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第二十三回:具象という窓、そこから解き放たれるもの

川崎大助『スタイルなのかカウンシル』
Text & Photo : Daisuke Kawasaki

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。「音楽誌には絶対に載らない」音楽の話、その周辺の話など


小説本の装画、カヴァー・イラストレーションにおいて、日本では今日、具象的な絵が主流であるようだ。同国の特産品であるマンガやアニメのようなタッチのイラストがフィーチャーされたものも多い(が、僕はそれらに詳しくはない)。当コラム第二十一回「デザイン・オブジェクトとしての文庫本/その2」では、抽象表現を中心に書いたので、今回は具象的なイラストレーションでいくつか、僕のお気に入りをここに取り上げてみたい。言うなれば、今日の「具象全盛期」の先駆けとなったものの一部かもしれない。

上の画像は、海外ミステリ・ファンなら全員ご承知だろう名シリーズ。前回も触れたドナルド・E・ウェストレイクの人気作「ドートマンダー」ものの、最初の角川文庫版だ。クライム・ノヴェルながらコメディでもある同シリーズらしく、絶妙にデフォルメされた人物像が楽しい。第一作『ホット・ロック』(邦版は72年。同年にロバート・レッドフォードの主演で映画化も)からずっと、楢 喜八(なら・きはち)さんが描き下ろしている。楢さんは、のちに大ヒット・シリーズ『学校の怪談』を手がけたことでも有名だ。

輪郭(はほぼ描かれていないのだが)が、どことなく片岡義男さんを思い出させる絵ではないだろうか

アラン・シリトーのデビュー作にして代表作のひとつ『土曜の夜と日曜の朝』(永川玲二・訳/河出書房新社)の装画を、河村要助さんが手がけていたのをご存じだろうか? 68年に単行本の初版が刊行された同作が、76年に新装版としてリニューアルされた際に、上の画像のデザインとなった。

しかし河村さんと言えば、サルサでラテンだ。だから話だけ聞けば、一瞬、奇異に思うかもしれない。なぜならば原著は58年に出版された、戦後イギリスの労働者階級の日常を描いた「キッチンシンク・リアリズム」作品群の筆頭であり、この一作なくして、のちのザ・ジャムやザ・スペシャルズ、アークティック・モンキーズといったUKバンドも「なかったかもしれない」ような小説なのに、大丈夫なのだろうか?――といった危惧を一瞬で吹っ飛ばす、この大きな顔具合が素晴らしい。主人公のアーサーは威勢のいい若きテディ・ボーイだから、なんというか「魂の開襟シャツ」的な部分で、河村さん元来のタッチと見事に波長が合ったのではないか。電算写植全盛期らしい、太ゴシックをベタベタに詰めたタイトルと合わせて、インパクトある表紙だと言うほかない。

マイク・ハマーものは『ホット・ロック』同様、平井イサクさんの翻訳だ。
表紙に入った原題、3つ続けて読むとなかなかに濃い

これも「顔系」と言っていいかもしれないのが、ハヤカワ・ミステリ文庫のミッキー・スピレイン「タイガー・マン」シリーズだ。それを両翼にしたがえて、中心には代表作「マイク・ハマー」ものの一作を置いてみた。左から右へ、パツキン、殺し、男、パツキン、拳銃、またパツキン……という並び、この「濃い」タッチの写実的イラストはすべて、巨匠・生頼範義(おうらい・のりよし)さんだ。これらの初版は76年から77年、つまり『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』(80年)の国際版ポスターを彼が描く直前の仕事だった。タッチとしては、平井和正の一連のシリーズ(ウルフガイもの、幻魔大戦もの)にも通じる、どこをとっても「暴」なる圧力が、すごい。ロバート・マッギニスら往年の「ペーパーバック表紙絵巨匠」たちの作風を、劇画的に誇張した上で肉厚な油彩画として定着させたような、唯一無二の「生頼調」は、文庫本サイズでも圧倒的な質量感があった。

リザードのモモヨさんと元P-MODELの秋山勝彦さんが結成したユニットの名前も「夢幻会社」だった

片や、細密かつやわらかなコミック・タッチで、しかしよく見てみるととんでもない絵が、伊達正則さんによる『夢幻会社』表紙のこちらだ。J・G・バラードの代表作のひとつである同作は、サンリオSF文庫から81年に邦版が発売された。著者一流の、性と鳥類と飛行機と植物などへのオブセッションに満ち満ちたアポカリプティックな内容を、(一見)さわやかな一枚絵にした感じだ。


左から第一弾『教養としてのロック名盤ベスト100』、第二弾『教養としてのロック名曲ベスト100』

コミックからイラストレーションというと、エイドリアン・トミネを忘れるわけにはいかない。自費出版のインディー・コミックからアイズナー賞(米コミック界のアカデミー賞と呼ばれる)受賞まで上り詰める過程において、彼は名門雑誌『ニューヨーカー』の表紙イラストで幾度も世評を沸かせていた。そんな時期に、紙版『インザシティ』用に描き下ろしてもらったイラストを再起用したのが、上の画像、光文社新書からリリースされた僕の2作だ。この「教養ロック」シリーズの最新作として、先ごろ連載終了した『教養としてのパンク・ロック』が、12月にはまた一冊にまとまって出版される。エイドリアンは、彼のコミックのアメリカでの初実写映画化となる『ショートカミングス』が、いままさに全米公開中だ。監督は、俳優としてMCUの「ウー捜査官」役でもお馴染みのランドール・パーク。彼の第一回長篇監督作であり、エイドリアンにとっては初の脚本作でもある。

してみると、とくに具象的なイラストレーションの表紙絵というものは、内容のあれやこれや――いや、ときには「なにもかも」を、外の世界へと解き放っていくものなのかもしれない。壁に穿たれたひとつの「窓」みたいな機能を果たすもの、なのかもしれない。



川崎大助
かわさき・だいすけ。作家。その前は雑誌『米国音楽』編集長ほか。
近著は『日本のロック名曲ベスト100』『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』。
ほか長篇小説『東京フールズゴールド』『教養としてのロック名盤ベスト100』、翻訳書に『フレディ・マーキュリー  写真のなかの人生』など。
Yahoo!ニュース個人オーサー。
Twitter:@dsk_kawasaki(https://twitter.com/dsk_kawasaki

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