルフの肉体の成長速度は、人間とまったく同じである。生後二十年で青年期の肉体となり、その姿のまま約千年生きるのだ。その長すぎる一生に比べて、子供でいる期間は泡沫の夢とでも言うべき一瞬である。
 御年百四十三歳のシャーリィ殿下や、その姉君であるシャイファ殿下は、幼さを色濃く残す容姿であるが、これは王家だけの特徴である。王家には女性しか生まれず、その肉体的成長は他のヱルフよりもずっと遅い。肉体的に成熟するまでに二百年を要する。つまり人族をちょうど十倍にしたラヰフサヰクルなのである。
 そういうわけで、オブスキュア王国にはほとんどまったく子供の姿を見かけない。一度だけあどけないヱルフの童女と語らう機会があったが、いやはや、まさしく天使。地上の至宝と呼ぶべき愛らしさであった。彼女を守るためならばヱルフの大人たちは喜んで身を投げ出すであろうし、小生もそれには大いに共感するものである。かのひとにアヰスクリヰムパフヱを奢ることができないとは、なんたる悲劇であろうか。小生慚愧の涙を禁じ得ぬ。
 閑話休題。
 己が子を抱きしめ、よし/\と撫でてやる。人族であればありふれた行いが、ヱルフたちにとっては狂おしいほどに遠い。特に女性たちの子供に対する思いは、ヱルフでもなければ女でもない小生には到底わかってやれぬほどに根深く、強い。愛らしい造形の人形をこさえ、我が子のように世話を焼く趣味は、オブスキュアの女性の間ではごく一般的なものである。
 そこへ突如、人族のいとけない少年がやってきたのだから大変である。

 おっと、ちょうどフィンくんが女性に抱きしめられて目を白黒させておる。今日は筆を置こう。
 黒神は今も目隠しをして酒をかっくらい、ヱルフ娘たちと不道徳な遊びに終始してゐるようである。まことに嘆かわしい。

【続く】

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