神すら逃さん
唯一可能性があるとするならば、斬伐霊光でフィンの体を〈竜虫〉に縛り付け、密着状態から放つしかない。
だが――
「シィ――ッ」
鋭い呼気とともに放たれた一閃は、魔力の光を帯びた〈虫〉の肢に阻まれた。と同時に凄まじい速度で光翼が振り回され、総十郎は宙を揺れ動く羽毛のような体捌きで回避を強いられる。すべてがフィンの動体視力でも認識できなかった。斬伐霊光の動体センサー反応の複合処理によってようやくアクションの全容が把握される。
端的に言って、戦慄した。
――あれに割って入るのは自殺行為であります。
しかも、重銀粒子を大量に錬成しなくてはならないため、一度使えば〈哲学者の卵〉はしばらく機能停止する。フィンはほぼ戦力ではなくなる。
「ふうむ。ヴォルダガッダの鎧もそうであったが、どうやら魔力的な守りが宿る物体には透過の太刀が通用せぬようだ。小生の世界とは魔術の在り方も異なるというわけか。あれを墜とすとしたら、ただひたすら圧倒的な威力の物理攻撃をもって成すしかあるまい。」
この期に及んで息ひとつ荒げていないこの人もとんでもないな。
「フィンくん。」
「は、はいっ!」
「小生は君の指揮下に入ろう。」
「へっ!?」
「何か考えがあるのであろう? 存分に小生を使いたまえ。」
「りょ、了解であります……」
孝徳が身に沁みついているフィンにしてみると、年長者に命令するというのは非常に気が咎めるのだが、四の五の言っていられない。〈虫〉はオブスキュアの転移網を麻痺させ、国家崩壊の原因となっているものだ。今この場で絶対に撃破しなくてはならない。
「一瞬でも良いので、敵の動きを止められると助かるのでありますが……」
「銀糸の網で捕えるというわけには?」
「あれを捕縛できるほど太い糸を錬成したら、切り札を使う余力がなくなってしまうであります」
「ふむ、ではなんとかしよう。ただし一度しか成せぬゆえ、機を見誤らぬこと。」
「了解でありますっ!」
言って二人は逆方向に跳ぶ。無数の光弾がその残像を貫いた。
〈虫〉の肢が飛び交って光弾を連射し、〈竜虫〉が光翼で斬り裂く。さらにいくつか脂肪球も生き残っており、ゆるやかに標的を追尾するビームが撃ち放たれる。狙いはおおむね総十郎だ。フィンよりもそちらをより大きな脅威と判断しているようだ。
さながら万華鏡のごとき光の雨を縫って、総十郎が宙を馳せる。舞うように旋転/瞬時に加速/銀糸に手をかけて方向転換。もはや黒い陽炎だ。
涼しげな笑みを浮かべ、懐に手をやった。
引き抜きざまに一閃。五つの呪符が〈竜虫〉を囲むように展開する。
「さても御覧じろ。天の岩戸を封ぜし神代の注連縄なり。」
そのさまを見ながら、フィンは戦術妖精たちを集結させていた。
七人は翅を拡げて電場を展開。環状の放電が妖精たちの背中に現れる。それらがフィンの前でぴたりと重ね合わさり、七人の妖精による砲身が完成する。
一方、総十郎の放った呪符より、白い霊気を帯びた縄が飛び出した。螺旋状によりあわされた、太い縄だ。
「顕象――桔梗印。」
縄はのたうちながら宙を奔り、一瞬にして五芒星を形作った。中央に〈竜虫〉を捉えている。
フィンと総十郎は、それぞれの口訣を同時に唱える。
「――〈そは万物のうちで最強のもの。何となれば、そはあらゆる精妙なるものに打ち勝ち、あらゆる固体に浸透せん〉――」
「緩くとも、よもやゆるさず、縛り縄。不動の心、あるに限らん。」
フィンは掌を〈竜虫〉に向け、そこに錬成文字を浮かび上がらせる。掌を通じて、体の力を根こそぎもっていかれるような感覚が襲いくる。
総十郎は手指を複雑な形に組み合わせ、目尻を険しく尖らせた。
「吽・枳利枳利・吽発咤。」
五芒星が激しく発光。〈竜虫〉のしなやかな動きが突如強張り、痙攣しはじめる。まるで空中に縫いとめられたかのようだ。
「今である、フィンくん。」
フィンはうなずくと、掌から伸びる銀の杭を妖精たちの砲身に差し込んだ。
「――白銀錬成――」
あれほど巨大で、動かぬ標的を外すことなどあり得ない。
最後の駆動文言を発そうと、眦を決し、口を開く。
「――させんよ」
ぞっとするほど冷たく、耳から死が流し込まれたかと思うほど乾いた声がした。
瞬間――視界が覆い塞がれた。
甲高い鋼の悲鳴が鳴り響く。
そしてフィンは、総十郎の胸に抱きしめられていることに気づいた。
「おや/\、これは面妖な御仁であるな。見ての通り今は取り込み中ゆえ、用向きは後にしてもらえると助かるのであるが。」
「なに、すぐに済む。そして済めばお前たちはもう何も思い煩う必要がなくなる」
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