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人世の罪を、背負いし者

  目次

 そうこうしていると、ライラは総十郎の方に気づいた。

「わぁ、人族だ! えへへ、まんまるお耳かわいいねっ!」

 喜色満面で見つめてくる。

「お初にお目にかゝる。小生は鵺火総十郎と申す書生である。此度は異界よりシャーリィ殿下のお招きに応じ、馳せ参じた次第。オブスキュアの国難に対し、微力ながら尽くさせていたゞく所存である。」

 総十郎は、包み込むような微笑みでその視線を出迎えた。
 途端、ライラは頬を赤らめ、リーネの後ろに隠れた。
 もじもじしながら「えっと、よ、よろしく……」とうつむきがちに言った。

「そ、ソーチャンどの……あの、こう言ってはなんなのですが、あまり年頃の娘に対して気軽に微笑みかけるのは反則と言いますか、いかがなものかと思うのですが……」
「うむ? しかしなぁ、小生、仏頂面をしてゐると婦女を怖がらせてしまう顔つきのようであるゆえ、好ましい人には常に笑顔で接することにしておる。」
「……確かに、悪鬼の王と対峙しているときのソーチャンどのは、正直なところかなり怖かったですが……」
「あゝ、それはすまないことをしたな。リーネどのが片腕を喪っておられるのを見て、小生つい/\怒りを抑えることができなんだ。まったく、精神修養の足りぬことである。」
「わ、わたしのために……?」

 総十郎は、腕の中の幼い少年に、慈しみの込もった視線を下ろした。

「本当に、フィンくんには感謝せねばなるまい。」
「はい……まったくです。こんなに小さな御子に助けられてしまった。騎士として、大人として、忸怩たるものを感じます」
「えーと、その子は? ほっぺほわほわだね~。男の子? 女の子?」

 ライラがリーネの影から出てきて、総十郎に抱えられるフィンの頬をツンツンしはじめる。どうも興味の対象が移ると、感情がリセットされるタチであるようだ。

「うむ、フィン・ヰンペトゥスくんである。彼もまた、小生と同じくシャーリィ殿下に招かれし者である。すまないがライラ嬢、彼のために寝床をひとつ提供してはもらえまいか。」
「まっかせなさい! 熟睡しすぎるあまり気づいたら死んじゃってる勢いの寝台こさえてあげるっ!」

 いや永眠されると困るのだが。フィン少年とは話しておきたいことがあるし。

「それで、ライラ。皆は無事か? まぁその様子なら無事なのだろうが」
「うん、みんな大丈夫だよ。オークはぜんぶレッカさまがやっつけてくれたの!」
「で、あろうな。しかしあの男の雑な戦い方では残党が付近をうろついてゐるかもしれぬ。あまり外を歩かれぬように。」
「大丈夫だよ! あたしたちオークなんかよりずっと足速いんだから、囲まれない限りへーきへーき!」

 実際、リーネ・シュネービッチェンの身のこなしを見るに、それは否定しづらい。

「ほらほら、レッカさまありがとうの宴やってるからさ! はやくはやく~!」

 背中を押され、先を急ぐ一行であった。
 なんか独特のテンポを持つ娘であった。

 ●










【解き放つ】










 それは眠りより目覚めた。

 ――求めし者が、ようやく現れた。

 はっきりと言語的にそう思考したわけではないが、ともかく自らが動くべき時が来たことをそれは悟った。
 あるじより命ぜられ、〈道化師〉とともにこの森を訪れてはや一ヶ月。それらはこの地方の精霊力の循環を司る結節点にとりつき、逆位相の精霊力波を放射して機能を麻痺させてきた。広大な森そのものがひとつの生命であるとするなら、それは血液の循環を止めるにも等しい行いだ。一年も続けば、森は完全に死滅し、恐らくは南方の〈化外の地〉と同じ魔境と化すであろう。〈鉄仮面〉やヴォルダガッダの望みなどそれにとってはどうでもよいことではあったが、結果的には彼らの宿願を叶えることになりそうだ。別段それは構わない。
 だが、オブスキュアのエルフたちが大人しく滅びを受け入れるはずもない。必ずそれを排除しにかかるであろう。しかし彼らの持つ力をどのように活用しようと、それに対して有効な攻撃はできまい。
 で、あるならばエルフたちの取りうる手段はただひとつであり、それこそが主の、ひいては〈盟主〉の御心に適うことなのだ。
 見極める必要があった。
 現れし者が、果たして〈盟主〉の〈計画〉に組み込むことが可能な者であるか否か。
 もし否であるならば、速やかに撃破。そこまでいかずとも、戦闘能力の詳細を〈道化師〉に伝える必要があった。
 七千七百七十七年の悠久を耐え抜いてきた巨体が、軋みを上げながら身をもたげる。一ヶ月の間に降り積もった落ち葉が舞い散った。

〈罪業魔導機関/起動〉〈出力安定〉〈内部探査/開始〉〈神経系/異常なし〉〈制御系/異常なし〉〈駆動系/異常なし〉〈構造系/異常なし〉〈待機戒律/解除〉〈探査戒律/起動〉〈付近の罪業値/有意な変化はなし〉〈動力源の罪業残留値/小〉〈直近ではないが、新たな動力源確保の要あり〉

 己が肉体の健康状態を確認し終えると、それは〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉から八本の爪を引き剥がし、黒紫の炎を激しく噴射した。
 一瞬落下しかけた巨体は、しかしすぐに充分な推進力を得て、宙を斬り裂くように飛行を始めた。

【続く】

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