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「失格人間紀行」(7)

「失格人間紀行」
ー2018年 4月16日 (7日目)ー

昨日、そのままベンチで寝ていたらしく、あのカップルが冷えきった僕を見つけて慌てて起こしてくれた。
しばらくは意識が朦朧としていたものの、何があったかは覚えていたし、身体的な不調はそれ以外にはなかった。
ただ体を冷やしすぎて鼻水が止まらないが。

熊本に着いた僕は公共交通機関で一先ず大きな街へ向かうことにした。
しかし困ったことにホテルは満室で、駅近くにあったファミレスで一晩を過ごすこととなった。

「眠い。体がだるい。風邪だろうか」

もちろん体が休まることはなく、風邪のような症状まで出はじめた。
病院に行くことは出来ない、何処から居場所が家族や知り合いに伝わるかわからないからだ。
警戒し過ぎかもしれないが、ともかく風邪程度で病院に行くことは出来ない。

それに、熊本ではどうしても行きたい場所が2つもあるのだ。
本当はもっと早くに来れていればよかったのだが、たらればを言っても仕方ない。
さて、出発しよう。

「やっぱりか」

到着した地で辺りを見回す。
そこかしこにプラスチック性の柵が設置され道を封鎖している。
遠くから重機の音がして、時折クレーンが視界に入る。
崩れた石垣が道に溢れているのが柵越しに見える。

熊本城だ。
2年前の地震により大部分が被害を受け、現在も復興作業を続けている。
天守閣にはぐるっと鉄パイプの足場が組まれ、
その姿を完全に拝むことは叶わない。
痛々しいと言ってしまえばそれまでだが、地震が起きた当初と比べるとかなり元に戻ってきている。
人間の力というのは凄いなと素直に関心した。

「もっと早く来てみたかったよ」

ぽつりと独り言を漏らした。

今なお復興作業中とはいえ、多くの人の姿がここにはあった。
熱心に復興作業の様子を写真に収める人もいれば、
ただ天守閣を見上げているおばあさんもいた。
何か思い入れがあるのかもしれない。

僕も写真を撮った、天守閣、石垣、それを見る人々。
いつかこれが過去になればいいなと思いながら。

あらかた撮り終わり、なんとはなしに空を見上げる。
どこまでも澄んでいて蒼い。
このまま見ていると落ちていきそうだ。
遠くで子供の笑い声が聞こえる、
何故かそれに少し嬉しくなった後、次の目的地に向かった。

さてここからだ、
2時間以上バスに揺られることになる。
車酔いはしないが流石に辛いものがあるだろう。
しかしあそこには絶対行っておきたい。
意を決してバスに乗り込んだ。

流れていく熊本の景色、
日本なんてどこを切り取っても大体同じだろうなんて思っていたけれど、
意外と見ていて飽きないものだ。
ただの街並みでもそこはもう二度と見ることもなければ思い出すこともないかもしれない街並みで、
つまりはこの一瞬のみの出会いなのだ。

さて、約2時間をバスに揺られ、暫く歩いたところにそれはあった。
熊本城と同じくそこかしこに柵が設置されており、
この先は通行止めであることと、それによる謝罪の言葉が書かれていた。
派手に崩壊していた建物は工事現場のシートの様なもので覆われており、様子を確認することはできなかった。

阿蘇神社である。
こちらも同じく地震による被害が大きかった。
大きな楼門が崩れているのをニュースで見たが未だ再建はできていないらしい。
こうなる前に来ておきたかったと後悔する。
シートに覆われたそれの写真を数枚撮った。

ここに来た目的というのはここに奉納されているものにある。
とはいっても恐らく見ることは出来ないだろうが、それが奉納されているここに来てみたかっただけだ。
そりゃあ見れるなら見たいものだが。

宝刀蛍丸。
来国俊が作った大太刀である。
本物は残念ながら現存していないが、
昨年、クラウドファンディングで出資を募り、復元するというプロジェクトを行っていた。
プロジェクトは見事に成功し、真打影打合わせて三振りが作られたらしい。

僕は日本刀が好きだ。
男の心を持つものなら一度は憧れたことがあるのでは無いだろうか、
クール・ジャパンの世界に誇る芸術である。
展示会などが開かれたなら行きたかったのだが現在は行っていないようだ、これは心残りになりそうだな。

「なんかパワーを貰った気がする、
風邪も治ってくれるといいんだが。」

いち早い復興を願い、境内を後にした。

さて、目的地には行き終え空も茜色に染まりつつある。
今夜の宿を探さなければならないだろう。
さっそく街へ向かった。

暫くして、

「全然みつからない…。何故だ?」

どういう訳かあたり一帯のホテルは満室で、近くに1件あったネットカフェも満席。
流石に2日連続でファミレスは辛いものがあるし。
一体どうすれば…。

「あれ?フェリーのお兄さん?」

「ん?」

声をかけられ振り向くと、
フェリーで写真を撮ってあげたカップルの彼氏の方がいた。

「あ、やっぱり。あの後大丈夫でした?」

心配してくれていたようだ、申し訳ない。

「ああ、大丈夫です。お陰様で何事も無く。」

「よかった、お兄さんはやっぱり観光なんですか?ホテルはこの辺りで?」

そうだった…。

「ええ、まあ観光ですね。
それなんですが…何故かどこもかしこも満室で、泊まる部屋が無いんです」

そう言うと彼は「ああ」といった表情をした。

「中国のツアー客ですねきっと、ちょっと前に大勢来たんですよ。ついてなかったですね…」

なるほどそういう事か、
ハズレくじを引いたな。

「そうだったんですね…。あれ、てことはあなたはこの辺りに住んでるんですか?」

「そうです、彼女と泊まりで長崎に行ってて、あのフェリーで帰って来たんですよ」

「なるほど」

なんにせよ、宿をとるのは絶望的だな。
テントはあるが…はる場所なんてあるだろうか。

「あの~、もし良ければうちに泊まります?」

「えっ!?」

「ああ、いえ、良ければですけど。俺一人暮らしなんで。あ、部屋は結構広いんで気にしなくて大丈夫っすよ」

神だ…、神が、神がいる…。

「あ、ありがとう!!」

そうして無事に宿を得ることが出来た。
久しぶりにしっかりと体を休められた気がする。
彼女との話や地元の話題などを話しているうちに眠くなった。
撮った写真を確認した後、ソファの上で寝させてもらった。

夢の中に落ちるその直前に、
彼が話にちらっと出した全国で起きている不審死を思い出したが、
僕にはどうでもいいことだった。


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