譲り合えないもの
青年の眉目は、愁いを帯びている。
そのまま背中と膝裏を抱え上げられ、寝台の上に寝かされた。
「フィンくん……友達は、友達を心配するものである。」
その言葉に、フィンはばつの悪い気持ちになる。
「……ご心配には及ばないであります。少し疲れただけ……」
「フィンくん?」
駄目だ。この人には見抜かれている。
「正直に答えてほしい。リーネどのの腕を治す代償として、君はいったい何を支払った?」
「それは……」
予感があった。
この話題はいけない。きっとお互いに歩み寄ることができない。
ぷい、と目を逸らすフィンに、穏やかだがしかし決して容赦してくれそうにない声が降りかかる。
「小生、さまざまな呪術をかじり、修めた身である。世の万象は基本的に等価交換。幸運な例外はあれど、原則はそれだ。そして、人間の身体欠損を完全に修復する術など、小生は寡聞にして知らぬ。あれほどの奇跡、何の代償もなく行使できるなどとは到底信じがたい。」
理路整然と、涼やかな声は続く。
「どうか、答えてくれ、フィンくん……小生では、君の力になれぬのかもしれないが、それでも……」
答えぬままでは、どうしても収まりそうにない。そしてこの静かな瞳を前に、嘘をつき通せる自信がフィンにはなかった。
「……その、少しだけ……」
強く、ためらう。だが、強い視線に促されて、口を開く。
「……寿命を……」
「捧げたと……言うのであるか……!?」
「ほ、ほんのすこしだけでありますよ!」
「フィンくん。小生の方を向いて喋ってくれ。君の命はどれほど削られた?」
「う……」
フィンと同じく〈哲学者の卵〉をインプラントされた少年兵が、七名の負傷者に対して銀環宇宙を行使した事例がある。結果、少年兵はその場で昏睡し、ほどなく息を引き取ったと言う。
単純計算、一回の使用で十年程度寿命が減るようだ。
「なんてことを……!」
青年の手が、フィンの両肩を掴んだ。
「小生は少し怒ってゐるぞフィンくん。そのような、身を削るような真似、絶対にいけない。」
「どうってことないであります!」
耐えられなくなって、フィンは声を上げてしまった。
「小官は軍人であります! 軍人は民間人を庇護するためならば命を張る義務があります! それは神聖なものであります! この在り方を裏切ったら、小官は何のために生きているのか、わからないであります!」
痛ましい顔で見下ろしてくる青年。
憐れまれている。そのことに、どこかで心が傷ついた。
「ソーチャンどのは、ともだちの生き方を、尊重してくれないのでありますか!? それに、あのままリーネどのをほうっておけば良かったなんて言うでありますか!?」
「そうではない。そういうことではない……」
「じゃあどういうことでありますか!」
「……君は、自らの命を捧げるとき、一瞬でも迷ったり、恐れたり、嫌だと思ったりしたかね?」
「そんなことはないであります! そんな弱さはもうとっくに捨てたであります! だからソーチャンどのが気に病むことなんて何も……」
「それが駄目だというのだ!!」
一喝。
フィンはびくりと硬直する。
「身を挺してリーネどのを治したこと、それ自体は勇気ある行いであったかもしれない。小生も、そのことを否定はできない。君の寿命と、リーネどのの片腕、どちらがより重いかなどと、そのような冷酷な考察などしたくもない。だがな、フィンくん――」
ソーチャンどのはこちらを見た。その瞳に怒りなどなく、ただひたすら哀しい色があった。
「君は、自分の命を惜しまなかった。他人の命に比べたら価値なきものだと断じた。行いではなく、その在り方がいけないのだ……」
青年の美しい目尻に、涙が溜まっていることに気付き、フィンは目を見開いた。
「お願いだフィンくん。君が守る対象に、君自身も入れてあげてくれ……」
「う……」
フィンは、答えられなかった。
ソーチャンどのの言っていることは、軍人の規範からすれば唾棄すべきものだ。軍人が自分の命を勘定に入れてしまったら、一体誰が牙なき人々の安寧を守るというのか。到底受け入れられるものではない。フィンの世界では全く通用しない戯言である。
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