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【小説】アヤとツバサ§1

同属の悲哀

ツバサは抱いた女のことを忘れはしない。
アヤは欲しがりだった。
二回、三遍と重ねていった。
そして子供ができたのも忘れはしない。
よく晴れた夏の西日が厳しい時間だった。
親の顔を知らない者同士、「この子のことは任せたよ」なんて、二人で言い合っている。
愛せる自信がないのが半分、愛したいのに愛する方法が分からないのが半分。
アヤの親父のケンジは親を薬中で亡くし、その後はヤクザになって、それでまあ色々―かっこいいのもダサいのも色々―あって、いつの間にかアヤの父親だった。
「賢治さんにこの子見せたかったなぁ。」
急に感慨深くなった。
「翼、この子はヤクザにならないよね?」
涙を含んで丸く大きく膨れ上がった出目金がいた。
でも、自分のことを考えるとツバサにはこの子のことをどうしてやることもできない気がした。
柴咲組はケンジさんの抜けた後にはもう蛻(もぬけ)の殻で、いつ終わりが来ても不思議ではない、というのではなく、もはや、だった。
「盛者必衰」初めて覚えたカシコはそれだったかもしれない。
 
食卓に三人。
「今日もおいしいね、彩。」
ポトフは彼女の十八番で、それにサラダがついて、ちょっとしたステーキまでついてきた。
決して裕福とは言えないが、というのは常套句だが、彼らにそれは当てはまらなかった。
ツバサが稼ぎを上げて、それで食わしている。
一昔前の「大黒柱」なんて古臭いが、彼を形容するとすれば、それが一番似合っていた。
「食えねぇヤクザなんて終いだ」は彼の心の奥底に眠っていた。
そうでなければ肯定できる人生でなかったし、ケンジですら食えなかったのだ。
そんなものにしがみつこうなど微塵も思い浮かばない。
「……パ、パパ?聞いてる?」
スプーンに乗った液体が半分蕩(とろ)け出してしまいそうな具合だった。
「ぱぱ、おあしもって、こうやって。」
「華、お箸じゃなくて、スプーン。」
ハナが生まれて二年になる。
知育的にはそこそこの方だと思うのだが、たまに退行的言動をとることがある。
視線をハナのほうへ向ける。
黒くシックな冷蔵庫が目に留まる。
そういえばこのテーブルも「あぶく銭だ」とかなんとかで買い上げたものだった。
物の価値など分からないが、人間の価値は金だろうことはツバサは心得ていた。
いや、ケンジが悪かったのではない。
彼は真っ当すぎた。
 
ドイツ風の食卓にはウイスキーを、と傾けたグラスをおいて、乱反射するハナに向かって言った。
「華は父ちゃんみたいになるなよ。」
「ぱぱみたい?どういうこと?」
 
「カラン」とグラスの氷が溶けだした。

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