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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #14

  目次

「よう、えらい目にあったってぇ顔だな」
 署まで迎えにきた父さんの気楽な口調に、わけもなく反感を覚えた。
 努めて無視するように脇を通り抜け、外に出た。
 早歩きで、しばらく歩く。すぐ後ろから力強い足音がついてくる。
「婆さんはちゃんと家に戻ってきたぜ。何事もなく、な」
 低く太い声がした。
 振り返ると、父さんがニタニタと笑っている。縦にも横にも大きい巨躯だ。
「……知っていたんだな」
 自分でも驚くほど、しわがれた声だった。
「あぁ?」
「ツネ婆ちゃんが辻斬りやってたこと、知ってたんだな!?」
「あー知ってたぜ。だから何だ? どうかしたのか? あ?」
「……どうして黙って見ていた……どうして何もしなかった……! てめえの母親だろうがァッ!」
 背中から電柱に叩きつけられた。
 ぼくの胸倉を、父さんは巨大な拳で掴み、持ち上げていた。
 ごく間近で、獣のような眼が眼光を射かけてきている。眉間には禍々しい皺が寄り、顔ごと叩き潰されるんじゃないかと思うほどの凄まじい威圧感が噴きつけてくる。
 カッと眼を開いて、見返してやる。絶対に、視線を逸らしはしない。
「あのな、よく聞け。クソガキ」
 噛んで含めるように。
「俺がなんで《新宿ジュクの狂虎》と呼ばれてたか教えてやる――」
 鬼の形相から一変、ヘラヘラ笑い始めた。
「――勝てない相手とは絶対にやり合わなかったからだぁ!」
 ぼくは無言で渾身の拳をこの男の頬に打ち込んでいた。
 しかし、小揺るぎもしない。
 赤銀ザキラは鼻を鳴らし、ぼくを放した。
 着地しそこね、尻餅をつく。
 そんなぼくを、彼は路上でひき潰されたカエルでも眺めるような眼で見下していた。
「婆さんが人を斬るさまを見たんなら、わかるだろうが」
 ぼそりと。不要なものを吐き出すように。
「意味ねえんだよ。何しようがな。マッポにチクるか? バカ言え。無駄に死人が増えるだけだ」
「だからって……!」
「自分の手でお袋の所業を止めてやろうなんて、柄にもなく息巻いてた時もあったなぁ……だが無理だったよ。あんのババア、ボケてる時ですら全然隙がねえ。どうやっても勝ち筋が見出せなかった。その上、飯に毒を盛っても、巧い具合に避けやがる。まぁ、秘剣の性質を考えれば無理もねえ……」
 ギリ……と、歯を軋らせる。
「だからよぉ、やめたんだ。ほっとくことにした。せいぜいご機嫌を損ねないように接してだな、さっさとおっんでくれねぇかなァーってカミサマホトケサマに祈ることにしたんだよ!」
 轟音。父さんが電柱を殴りつけた音。
 その貌には、悲しみすらも擦り切れた無表情があった。

 ●

 次の日、彼女が赤銀家に姿を現した。
 だけどぼくは、その人が霧散リツカであることが、一瞬わからなかった。
「あの人は、いる?」
「え……あ……」
 特に顔の造形が変わったわけではない。
 ただ、ころころと表情豊かだった彼女が何の感情も表にしていないというだけで、ここまで印象が変わってしまうものなのかと、戦慄を覚えた。
「あれからどこに行ってたんですか!? 突然いなくなって……」
「あの人は、いる?」
 さっきより強い口調。
「……い、います。そろそろ道場に出てくる時間ですが……」
「そう」
 彼女はぼくの横をすり抜け、道場のほうへ向かっていった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 一体どうしたんですか!? 何があったんです!」
 気のなさそうな所作で振り返ると、リツカさんは言った。
「別に。やるべきことを決めただけ」
 その声が孕む虚無に、ぼくははっきりと恐怖した。
 それがまるで、婆ちゃんの瞳にあったものとあまりにも似ていて。
「だめ……だ……敵うわけない……!」
 彼女の腕を掴もうと、駆け寄って。
 ――鋭絶なる光が閃いたかと思った刹那、ぼくの首に刃が触れていた。
 その動作は、記憶にある彼女のどんな一振りよりも、圧倒的に迅い。
「邪魔、しないで。わたしは、秘剣を、もらう」
「う……あ……」
 その刃は、彼女の手元から伸びている。
 どうやってか、真剣を用意していたのだ。
 それが何を意味するのか、考えたくない。
 ――だからと言って、ぼくに何が出来たというのか。
 くずおれて、彼女の後姿を見ている以外に、何が出来たというのか。
 どうすれば、どうすれば、どうすれば……!
 無為に巡る思考。
 ぼくにまったく構うことなく、彼女は道場へと入っていった。
 そして――足音。

「ア~」

 軋む首を動かして、声のほうを見た。
 赤銀ツネ。白の剣鬼。殺戮の妄徒。
 ざり、ざり、と石畳を踏みしめ、ゆっくりと道場に向かう。
 いつものように、裸足で。
「あなたは……」
 声が震える。
「あなたは、なんなんだ!」
 ざり――
 足音が、止まった。
 こっちを、見ていた。

「――肉体が記憶する動作の鋳型。高次元振動。〈宇宙ノ颶〉。殺意に身を焦がすウロボロス。可能性を渡るモノ。かつて赤銀無謬斎であったモノ――」

 ギチッ、と頬が引き攣り、あの笑いを形作る。

「それ、が、俺」

【続く】

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