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盗作小説家

 小説のアイデアが出ないときにはどうするか?
 簡単である。パクればいいのだ。バレなければノープロブレムである。仮にバレたとしても、言い訳すれば大丈夫だ。とりあえず土下座して号泣すれば、たいていは許してもらえる。
 おれの場合は、海外テレビドラマからパクることが多い。この間も「月刊ファイヤーマン」というマイナーな雑誌からのオーダーがあったのだが、どうしてもアイデアが浮かばなかった。
 タイトルからすると子供向きの特撮系雑誌なのだろうが、実は全然読んでいない。おれは、他人が書いた文章には、まったく興味がないのである。
 そこでたまたま目に付いた「シカゴファイア」というドラマを見ることにした。似たタイトルだから、参考になることもあるだろう。そして、その中の「長い夜」という話をパクることにしたのだ。
 ドラマのあらすじは、こうである。
 飲酒運転をしていた男が電柱をへし折り、一帯が停電になる。停電になったとたんに、若い黒人連中が家電店や酒屋を襲いだした。テレビやらアメリカ人向けのどでかいラジカセやらプラズマクラスター空気清浄機やら、なんでも獲り放題である。
 しかも、極寒の季節である。暖房が使えない中、このままでは多くの人々が凍死の危険にさらされるのだ。消防士たちは、貧しい人々を消防署に避難させ、そこでも起こる争いを仲裁し、火事やら事故が起こるたびに出動するのである。
 うん、これはいいな、とおれは思った。
 まず、飲酒運転による事故からの大停電というのがいい。いまだに飲酒運転をする馬鹿は多いから、これはリアリティがあって共感を得ることができるだろう。
 次に、暴動が起きるというのも面白いな。いかにもアメリカらしいが、今は、日本にだって川口市がある。クルド人が川口市を乗っ取るための暴動を起こすという展開にすれば、設定的にはシカゴにも劣らないはずだ。
 問題は、主人公をどうするかだな。
 タイトルのインパクトからすると韓国ドラマの「裸の消防士」なんだがなあ。裸という以上は、裸で消防活動する男の話だと思うんだが、おれは裸の男は嫌いだからなあ。金玉をブラブラさせながら消火活動というのは、あまり見たくないな。うん、やめておこう。
 クルド人と戦う可能性もあるから、強そうな主人公にしないとな。よし、強いと言えばおれが知る限り朝青龍が最強だ。クルド人vs朝青龍なら、読者も文句は言わないだろう。
 などと知恵を絞りながら骨子を考え、枝葉を付けて、翌々日には400字詰め原稿用紙にして60枚の短編小説を書き上げた。
 凍え死ぬような寒さは川口市では無理があるので、夏の設定で、エアコンや扇風機が使えず熱中死の可能性が高まるという展開にした。ただ、予想外だったのは、「このままでは熱中症だ」と消防署に人々が集まらなかったことである。
 何度もその描写に挑戦したのだが、どうにもリアリティが出せない。考えてみれば、日本人はそういう状況なら学校や役所の避難所を目指すのである。
 例え盗作でも嘘くさい展開はダメだな、とおれは判断し、消防署内の市民のいざこざはカットしたのだ。
 自信満々に出した原稿を読んで、担当者はあきれ顔だった。「あのですね」と言った後、大きくため息をつく。
「これ、シカゴファイアのパクりですよね。私もこの回の話はよく覚えてますよ。しかも、消防署のチーフがマワシにマゲを結ってるっていったい何なんですか。ギャグ漫画ですか」
「いや、これは……まあ、言わば魔術的リアリズムでして」
「しかも、クルド人差別が全開じゃないですか。これは、人として許せません。なんですか、主人公がいつも歌っている♬頭がクルクルクルドジンっていう歌詞は。川口市にだって、この雑誌は届くんですからね」
 おれは、うつむくしかなかった。
「とにかく」と彼はさらに強い口調で言った。「他はともかく、盗作は許せません。こんなのを掲載すれば、いくら専門誌と言えども世間の笑いものです。そもそもうちは『月刊ファイアマン』ですよ。全国の消防署に配られているんですよ。当然、『シカゴファイア』だって見ている人は多いんです。すぐにバレますよ」
 おれは、愕然となった。子供の頃見ていた巨大変身ヒーローの「ファイヤーマン」と勘違いしていたのだ。まさか消防士の雑誌だったとは……。うかつにも程がある。
 こうなったら、最後の手段である。
 おれは、椅子から飛び出してガバッと四つん這いになり、思い切り床に頭を叩きつけたのだった。そして、野々村議員から学んだ号泣を開始する。
 大学時代、メソッド演技法を学んだおれの号泣に、担当者だけではなく編集部の全員が目と耳を奪われているようだ。よーし、この調子だ。演劇部の先生におれは深く感謝する。
 打ち付けた額の痛さにクラクラしながらも、あと三回くらい打ち付けたら許してもらえるかな、とおれは考えていた。


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