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第十二回:『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』

堀口麻由美『カルチャー徒然日記』
Text & Photo:Mayumi Horiguchi

「海外の実在しない国」が舞台の大人気漫画


とりやすい位置にあったんで適当に選んで撮影した、海外を舞台にした漫画の表紙。

70年代から漫画を好んでいた人、特に少女漫画も読んでいた人になら通じる話だが、昔は「海外が舞台の漫画」が、実は多かった。「え、日本だと日本が舞台の漫画が普通じゃん」という反論が出そうだが、それは80年代以降の話(だろう)。

特に70年代の少女漫画には、海外を舞台にした漫画は、それはそれは多かった。個人的な趣味&有名どころでいくつか例を挙げると、1974年に初お目見えした萩尾望都の漫画『トーマの心臓』の舞台はドイツのギムナジウム、1975年から79年にかけて少女漫画雑誌『なかよし』(講談社)に連載されていた『キャンディ♡キャンディ』(原作:水木杏子、作画:いがらしゆみこ)は20世紀初頭のアメリカおよびイギリスが舞台、1972年から73年まで『週刊マーガレット』(集英社)にて連載されていた「ベルばら」こと『ベルサイユのばら』(池田理代子・著)は革命期のフランスが舞台だ。青年漫画でも、例えば『I・餓男 アイウエオボーイ』(原作・小池一夫、作画:池上遼一[6巻まで]、松久鷹人[7巻のみ])は1970年代のアメリカに行って、ロックバンドのザ・フーと友情が生まれたりもする。上述した漫画以外にも、当時はめちゃくちゃ、いろいろな「実在する外国」が舞台の漫画が、しかもいっぱいあったのだ(デヴィッド・ボウイをはじめ、ミュージシャンにクリソツな登場人物が出てくる漫画も多々あったが、その話はまたいずれ、別の機会にでも......)。

しかしいつの間にか、外国が舞台の漫画を描いていた漫画家たちも、日本を舞台にした漫画「しか」書かないようになっていった。もちろん、外国モノの漫画も存在してはいたが、少女漫画や女性読者をメインにした漫画雑誌からも、どんどん減っていった。月日を追うごとに、すさまじくニッチな分野になっていったのだ。


たまたま古本屋で売ってた『エリーDoing!』を熱写。悩んだが、買うのはやめておいた。

1981年に「週刊少女フレンド」に掲載された吉田まゆみの漫画『エリーDoing!』は、日本人高校生のエリーが米ロサンゼルスに1年間留学する話だったが、これなどは、いま思うと過渡期的な存在の漫画だったのかもしれない。余談だが、筆者はその漫画に描かれている「夢のカリフォルニア留学生活」に憧れてアメリカに高校留学をしてしまったほどだ。行ったのカリフォルニアじゃなかったし、当然、漫画のような青春は皆無だったが、そんな感じの漫画も80年代初期にはまだかろうじてあったし、それを好む「外国好きの漫画読み」は、きっと私以外にもいたのだ。でも、青池保子の『エロイカより愛をこめて』をはじめとする諸作品など一部を除き、「海外が舞台の漫画」「外国人が主役の漫画」は、この日本からどんどん減っていった。特に、ジャンプ漫画的な「主流派」は "日本が舞台・日本人が主役" が基本となった。まぁ、少年・青年漫画は、それ以前から「日本」が強かったけど。それだけに、「ジョジョ」こと『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦・著)が1986年に週刊少年ジャンプでスタートした時などは、舞台がイギリスだったので「私は好きだけど、これ10週で終わるのかな......」と思ってしまったぐらいだ。そんなジョジョは予想に反して大成功したが、その成功の度数にあわせるかのように、舞台は日本へと変わっていったね、やっぱり。ちなみに90年代に少年漫画の編集者に直接聞いたのだが、舞台が外国だと感情移入できないからダメなんだと言っていた。

しかし2022年現在、日本ではなぜか「海外が舞台の漫画」が増えてきているように思える。そんな中でも特に驚きなのが、ジャンプ系なのに海外を舞台にしており、しかも登場人物に「日本人」がいないし、忍者や日本刀使いが出てこない漫画なのに当たっているものが出てきたことだ。さて、その漫画とは?!


『SPY×FAMILY』(ジャンプコミックス)数巻の表紙

すでにピンときた人も多いかもしれないが、それは2019年から『少年ジャンプ+』(集英社)で連載中の遠藤達哉による漫画『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』だ。実在しない国の東国(オスタニア)と西国(ウェスタリス)が舞台だけど、冷戦期(第二次世界大戦の終結直前の1945年2月から1989年12月までの44年間)あたりの世界事情を参考に、東西に分割されていたときのドイツとか、ヨーロッパの国情を取り入れて創造された作品だ。そして、「白人の外国人」が主役。スパイ、殺し屋、超能力者の3人(+超能力を持つペットの犬)から成る"家族"を描いたホームコメディで、アニメ化されたり、多様な形態の業種とコラボしたりして大人気となっている。たとえば、ローソンは「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」とコラボしたお菓子を販売し、10月18日午前7時から対象のお菓子を3個購入した人に先着順で「オリジナルクリアファイル」をプレゼントするというキャンペーンを実施したが、筆者が18日の夕方に訪れた店舗では、すでに全てのファイルが全滅していた。また、バーガーキング渋谷センター街店が10月21日~11月17日の期間限定でアニメ版の世界観を表現した "バーガーキングバーリント店" としてオープン。21日当日の夜に見に行ってみたところ、結構な数の人が「可愛い~」とか言いながら、スマホで撮影しまくっていた(私も撮影した)。

この店舗では、初日の段階でキャンペーンが終了していた。

『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』はたしかにワクワクするし、心もほっこりするし、日本人の「漫画好き」が好きそうなキャラクター設定が目立つ作品だけど、一時期は「日本が舞台」で「登場人物は基本、日本人」じゃないとダメだとか、そんなのは読まないとか言ってる人が多かったのに、この国もずいぶんと変わったんだなぁ――と思わずにはいられない。異世界モノのゲーム、ライトノベルや漫画とかが流行ってる昨今、外国が舞台なことぐらいどうってことないだろうし、さすがにネット社会だから、昔よりは海外も身近なんだとは思う。でもこの「海外が舞台の漫画」がウケている理由が、"多文化共生社会やジェンダーフリーが普通に肯定され、そういった考え方が日本にも根付きつつあることの明らかな兆し" だったらいいな、と思うけど――それについては依然として「謎」なのが、残念すぎるところだ。

渋谷センター街に期間限定で登場した 『SPY×FAMILY』×バーガーキングのコラボ店舗 "バーリント店" はこんな感じ。


【『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』とは?!】
遠藤達哉による漫画。2019年3月に『少年ジャンプ+』にて連載スタート。隔週月曜日に更新。令和初の『このマンガがすごい!2020』オトコ編第1位にも選ばれ、2022年10月時点で累計発行部数は2650万部を突破。2022年4月からは分割2クールでアニメ放送中。

・少年ジャンプ+連載ページ:https://shonenjumpplus.com/episode/10834108156648240735
・SPY×FAMILY 公式ブログ オペレーション OSHIRASE:https://shonenjumpplus.com/spyfamily_oshirase/



堀口麻由美
ほりぐち・まゆみ。Jill of all Trades 〈Producer / Editor / Writer / PR / Translator etc. 〉
『IN THE CITY』編集長。雑誌『米国音楽』共同創刊&発行人。The Drops初代Vo.

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