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しかも脳波コントロールできる

  目次

「ひとつ、良くない示唆がある。リーネどの。出会った時に見せてくれたオブスキュア王国の地図を広げてくれまいか。」
「は、はい」

 テーブルの上に地図が広げられた。前は気づかなかったが、紙ではなく羊皮紙のようだ。

「オブスキュアの各都市の位置は、この印で良いのかな?」
「はい。森の中央に王都シュペールヴァルグがあり、その周りを囲むようにして六つの都市が存在します。右回りに、オンディーナ、ヘリテージ、ムタビリス、エグランテリア、グラウカ、フィンブリアータですね」
「して、小生とフィンくんと黒神が召喚されたのはどのあたりであるか?」
「それは……この地図の縮尺だと、ほとんどオンディーナと同じ位置ですね。指一本程度ずれるくらいですか」

 総十郎はざっと計算する。
 樹精鹿のクレイス氏とラズリ氏に乗って、召喚現場からここオンディーナまで二時間かかった。
 騎乗した際の感覚からして、樹精鹿の走行速度は時速六十キロを下るまい。つまり召喚現場からオンディーナまで、最低でも百二十キロメートルもの距離があることになる。
 それが、目の前の地図では指一本ずれた程度の距離なのだと言う。
 してみると――オブスキュア王国を構成する巨大樹林の総面積は、恐らく神州大和よりも広い

「……どう考えても速すぎる。」
「速い、とは?」
「オォクの軍事展開の速度である。これほどに広大な王国領の各地に点在する都市をすべて攻囲するまでに、どれほどの時間がかかるというのか。〈化外の地〉から進軍して、最寄りの都市――この場合はヘリテージ、ムタビリス、エグランテリアの三都市か――までたどり着くだけでも数か月は見ねばなるまいて。」

 エルフ騎士たちが、一様に目を見開いた。

「……恥ずかしながら、思考が凝り固まっていたようです。我々は古来より、〈聖樹の門ウェイポイント〉による転移が当たり前の暮らしをしておりましたゆえ、オークどもが全都市を同時多発的に包囲したことに、迂闊にも違和感を抱けませんでした」
「そのうえ今日まで極限状況の連続であったゆえにな。致し方あるまいて。」

 恐らくエルフは、自分たちが生きるこの森が、物理的にどれほど広大なのかをまったく意識しないまま、一万年にわたって穏やかに生きてきたのだ。
 だから状況の異常さに今まで気づけなかった。

「とはいえ、この不可解な現実に対して、ごく簡単に納得のいく説明をつけられる仮説がひとつだけある。」
「そ、それは……?」

 総十郎は、声を一段下げた。

敵方に聖樹信仰に帰依した者がいる。その者は転移の門を開き、オークたちの進軍を助けてゐる。――そう考えれば、いともあっさりと説明がつく。〈鉄仮面〉氏も言ってゐたであろう。『シュペールヴァルクの転移門を開く』とな。」

 リーネが、何か恐ろしいものでも見るかのような目で総十郎を見た。

「そんなことはありえません! 聖樹信仰とは、森とともに生き、守り、守られて在るための規範です。これに帰依していながら、森に破滅をもたらすような企てに手を貸すなどと、矛盾しています!」
「ふむ、それも道理よな。実際、オォクどもが独自に特別な移動手段を有しているという可能性も、まぁまったくないということはなかろうしな。」

 言いながら、その仮説のあまりの現実味のなさに苦笑する。
 オークが? あの理性なき暴徒の群れが?
 半月未満のわずかな時間でこの広大なオブスキュア全域に展開できるような移動手段を獲得した?
 ネアンデルタール人が星気機関車を発明したという方がまだ真実味がある。

 ――してみると?

 〈鉄仮面〉。
 顔を隠し、自らの存在自体、察知されることをよしとしなかった人物。
 なぜ隠す? なぜ隠れる?
 あなたは――何者か?

 ●

 満面の笑顔で木製のスプーンをこちらに差し出してくるシャーリィ殿下を前に、フィン・インぺトゥスは困惑していた。
 スプーンには、透明なスープが掬われている。よくわからないが重層的で濃厚な匂いが漂ってくる。
 えっと、なに、これは、つまり赤ん坊のように差し出されたものをパクつけと?

「あの……自分で食べられるであります……」

 そう言うと、殿下はぷくーっと頬を膨らませた。恐ろしいことに、そんな顔ですらひれ伏したくなるほど美しいのだ。

「うう……」

 この人の、妙な迫力というか、逆らうことに罪悪感を覚える威厳めいたものは、本当に何なんだろうと思う。
 仕方なく身を乗り出して、スプーンを口に含んだ。

「っ!?」

 口の中に広がる、爆発的、と称しても良い味覚の奔流に、思わず眼を剥いた。
 透明な見た目からは想像もつかない、複雑に絡み合った味である。塩みとも甘みとも異なる深みを帯びた味わいに、大量の唾液が口の中に出てきた。
 思わず飲み込んでしまう。さらさらとした液体だが、のど越しは濃厚だ。
 食道が、次いで胃が、歓喜に身をよじった。
 しばし呆然とその感覚に酔いしれる。

【続く】

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