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私が求めたメンタリスト

 テレビは基本的に見ないのだが、たまに付けた瞬間に興味がある内容が映っていたりして、「おお、グッドタイミングだ。これも日頃の行いがいいからだな」などと自己満足に浸ったりする。
 その日もそうだった。
 テレビを付けた瞬間「では、メンタリストに登場していただきましょう!」という声が聞こえ、おれはテレビに注目した。おれは、海外テレビドラマの「メンタリスト」が大好きなのだ。サイモン・ベイカーというイケメン俳優のファンなのである。
「お~い」とおれはクレオパトラ似の妻に声をかける。「メンタリストが出るぞ。どうやら来日しているらしい」
「あら、珍しいわね」と妻もやってきてテレビの前に座る。
 だが、テレビ画面に映ったのは、サイモン・ベイカーではなかった。どう見ても日本人である。なんとなくだが、リーガル・ハイに出ていた古美門研介になりかけみたいな薄っぺらな印象の兄ちゃんなのだ。
 なんじゃい、こいつは。
 ご存じない方のために説明しておくと、おれが期待した「メンタリスト」の主人公は、言ってみればシャーロック・ホームズの現代版。ちょっとした仕草や言葉で真実を暴いてしまうイケメン探偵なのである。
 そのメンタリストを期待していたおれは、「なんでこんな兄ちゃんがメンタリストなんじゃ~」と腹を立てた。どちらが早く出たのか知らないが、おれはイケメンの味方である。バラエティ番組に出るメンタリストを、おれは裏メンタリストと断定したのだ。
 テレビでは、司会のおっさんが「では、当てていただきましょう。メンタリストさんのマネージャーから、メンタリストさんのある私物をこっそり預かったんですが、それはどれでしょうか?」と言い、いくつかの小物の名称を提示した。どうやらメンタリストごっこをやるみたいなのだ。
 おれは、アホかと思った。
 具体的な内容ははっきり覚えていないのだが、どう考えても答えである私物は一つしかなかったのだ。財布もあったのだが、いくらテレビ局の知った顔でも財布は預けないだろう。そうやって消去法で考えれば、答えは一つ。メンタリストでなくてもわかるのだ。
「こんなものジッチャンの名にかけるまでもない。正解は車のキーに決まってるではないか」と妻に言うと、「この人もお仕事なんだから」とかばうように言い、その妖艶な唇の端をかすかに持ち上げた。おれは、ゾゾッと背筋に震えを感じ、思わずパンツを脱ぎ捨て(以下略)。
 まあ、メンタリストを名乗るのは勝手なのだが、あまりに稚拙であるように思えた。彼が手品をやっているのを見かけたこともあったが、おれは鼻で笑い、すぐに記憶から消去したのだ。
 その後、裏メンタリストの名は、時折目にした。一番、話題になったのは確か彼のYouTubeだったと思う。不適切な発言をして、それが炎上してしまったのだ。
 まあ、私も不適切な発言が多いし、尊敬する筒井康隆先生も国際的に炎上したことがある。確か慰安婦に対する暴言だった。
 そのため、どちらかというと炎上した人よりも炎上させた連中のほうが嫌いなのだ。
 裏メンタリストの炎上は、不可解な点もあった。なぜ、あんな発言をしてしまったのか。頭はいい人らしいので、きっと何かの理由で暗黒面に落ちてしまったのだろう。
 ちなみにおれも暗黒面に落ちた経験はあって、それはパソコンのハードディスクの奥底に保存していたエロ動画を間違って削除してしまったときである。いやあ、あれは、ショックだったなあ。あの時は、すべてが敵に思えた。
 きっと裏メンタリストも、エロ動画を間違えて消去してしまったのだと思う。大変気の毒であり、心よりご同情申し上げる。いやあ、本当にあれはショックだからなあ。
「あら、あなた、そんなものをパソコンに保存していらっしゃるの?」とふいに後ろから声がして、おれは驚いて振り向いた。どうやらクレオパトラ似の妻がのぞいていたらしい。
 彼女が口角を微かに上げると、それだけで清楚だった印象が淫靡なものに一変する。そして、彼女は言う。「だったら、これから一緒に見ませんこと」
 背筋にゾゾッとした感覚を得たおれは、思わずパンツを脱ぎ(以下略)



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