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王都シュペールヴァルク

  目次

 〈聖樹の門ウェイポイント〉の転移網はすでに復活しているので、旅はものの数分で終わった。
 オブスキュア王国第一都市シュペールヴァルクは、琥珀色の天蓋に覆われた空中都市である。
 巨樹同士をつなぐ枝が、蜘蛛の巣のように折り重なり、融合し、都市の基礎となっていた。
 固まった樹液の膜がドーム状に都市上部を覆い、直射日光を穏やかな黄昏に変えている。肌の弱いエルフたちのために、森が計らっているのだ。
 その滑らかに美しい天蓋の下、蒼く神聖な微光を放つ尖塔がいくつも聳え立ち、神秘的な街並みを形作っていた。
 まさしく驚天動地の光景である。これまでの都市と同じような樹木による摩天楼を予想していた三人の英雄は、目と口をあんぐりと開けて見入った。

王都シュペールヴァルグ2

「この……建材は?」

 総十郎が、興味深げに塔の一つへと触れている。

「幽骨ですね。ほら、わたしの魔導甲冑などを形作っている」
「ふむ、所有者の意志に応えて形を変える物質であるな。そのような不可思議な素材を、エルフはどのようにして手に入れておるのか?」
「さきほどの〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉のように、神話環ミソロジサイクルを有した古い巨樹の内部に生成されるものです。想像を絶する自重で潰れないための、まさに骨格となるものですね」
「光っているけど、熱くはない……でもルミネセンス反応とは感じが違うであります。ふしぎでありますっ!」

 フィンもぺたぺたと硬く滑らかな感触を楽しんでいた。
 シャーリィはそんな少年の様子を眺めて満更でもなさそうだ。
 一行は青い幽骨の道を進む。するとたちまち王都民のエルフたちが出てきて、興味津々の視線を向けてきた。
 にわかに騒がしくなる。

「転移網が復活すれば、噂が広まるのも一瞬であるか。」

 総十郎は、道の左右に出来上がった人だかりを眺め渡す。
 多くは好奇の、多少は緊張の、わずかに畏れの情が込もった眼差しだった。

「みんなやっぱり戸惑っているようね。人族の身で〈虫〉を撃滅したことが、まだ腑に落ちてないみたい。それに、王都にエルフ以外の者が来るのは本当に久しぶりのことだから」
「ま、無理からぬことであるな。手でも振ったほうがよろしいかな、シャイファ殿下?」
「え? そ、そうね、少しは緊張も和らぐかも」
「ではフィンくん、さっそく頼むよ。」
「へっ……? 小官でありますか?」
「当然だとも。君こそが〈虫〉の集合体を打ち倒し、オブスキュアの国難を祓った功労第一等である。我々の代表として、是非とも彼らに友好の意志を示してくれたまえ。」
「おいふさけんなロリコンてめー実力的に言ってどう考えても代表はこの超天才だろうが!!!!」
「お主は最後の方は〈道化師〉くんと下らぬことを駄弁っていただけではないか。自重せよ。」
「で、でも……小官、肝心なところで平静を失って、ソーチャンどのに迷惑をかけ、作戦の成功も危ぶまれる事態を引き起こしたであります。故郷ならば軍法会議にかけられてもおかしくない失態であります。とてもそんな資格は……ひゃわっ!」

 後ろからふわりとした感触がフィンの耳元で囁いた。

 ――じゃあ、一緒に振ろ?

「い、一緒って、いや、そういう問題では……」

 いいからいいから、と唇が動き、フィンは一団の先頭に引っ張り出された。
 目の前に広がる、エルフたちの無数の顔。ほぼすべて青年期の男女に見える。
 彼らの表情に、変化があった。目に見えて雰囲気が柔らかくなったのだ。
 警戒心が露骨に小さくなっている。
 その反応にフィンが戸惑っていると、シャーリィはにっこり笑って手を振った。
 途端、歓声が上がる。小さな姫君は、民衆に大人気のようだった。
 そしてフィンの後ろに回り込むと、両肩を押して前に追いやる。

「あ、あわわ……」

 注がれる無数の視線に、フィンは緊張と羞恥に目を白黒させた。
 相手も緊張しているのが伝わってくる。
 顔を赤くしてシャーリィの後ろに隠れようとするも、がっちり肩を掴まれていた。いや振りほどこうと思えば簡単に振りほどけるのだが、この人の意に逆らうことに思わず抵抗を覚えるのだった。
 それにしても、こんなにたくさんの人の前に立って、何か意思表示をするということが、ここまでハードルの高い行いだとは思わなかった。
 父、アバツ・インぺトゥスの偉大さがよくわかった。ちちうえはいつもこんな状況で号令を発していたのだ。

 ――フィンくんが不安なように、みんなも不安なの。〈虫〉を倒した英雄、だけど異界の存在。自分たちがどう思われているのかわからなくて、すこし怖がってる。だから、安心させてあげて? フィンくんが本当はとっても優しい子だってことを、伝えてあげて欲しいな。

 シャーリィの囁き声が、耳朶を撫でていった。
 その言葉に後押しされて、フィンはおずおずと手を振った。顔を真っ赤にし、口は波線を描いている。
 途端、大きな歓声が押し寄せてきた。拍手と口笛が飛び交う。

「まぁ、そうなりますよね。フィンどのがはにかみながら手など振ろうものなら、だいたいのエルフはイチコロですよっ!」
「とりあえず鼻血ふけよお前」

 さておき、これで異界の存在に対するエルフの心理的抵抗は一気に霧散した。
 口々に「ありがとう」を叫びながら、歓迎ムード一色である。
 そんな中、フィンは。

「おい、ガキがバグってプルプルしてんぞ。マナーモードかな?」
「ふぐぅっ」

【続く】

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