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すくいきれないもの

  目次

 リーネは愕然と横を見やった。シャーリィも、目を見開いて自分の体を見下ろしている。
 だが、ともかく儀式を中断するわけにはいかないようで、そのまま一分程度掌を幹に押し当て続けた。
 儀式が終わるとすぐ、リーネはシャーリィの白い肩を掴んだ。

「で、殿下……ま、さか……」

 シャーリィは、自分の両掌をじっと見つめている。
 そしてリーネに対して、ゆっくりと首を振った。
 美しい主従の間に、沈黙が横たわった。音もなく訪れた衝撃に、二人は打ちのめされていた。

「召喚の、代償、ですか……?」

 シャーリィは、たぶん、とささやきながらうなずいた。その目尻に、透明な雫が浮かび上がっていた。

「あ、ああ、殿下……でんか……!」

 リーネはぽろぽろと涙をこぼし、小さな姫君を抱きしめた。

「どうして……どうして……!」

 召喚の、代償。
 声を喪ったときとは比較にならないほどの哀しみが、二人を押し包んでいた。
 か細い嗚咽は、しばらく止むことはなかった。

 ●

「殿下は……もともとは素晴らしく高い魔力許容量を持った御方でした。オブスキュア王家の女性は軒並み魔力の扱いに秀でていますが、その中でも殿下は頭ひとつ抜けていました……」

 泣きつかれて眠ってしまったシャーリィを見下ろしながら、リーネはぽつりぽつりと話し始めた。

「それが、我々を召喚したせいでほとんどなくなってしまった、と?」
「そう……なりますね。それ以外に原因は考えられない」
「んじゃ、ことを終えて俺らが帰れば治んじゃねーの?」

 烈火の何気ない一言に、フィンはびくりと肩を震わせた。
 なぜ自分が今の言葉に動揺したのか、よくわからなかった。

「それは……わからない。なにしろ英雄召喚の儀が過去に執り行われたのは、〈星幽の時代〉にまでさかのぼる。ほとんど神話みたいなものなのだ。文献が少なすぎて、確かなことは何も言えない」
「治るかもしれぬし、治らぬかもしれぬ、と。」
「は、はい……」
「しかし、解せぬな。声を喪ったときですらさほど動揺はされておられぬようであったが、魔力がなくなるのはそれほどまずい事態なのであるか?」
「それは……もちろん生きていくうえで絶対に必要なもの、というわけではありません。先天的に魔力に乏しいものは稀に生まれますが、そうした者たちが不当に迫害されることなど決してありません。ただ……」

 リーネは俯く。

「ソーチャンどの、昼にオンディーナを御覧になったとき、何か、違和感を覚えませんでしたか?」
「違和感?」
「こう、人族の里だと決してありえない特徴と言いますか……」
「それは……子供が妙に少ないことを言っておるのかな?」

 言われて、フィンはようやく思い当たる。そういえば、エルフの子供というものをシャーリィ殿下以外に一人も見ていない。

「はい。人族の都市ならば、連れだって遊ぶ子供の姿などさして珍しくもないと聞きますが、オブスキュアにおいてはまったく事情が異なります。我らは、自分の好きなように子を成すということができないのです」
「なに……?」
「移動中に、お話ししましたよね。母なる森は、我らエルフに糧と加護を与える代わりに、二つの義務を履行するよう求めた、と」
「うむ、ひとつめは魔力を森に還元することであったな」
「そして……もうひとつが、決して森の許しなく子を成さないこと
「それは……なるほど、そうか。一万人を越える人口の狩猟採集社会が何故こうも長く存続できていたのか、小生も少々疑問であったが、つまり森の意志によって出産制限が敷かれているわけか。」
「はい。この古の森は広大なれど、その命のサイクルを維持するにあたって養うことができるエルフの数には当然のように上限があります。大した天敵もなく、豊かな恵みがすぐに手に入る環境を与え、その上自由意志に任せた出産などさせた場合、あっという間にエルフたちは森を食いつぶすほど増えてしまうことでしょう」
「とはいえ、男女が惹かれ合うのを押しとどめるのは困難であるように思えるが。」
「そ、それは、その、人族と違って、エルフの女は、身ごもるかどうかを自分の自分の意志で選べるのです。ゆえに、出産制限に従うこと自体は簡単なのです」
「ほう……神秘的な種族であるな」
「オイそれってつまり常時安全びッ!?」

 鞘に収まった刀とハルバードの柄が、交差しながら烈火のアゴを吹き飛ばした。

「ゆえに、森の許しなく子を成した女には、厳しい罰則が科せられます。生まれた我が子から引き離され、オブスキュアから永久追放の憂き目に遭うのです。しかし、事情を鑑みれば、これも不当に重い罰とは言えないでしょう。森に必要以上の負担をかけることは、この王国そのものを崩壊させる要因となりえます。ゆえに、女たちは皆、この掟には納得して従っています。」

 言いながら、リーネの眉目は、愁いに沈んでいた。
 理屈で納得できても、感情はそうではないのだ。

「ひょっとして、子を成す許しを得る条件とは……還元した魔力の量で判定されるのであるか?」
「……はい……」

 重苦しい沈黙。

【続く】

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