見出し画像

「幼稚園は2校、小学校は3校のMr.転校生だった幼少年期。」 〜“ちょっと“特別な存在でありたい、私のルーツ〜

「幼稚園は2校、小学校は3校のMr.転校生だった幼少年期。」
〜“ちょっと“特別な存在でありたい、私のルーツ〜

ニーズには、小さい頃の親や、兄弟との関係性も影響があると聞き、

「なるほど、確かに、ありそう。

私は3つ年上の優秀な兄がいて、一時期、優秀になりたい、兄より優秀でいたいな。

と、そう思った時期もあったな。」

この辺りは、またそこにレセプターを開いていこうと思って、他にもいろいろ考えていたら、

「そう言えば、幼少年期は、たくさん転校したな。」

と、思い出す。

〜〜〜

転校生って、経験したことある人は分かると思うのだけど、

「ある程度、目立たないと、なんか埋もれてしまう。」

あっ、この感覚、私だからなのかもだけど。

周りからすると、

「おっ!転校生来たぜ!

どんな子か見に行こうぜ!」

となる。

そうすると、転校生からすると、なんか自慢できるものや、人目を引くことって、

転校先に早く馴染む上で、重要なこと。

今、考えてみると、なんとなく冷静にそうやって状況を考えられるけど、当時は無意識にそうやって考えて、

「どうやったら、早く学校に馴染むことができるか。」

を探求していたのだと思う。

〜〜〜

そこで、私が取った方法は、

・面白い人と思われる→ギャグを言ったり、戯けたりしてみる。

・何か得意なことがあると思われる→サッカーに打ち込む。(これは結果論で、単純にサッカーが大好きだった。)

だったな。

そうすることにより、

“ちょっと“見所がある人と思われて、存在を認められて、早く学校に馴染んで、自分本来の力を出せて、

いわゆる、“転校生の山田くん“から、

“面白い山田くん“

“サッカーが上手い山田くん“

となれて、より学校生活を楽しめて、親も安心する。

という構図なのかも。

この、親が安心するって言うのは、これまた無意識なのかもね。

〜〜〜

大人になってから、親から、

「あんなに転校していたけど、マサはサッカーとかやっていて、すぐにお友達もできて安心したわ。

毎回、転校先で馴染めるのか心配はしていたのよ。」

と言われたのを思い出した。

そう考えると、学校に馴染むのはもちろんだけど、親を安心させる、

そのために、“ちょっと“特別な存在と思われるために、

面白いことをやる、サッカーを頑張る、

そういうことなのかも。

〜〜〜

そして、言語化して気がついたのが、

その最初の、“ちょっと“という、さじ加減は、転校生で目立ちすぎるのは危ないという謎のリスクヘッジが働いていたのかも。

ちなみに、その“ちょっと“は、学校に馴染むと、だんだん影響力を出したくなり、“大分“特別へと変わっていったな。

そのタイミングで、転校!みたいな感じで、今考えてみたら、結構ハードやね。

そりゃ、親も心配するわ。

いわゆる、

「せっかく、慣れてきたのに。もう、転校?」状態。

だから、私にとって“ちょっと“特別な存在でありたいの、“ちょっと“って、

“ちょっと“特別であるために、その場に早く馴染みたい時に発動していくものなかも知れない。

〜〜〜

そのために、

良い人
優秀
ポジティブ
笑顔

という手段を見られたいセルフイメージにしていたのだろうな。

まぁ、この良い人も、もっと細分化して、良い人に見られるために、どんなことをしたか、この辺りも掘り下げていこう。

いやぁ、深いぜ、セルフイメージ、そしてニーズ。

でも、こうやって、幼少期を振り返ることも、自分のルーツを探ることになり、

その時の体験、経験って、今もめっちゃ影響あるんだなと、楽しくなる。

そして、

“ちょっと“→“大分“へも、その時の自分の置かれた環境によって変わることにも気がつけた。

ちなみに、考えてみたら、今の職場も、立ち上げに関わることが多く、

一年二年スパンで、異動があるけど、その状況を楽しめているのは、幼少年期の転校があったからこそ、楽しめているし、引き寄せているのかもね。

〜〜〜

、、、言語化してスッキリ☆☆

“ちょっと“特別な存在でありたい、自分のルーツを探ることで、

その、“ちょっと“のために、どうみられたいか、みられたくないかのセルフイメージが、かなり影響されているんだな。

“ちょっと“を今日も探るぜ!

こうやって、過去の自分に意味を持たせることって、大事。

そのことが、今、そして、未来の自分を、より自分らしくする。

言語化は、未来をつくるね🌈

そして、たくさん転校する機会をくれてありがとう、父ちゃん、母ちゃん😍

さぁ、本日もガンバルンバ💪