見出し画像

いい日旅立ち気分

  目次

「これからもよろしくであります」
「はい。共に頑張りましょう!」

 リーネは少し照れくさそうに青紫の髪を梳った。

「えっと、それでですね、共に戦いに赴くにあたって、その、フィンどのと親睦でも深めようかな、なんて考えましてですね……」
「了解であります。一緒に二人乗りでありますっ!」
「ふむ、では小生はシャーリィ殿下と相乗りするとしよう。殿下、よろしいかな?」

 シャーリィはこくこくと頷いた。

「ちょっと待てテメェらあああああああああ!!!! またナチュラルに俺を走らせるつもりかァァァァァァァァッ!!!!」
「レッカどの。もう一株、樹精鹿を用意いたしましょうか?」

 エルフ騎士の一人がそう声をかけるが、

「ちげーんだよ耳長テメーは何も分かってねえ。俺はな、別に鹿に乗りてえわけじゃねえんだよ。パイオツと密着してえだけなんだよ!!!!!! わかれよ!!!!!! 同じ男ならわかれよ!!!!!!!」
「ははぁ、レッカどのは極端な嗜好ですなぁ。拙者も無論女性の胸は好みますが、あそこまで大きいのはいささか……」
「二人とも何の話をしとるかぁーっ! レッカ!! キサマはずっと徒歩だ!! それで何も問題ないだろう!! あとそれからこの荷物を背負ってこい!!!!」
「あ”あ”ん!? テメーよりにもよってこの超天才救世主を荷物持ちにしようってかァーッ!!」

 そういうことになった。
 五人は〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉の巨大な根が縁取る水球の前に歩みを進めた。

「それでは、我々はヘリテージに向かう。皆、オンディーナのことは頼んだぞ」
「はぁーい!」
「皆様方、ご武運を」
「殿下のこと、お願いねーっ!」
「フィンくーん! 殿下ー! こっち向いてー! 手ぇ振ってー!」
「こ、こうでありますか?」
「やーん、きゃわわ~!」
「こらこら、お前たち。そのへんでいいだろう」

 そしてリーネはひとつ息を吸い、厳かに唱えた。

「大いなる森の意志よ、古き聖約に従い、転移の門を開きたまえ」

 すると、水球の内部に変化が起こった。ただのさざめく水色だったものが、赤や橙色などの色彩を帯びるようになったのだ。まるで、水球の向こう側の景色が変化したかのように。
 よく目を凝らせば、暖色系の色は、波にゆらめきながらも一か所にとどまっている。

「わぁ……! 綺麗であります」
「ふふ、転移先の光景が透けて見えているのです。さあ、行きましょう」

 と言ってリーネとシャーリィはこともなげに水球の中に入っていった。波紋が表面に広がる。
 続いてクレイスとラズリもついてゆく。

「ちょ、ちょと待てオイ!! 大丈夫なんかこれ!? 息できんの!?」

 水球の中から、リーネが顔と胸だけ出してきた。

「あぁ、水のように見えるが水ではない。森の意志が発現している歪律領域ヌミノースが、光を歪ませているだけだ」
「また中二ワードが出たぞオイ」
「ちゅうにわあど? 何を言っているのかわからんが、まぁ説明の難しい概念だから結論だけ言うぞ。中に空気はあるし呼吸もできる。さぁ、早く」

 リーネは再び水球の中に潜った。
 フィンと烈火と総十郎は、互いに視線を交わすと、意を決して水球の中に入っていった。
 「水面」を越えた瞬間、奇妙な圧迫感を覚えた。外とは比較にならない濃厚な精霊力が、全身を圧し包んでいる。しかし物理的な抵抗は一切なく、フィンは前の二人と二頭を追って歩みを進めた。
 進むごとに、前方から見える景色が徐々に鮮明になってゆく。風にさざめく水面が近づいてゆく。
 やがて、前の二人は再び水面を越えたのか、景色と同じく波に揺らめく不安定な姿になった。
 フィンら三人はそれにつづき、水面から外に出た。

 そして、風景が、一変した。

 大気の匂いが、少し変化した。ほんのわずかに、硝酸のような匂いがある。
 目の前は、キノコだった。
 人間よりも何倍も大きいキノコが、森のそこかしこに生えていた。
 ほとんどは、巨樹の根元に寄り添うように林立している。
 笠の色は暖色系であり、深い青緑の森の中で目にも鮮やかなアクセントとなっていた。ユーモラスな斑点が、おとぎ話めいた印象をもたらしている。
 フィンは目を丸くしてその光景に見入った。

「ほーう、デカい♂な、オイ」
「同感であるが、なにか同意したくないな。」
「オンディーナから行ける中では最もヘリテージに近い〈聖樹の門ウェイポイント〉ですね。ここから樹精鹿で……そうですね、二日ほどの旅になりますか」
「そんなにかかるでありますか」

 フィンは後ろを振り返る。さきほどの〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉を数分の一に小型化したような巨樹が、そこにはあった。神話環ミソロジサイクルは一重しかなかったが、それ以外はほとんど相似している。
 根元でふよふよと波打つ水球から、今自分たちは出てきたようだ。

「なにぶん、転移門を使わずに長距離を移動したことなどないもので、正確な所要日数はわかりかねますが、おそらくは」
「それで、リーネどの。オンディーナ以外の各都市は、あとどれほど保つ?
「物理的に包囲されている状況では、食料はともかく、水の確保がままなりません。……恐らくは、三日も持ちこたえれば良い方でしょう」
「残る都市は六つ。厳しいな……」
「いえ、状況はそれほど悲観したものではないでありますっ」

 総十郎とリーネは、きょとんとフィンを見た。

【続く】

こちらもオススメ!

私設賞開催中!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。