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手を伸ばし、どれほど焦がれようと、決して掴めはしない

  目次

「そして――もう一人」

 蝶たちが一か所に集まり、今度はずっと小柄な人影を形成する。
 丈の長い外套のようなものを見に付けた、幼い子供だ。

「彼も異界の英雄だ。名前はフィン・インペトゥス。さっきのヤビソーさんに比べれば相手にしやすいとは言えるね。ただし忠告しておくけど、彼に関しては中途半端に追い詰めると危険だ。戦うなら確実に、一撃で即死させるのが上策だ」
「ずいぶんと、詳しいな」

 〈鉄仮面〉が何か底知れぬ感情を宿した眼で、〈道化師〉を射抜く。
 ローブの少年は意に介さず、肩をすくめた。

「〈枢密竜眼機関〉の情報網はあなたが考えているよりも大規模かつ精密ってことさ。ともかく、僕が直に見たのはこの二人だ。ヤビソー氏の口ぶりだと、まだいるっぽいけど」

 〈道化師〉は、幽鬼王の眼光を正面から睨み返す。

「……?」

 小首を傾げ、酷薄な笑みを口の端に灯す。

「あなたはいつまで影の黒幕を気取っているんだい? オブスキュア側の戦力が想定を遥かに超えて強化されてしまった。ちょっと高みの見物をするには状況が逼迫しすぎてやしないかい?」
「私に、前に出ろと言うのか」
「誰にも存在を感知されたくない気持ちはわかるけどね。もう四の五の言ってられないよ。オブスキュア王国にはさらなる脅威が必要になった。〈鉄仮面〉という脅威がね」

 両者の視線が交錯する。
 大人と子供ほどの体格差のある二人だったが、追い詰めているのは〈道化師〉で、追い詰められているのは〈鉄仮面〉だった。
 幽鬼王と言えば、帝国では天災や疫病よりも恐れられる最上位のアンデッドである。それを前にして微笑すら浮かべている〈道化師〉のこの余裕は、異様を通り越して不条理だった。

「……わかった。私も前に出よう」

 その声色には、どういうわけか断腸の思いがあった。

「ただし、相対するのはその異界の英雄とやらだけだ。エルフたちの処分は、お前たちに任せる」
「いいともいいとも。相手がエルフだけならいくらでもやりようはある」
「おいフザけんなヤビソーはオレによこせやテメー」
「……好きにしろ」

 バイザーの奥の眼光が、強くなった。

「ともかく、その異界の英雄とやらをおびきだす。シュペールヴァルクの〈虫〉をいったん止めろ。転移門を開く」
「そんな必要はないよ。どうせ彼らは〈虫〉の破壊に動く。待ち伏せをしたほうがいいんじゃないかな。解放された〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉は現状オンディーナのもののみ。つまり他の都市まで直通で行けるわけじゃない。復活した転移網で行けるところまで行って、そこから樹精鹿で走ってくるはずだ。つまり次に彼らが来るのは、距離的に最も近いヘリテージだろう」
「そこの〈虫〉を相手している間に私が不意を突くわけか。ふん、まぁいいだろう」

 〈鉄仮面〉の瘴気が圧を増し、常人では近づいただけで衰弱死してしまいかねない領域が形成される。

「……百二十年待った。今更異界の英雄などと言うたわけた存在に邪魔をされてなるものか。オブスキュアは破壊する。この森は焼き尽くす。それだけのために、現世にしがみついているのだ」

 冷たくも狂おしい妄執。
 だが――それを憎悪と呼ぶには、何かが欠けていた。

 ●

 部屋の中央に形成されたテーブルの上で、紙人形が仁王立ちしている。
 総十郎の式神である。
 エルフ騎士たちは、声もなくそれを凝視していた。

『……百二十年待った。今更異界の英雄などと言うたわけた存在に邪魔をされてなるものか。オブスキュアは破壊する。この森は焼き尽くす。それだけのために、現世にしがみついているのだ』

 紙人形に書かれた文字が光を放つたびに、遠い地で発せられた声がここにも届いてくる。
 言葉に込められた妄念の深さに、総十郎は浄化の祝詞を小さくつぶやいた。

「ソ、ソーチャンどの、これは一体……?」
「どさくさにまぎれて悪鬼の王に取り付かせてゐた式神、その相方である。」
「え……」
「共感呪術と云ってな、似た者同士を同じものとして定義しなおす術式である。片方が聞いたものを、もう片方が発する。」
「そのような魔術があるのですか……」
「うむ、しかし色々と興味深い会話ではあったな。」

 共感呪術の作用で、相手方の会話はすべて筒抜けとなっていた。

「帝国が、今回の侵略に関わっている、と考えて良いのでしょうな」

 同席しているエルフ騎士のひとりが、苦悩の皺を眉間に刻みながら言った。
 席についている他の騎士たちも一様に沈痛な面持ちであった。リーネに至ってはしゅん、と耳が下がっている。
 そのさまに、総十郎は意外な思いを抱く。

「……差し出がましいことを言うようであるが、こゝは怒るべきなのでは? 友好国の不義理であろう。」
「それは……そうなのですが……」

【続く】

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