#152_【ヘリラボ】龍良山パトロールと文化財の保全
先日、観光物産協会の職員の方から、龍良山で山中が荒らされる被害があり現地パトロールをするというお知らせをいただきました。
対馬の生態系は、日本本土系、大陸系、固有種の動植物が織りなす独特のものであり、国内の他地域では見られない動植物が分布することから、マニアの方がよく訪れます。
その中でも龍良山は、古くから信仰の対象だったことにより立ち入りが禁じられ、人の手が入っていない場所だったことから、原始の照葉樹林が広範囲に残されており、国の天然記念物に指定されています。
ということで、対馬では自然環境や動植物に関する調査や保全する活動をしていることはド素人の私でも認識していますが(数年前に対馬にカワウソがいたというニュースがありましたが、ツシマヤマネコの調査をしていた中で確認されました)、この手の話をいただいて毎度困ることが、私にとって「生き物」はまったく興味の湧かない分野の話で、さてどうしたものか…と思いながら現場に向かいました。
天然記念物も文化財です
パトロールのきっかけとなったのは、龍良山をガイドしていた方から、昆虫採集のためと見られる樹木伐採などが確認されていることという通報があったことでした。
その前からも同様のことがゼロではなかったそうですが、最近見つかったケースはあまりにひどいということで、行動を起こさねばならなくなったとのこと。
龍良山の特別保護地区は、天然記念物にも指定されており「現状変更」が禁止されています。小難しい用語が出てきたので補足しますと、枯れ木であろうと、倒木であろうと、石ころであろうと、故意に傷つけたり、持ち帰ったりしてはいけない、逆に(トラップを仕掛けるなど)外から持ち込んでもいけない、ということです。
何をしたら問題?罰則ってあるの?
「人が入ること自体がすでに現状変更じゃねえか」とツッコまれそうですが、それは置いとくとしてf^_^;)、無許可で上記のように木竹を損傷する行為や希少種に限らず動植物を採取する行為は、文化財保護法と自然公園法により禁止されている犯罪行為に該当します。
文化財保護法第195条では「重要文化財を損壊し、毀棄し、又は隠匿した者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する」と規定されています。
今回、昆虫にめちゃくちゃ詳しい学芸員の Tさんがいらしたので聞いたところ「原生林環境である龍良山には、樹齢が高い木が多く、それに強く依存する生き物がいる。倒木や朽木であっても、表皮が削られてしまうと、そのような生物が棲む環境を減少させることにつながり、生態系のバランスが崩れ環境が悪化する」と指摘しています。
虫が好きで将来にわたり昆虫採集を続けられるようにしたいのであれば、罰則があるからとか、天然記念物であるとかないとか以前の問題として、頭に入れておいてしかるべき話かと思います。
私は生き物に興味がないとはいいながらも、龍良山に入ったことは何度かあり、表皮が崩れた木も見掛けておりましたが、それは自然に分解されたものではなく、人が傷つけたものも含まれていることは初めて知りました。
自然に朽ちたものであるか、人の手で割られたものであるかは、付着している生き物や幹の中の洞のできかたなどで判別できるのだそうです。
私が無知すぎるのもありますが、前提知識の違いで見える世界がこんなに違うものなのかという、そのこと自体が面白く感じますf^_^;)。
ちなみに、今回のパトロールでは、龍良山の登山道沿いの朽ちた倒木を観察したところ、昆虫の材割採集により表皮が割られたり削られたりした跡が見られる木が、5箇所で確認されました。
適切な情報発信の仕方とは
私みたいに知識も興味もない人間がとりうる手段は、おそらく「何も発信しない」ことだと思います。
実際、マスメディアなどを通じて情報が表に出るからこういう問題が起きるんじゃないのか?と何の疑いもなく思っていました。
しかし、仏像盗難事件が起きてから数年経った頃だったでしょうか、対馬を訪れたある工学系の研究者が、このような問題提起をされました。
「人に知られていないことが、犯罪の起きやすい環境を作っている」
そのこころは、情報発信することによって、多くの人に関心を持ってもらい、監視の目を増やしましょうということです。
その方向性が正しいのか否か、私から明確な答えは示せませんが、このような被害が把握できているのは、山に入る観光ガイドや登山者からの話を通じて関係者の耳に届いているから、という現実はありますので、少なくとも頭ごなしに発信する行為を否定するのは、得策ではないと考えます。
いま振り返りますと、この話を伺ったのは、オープンデータに関する議論が盛んになりはじめた時期だったでしょうか、膨大なデータにタダ同然でアクセスできる機会が増え、人々が情報に接する意識に変化が訪れていた時期と重なっていたと思います。
情報化社会が高度化する流れにより、アクセスできる情報量が膨大になり、それを高速で容易に検索できる方法も確立されました。
先月ネット上で知り合った軍事史跡のマニアの方に、対馬でお目にかかり思いましたが、マニアの調査力をもってしたら、情報のありそうな場所や調べ方、調べるときの目の付け所くらい熟知していますので、素人の想像を越える情報を集めてくるのは当たり前、くらいに思っていたほうが良さそうに感じます。
「何も行動をしない」としたら、それこそ、悪質なマニアにやりたい放題されてしまうリスクが生じるかもしれない、そんな世の中の流れに変わってきているのかもしれません。
同行した感想は?
皆さん仕事で集まっていたわけですが、昆虫マニアの目線で解説する学芸員のTさんの話が面白すぎて、私でも少しは自然に興味が持てる内容でした。虫好きの行動原理を知った上での対策が考えられることもさることながら、関係法規についての知見もお持ちですので、文化財保護法や自然公園法が意図することもすんなり頭に入ってきて、プロから話を聞く楽しさを感じましたf^_^;)。
余談ですが、Tさんとは普段まとまった時間話せる機会がないので、ついでに、最近SNSで目にしていたカミキリムシのマニアが対馬にやって来ることについて、まったく想像が付かなかったので聞いてみたところ、なぜ5~6月なのか、なぜわざわざ対馬までやってくるのか、なぜ出没するのが木材の加工場なのか、といった背景を解説してくださり、対馬に限らず林業関係者が毛嫌いする事情など、勉強になりました。
おそらく大半がムダ知識になりそうですがf^_^;)。
今回の一件で思ったのは、文化財保護法に絡むことといいますと、よく分かっていないけどなんとなくアレもダメ、これもダメといちいち口うるさくツッコまれそう、だからとりあえずなんもせんとこう、さらに言ったら、だから関わらんとこう、という意識になり、結果として文化財の価値を下げているのではないか、という問題意識を持ちました。
一昔前は、おそらくこういう体質が横行していて、個人的な感想ですが、文化財関係者に対して「お高くとまった浮世の人たち」、というレッテルを貼っていたように思います。
現在は、少なくとも対馬においては、そのような体質を感じることがほとんどありませんが、文化財を守るにあたり、具体的にどのような行為がダメなのか、そこにはどういう背景があるからなのか、ということについて、もう少し丁寧に説明する発信が必要ではないかと感じました。
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