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やれやれだ。まったくやれやれだよ

  目次

 減らず口を叩く口に鎌をブチ込む。そのまま噛みしめられて投げ飛ばされかかるが、暗黒剣の一閃が喉を打ち据え、中途半端に終わった。
 着地し、ヴォルダガッダは顔をしかめる。
 奴の言う通り、こんな気の遠くなるようなダメージレースなど続けられるものではない。
 可能性があるとするならば――
 ヴォルダガッダは敵に刻まれた小さな傷を睨む。すでにいくつもあった。
 紅蓮の闇が、脈打つように強まるのを感じる。
 傷の深化は、相手の頑強さに関係なく進行する。奴を殺しうるとしたらこの呪いしかない。
 しかし、ヴォルダガッダが自分の足で敵から離れていっても、呪いは発動しない。あくまで敵の逃亡を防ぎたいという渇望から生じた力だ。その大原則からは抜け出せない。
 だが、向こうが離れさえすれば――

「あぁー無理無理。何考えてるかはわかるけど、それ無理だよヴォルダガッダ」

 唐突に、声。
 乾いた笑いを含んだ声。
 自棄を起こし、何もかも嘲笑とともに投げ捨てたような声。
 白い影が舞い降りてくる。周囲に譜面のごとき魔法陣を展開し、ローブに身を包んだ少年が。

「あァ? どうイう――」

 問おうとしたヴォルダガッダは、〈道化師〉の眼を見て一瞬呼吸を止めた。
 ヤビソーも、〈鉄仮面〉も、今そこにいる敵すらもまったく恐れなかったヴォルダガッダだが、〈道化師〉のこの眼だけは理解不能なものを感じた。

「やれやれ、やってらんないよね。シャーリィ殿下は本当に、まったく、よりにもよってなんてことをしてくれたんだ。こんな、こんな、ふふふ、ははははははっ」

 感情と言うものがことごとく欠落した笑い声。
 音もなく地面に降り立つ。その足元に蛍光色の草花が繁茂して散ってゆく。
 そして敵の方に歩んでゆく。その足跡に、いつもよりも刺々しい造形の花々が咲く。
 やがて〈道化師〉は、敵の前に立った。

「はじめまして。泰斗魔狼拳伝承者、黒神烈火さん。ご機嫌いかがかな? 僕は今最悪の気分だよ」
「あァ? てめー、なんで俺のこと知ってんだ?」

 それには答えず、〈道化師〉は底光りする眼を、見通すように眇めた。
 再び乾いた笑いを上げる。

「まいったなぁ、本当に、これはまいったなぁ、三人目は世界変革系かぁ。いやまったく、なんてものをシャーリィ殿下は呼び寄せているんだ。本当に勘弁して欲しいよ。空気読めないにもほどがある」
「うぉぉい、またよくわかんない中二電波が現れたぞオイ。大丈夫? 病院行く?」
「いやいや、大丈夫だよ。これでも仲間内では常識人で通っていてね」
「〈道化師〉。わけのわからぬ戯言を捏ねている暇があったらさっさとその男の動きを止めよ。我々が仕留める」
「だから無理なんだって。あぁ、無理だと言っても君たちにはなぜ無理なのかわからないだろうけど、とにかく無理なんだ。うん、あきらめてくれ」
「テメェさっきから何ホザいてんだ〈道化師〉オラァッ!!」

 ヴォルダガッダは、地面を踏みしめ爆砕する。
 しかし〈道化師〉は馬耳東風、己のペースを崩さない。

黒神烈火氏を殺すことはできないが敗北させることはできると、そう言っているんだよ」
「なに……?」
「君たちの気持ちはわかるよ? いける、と、そう思っているんだね? 〈鉄仮面〉とヴォルダガッダのタッグならば、この歩く災害のような存在にも太刀打ちができる、と。それはもちろん正しい戦力評価だよ。君たちならやれるはずだ。……普通なら、ね」
「ならばやるべきであろう。この絶類の戦闘能力、放置していいはずがない」
「だけど無理なんだ。どういう形でその無理が現実化するかは僕にも分らないけれど、彼を殺す企ては必ず失敗する。君ら風に言うなら……そういう運命だから、としか言いようがないな」
「話になンねえなオイ。どけや〈道化師〉。オレがブチ殺す」

 乱暴に〈道化師〉を押しのけると、クロガミレッカとやらに立ち向かう。
 その時。
 遥か下方。地上より、鬨の声が遠く響いてきた。
 オークどもではない。明らかに別の軍勢がヘリテージに押し寄せてきている。

「なンだァ!?」
「……まさか」

 色めき立つヴォルダガッダと〈鉄仮面〉に対し、〈道化師〉は肩をすくめる。

ほらやっぱりね
「どうイうこったよッ!?」
「どうって……」

 少年は、嘲笑を口の端に乗せた。

「〈虫〉を一か所に集めたんだから、〈聖樹の門ウェイポイント〉の転移網は完全復活してるんだよ。それならまぁ、こうなるよね? エルフの騎士さまが大挙して僕たちを打ち滅ぼそうと押し寄せてきているんだ。いやぁ、怖いねえ」
「……時間切れだと言いたいのか。馬鹿な。早すぎる」
「それは同感。僕としても〈虫〉を撤去した事実がここまで早く王国側に知られるというのは予想外だ。わずか二日で転移網の復活に気づき、オブスキュアの全騎士をまとめ上げ、組織だった反攻作戦を実行に移せるこの手腕。たぶん第二王女のシャイファ殿下かな。この国難の中で、王侯として大きく成長なされたようだ。――ま、しょうがないよね。黒神烈火を殺そうなんてことを君たちが考えたりするから、こういう邪魔が入るんだよ」

【続く】

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