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ある散歩道の惨劇

 前から自転車に乗った女子高生がやってくる。本来なら車道の左端を走らなければならないのだが、走っているのは自転車走行不可の歩道である。しかも、彼女はスマホを見ながら運転していた。
 アウト~ッとおれは心の中で叫んだ。
 おれは、何でも入っているトートバッグから大型のバールを取り出した。右手でしっかりと握り、その冷たさと硬さに頼もしさを感じる。バールを背中に回して彼女の視線から隠した。
 チラチラと視線を前に向けているから、おれの存在には気づいていたのだろう。彼女は、端っこに寄った。だが、だからと言って許すことはできない。
 彼女とすれ違った瞬間、おれはバールを彼女の後頭部に叩きつけた。ブンと風を切る音がして、直後にゴンという鈍い音がした。
 彼女はグエッと蛙のような声を出しながら、自転車に乗ったまま3メートルほどゆらゆらと進み、勢いを失ってゆっくりと転倒した。彼女は放り出され、アスファルトの上にうつ伏せになった。
「成敗!」とおれは彼女に向かって吐き出すように言った。
 近寄って横向きになった顔をのぞき込む。両目が見開かれ、後頭部から大量の出血が見られた。血と髪の毛に邪魔されながらも、頭蓋骨が大きく陥没しているのがはっきりとわかった。
 彼女は、明らかに絶命していた。見る間に頭部周辺の地面が血まみれになる。頭皮は、皮膚の中で一番血管が多いのだ。どうでもいい知識が頭の中を巡った。
 彼女の制服のスカートがめくれ上がり、水色のパンツがむき出しになっていた。実に無様だ。もちろんおれは、女子高生のパンツには興味がない。女子高生の死体にも興味がない。
 ただ、パンツ丸出しのままでは気の毒だと思い、スカートの乱れを直してやった。ついでに何でも入っているトートバッグから白い菊の花を一輪取り出し、彼女の背に置いてやる。
 朝からの一仕事を終え、おれは大きく息を吐いた。
 その後おれは、遊歩道で歩き煙草をする中年男をガソリンをかけて焼き殺し、ツバを吐いた初老の男の頭を横を流れる川に突っ込んで溺死させ、三人並んでヨタヨタとジョギングをする中年女を「邪魔だ」とナタでなぎ払った。
「日本人死ね」などと中指を立てながら叫ぶ外国人がいたので、「お前が死ね」と言いながらぶち殺しておいた。獲物は、シャムシールである。俗に言う半月刀だ。トートバッグに入れておいて良かった。
 首を落とした後も腹立ちがおさまらないので、トートバッグから豚肉を取り出し、死体の口の中に押し込んでやる。どうせこいつもイスラム教徒だろう。これで地獄行きだなとほくそ笑む。
 自宅に戻ると、クレオパトラ似の妻が声をかけてきた。
「お帰りなさい。今日は、何人殺したの?」
「うん?」とおれは言いながらスマートウォッチをのぞき込む。「12人だな。男性が8人で女性が4人だ。ちなみに外国人が一人混じっている」
「あら、素敵」と彼女が微笑んだ。「結構ポイントがたまったんじゃないの?」
「ああ。もう少しで高級レストランでのディナーと引き換えできるぞ。夕方も散歩に出かけて殺しておくか」
「でも、あなたも気をつけてね。マナーや法律違反は心配してないけど、あなた、ちょっとイケメンでスラッとしているから。妬まれて襲われる可能性もあるわよ」
 おれは、外出用にかけていたメガネを外しながら言った。
「ああ、大丈夫だ。このメガネには最新のモニターとセンサーが装備されているからな。異常があれば、すぐに知ることができる」
 その後、おれは彼女と古いテレビドラマを楽しむことにした。おれたちの最近のマイブームで、いまどきのドラマにはない驚きや笑いが詰まっている。
 立体映像に変換されているが、元となった映像は数十年前のものだ。刑事ドラマである。クライマックスで主人公の刑事が頬をプルプル震わせながら言った。
「人の命をなんだと思っているんですかぁ。奪っていい命などありません~っ」
 おれと妻は、思わず吹き出した。これだから古いテレビドラマはやめられない。見終わった後、おれは妻に語りかけた。
「これが作られた頃は、少子化で大変だったらしいよ。街を歩いても高齢者ばっかりでさ。働き手がいないから移民も随分受け入れてたんだそうだ」
「ああ、それね。この間、ドキュメンタリー番組で見たわ。でも、外国人が増えすぎて、犯罪率も大幅に増えたって。しかも移民は日本の宝だなんて当時の首相が言ったものだから、どんどん税金を彼らにつぎ込んだって。まるで地獄ね」
 おれは、大きく頷いた。クレオパトラ似の妻の顔は輝いて見えて、おれは下半身が疼くのを感じた。少しばかり上ずった声で、おれは彼女に言う。
「結局、人工授精やクローン技術が一般的になって、少子化は解決されたんだけどね。今度は人間が増えすぎて、逆にどう減らせるかが、世界的課題となった」
「食料もクローン技術で豊富になったせいか、戦争も滅多に起こらなくなったわよね。途上国の餓死なんて今じゃ遠い昔だし」
 まず先進国から人権に対する法律が改正されだした。日本は先進国の中では一番遅かったが、それでも俗に言う「非国民法案」が施行され、社会に害をなすと判断された者を殺しても罪に問われないことになったのだ。
 当時、世界一温厚で礼儀正しいと思われていた日本人は、世界一規律に厳しい人種でもあったようで、ほぼ半年で暴力団員や半グレ連中が一掃された。自衛隊や警察組織が裏で動いたというウワサもあるが、まあ、ああいう連中はいなくなった方が社会のためである。
 おれは、ふと以前見た古いテレビドラマを思いだしてプッと吹き出した。「なによ」と妻が怪訝な表情で言う。
「いや、前に見たテレビドラマでさ。中学生が『どうして人を殺してはダメなんですか』と教師に問いかけて、それに対して『命はかけがえのない大切なものなんだ』と答えていたのを思い出してね」
「あ、私も覚えてる。少なくとも他人の命は大切じゃないし、殺したければ殺せばいいのよ。現に当時でも殺人はよく起こってたんでしょ。だったら『どうして人を殺してはダメなんですか』という設問自体成り立たないじゃない。殺したい人は殺してるんだから。当時の刑法では捕まれば罰せられるけど、それは殺していいか悪いかとは別問題だからね。価値観に縛られすぎなのよ。窮屈な時代だっんだろうなあ」
 おれと妻は価値観に対しての合意に達し、そのまま気分が高じてベッドに向かった。人口が増えすぎたために居住空間に制限が設けられ、ここも1DKの狭い部屋だ。ベッドを置けば、あとのスペースはほとんどない。
 先ほど見たテレビドラマに出てきたマンションや一戸建ての家を思い出す。窮屈な時代だったのだろうが、少なくとも住居は窮屈ではなかった。そこに関してはちょっとうらやましいな、とおれは彼女を抱きしめながら思った。


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