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ソフトバンクによる前モサド長官登用の背後に見えるイスラエル・サウジアラビアの危機感と「アブラハム合意」の闇

一線を越えた孫正義のアパルトヘイト犯罪への加担

去る7月、イスラエルの諜報機関モサドの長官を辞したばかりのヨシ・コーヘンがソフトバンク・ビジョン・ファンドのイスラエル事務所代表として抜擢された。
https://en.globes.co.il/en/article-exclusive-ex-mossad-chief-yossi-cohen-to-head-softbanks-israel-office-1001377596

また、ほぼ同時期に、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが顔認証技術で知られるイスラエルのエニービジョン社に投資したことが報道された。
https://jp.techcrunch.com/2021/07/08/2021-07-07-anyvision-the-controversial-facial-recognition-startup-has-raised-235m-led-by-softbank-and-eldridge/

エニービジョン社は、西岸地区で二つの人権抑圧システムを開発し、イスラエル軍に提供している。一つは、パレスチナ被占領地の軍事検問所における生体認証システムである。二つ目は、西岸地区数千か所に設置された監視カメラの映像やインターネット上の個人情報等の分析を組み合わせたパレスチナ人住民に対する個人追跡システムである。ヘブライ大学の研究者によれば、2007年段階で西岸地区の20万人(成年男性の5人に1人)が「潜在的テロリスト」とされ、こうしたシステムによる監視対象とされているという。そしてこうしたシステムが今、イスラエルから世界中の人権抑圧国家に輸出されている。エニービジョンの顧問には、コーヘンの前任者である元モサド長官タミール・パルドーが名を連ねている。
https://www.nbcnews.com/news/all/why-did-microsoft-fund-israeli-firm-surveils-west-bank-palestinians-n1072116

なお、昨年3月、エニービジョンに投資していたマイクロソフト社は、抗議の声を受け、同社から資本引き揚げをした。今回のソフトバンクの投資はこのマイクロソフト社が抜けた穴を埋めたことになる。
https://bdsmovement.net/news/bds-win-microsoft-drops-anyvision

2013年より国家安全保障顧問として、2016年からはモサド長官としてネタニヤフ政権の中枢で活動してきたコーヘンの登用、また、パレスチナ被占領地における人権侵害への加担が問題視されてきたイスラエル企業への投資というソフトバンクの動向を私たちは一体どのように捉えればよいのだろうか。

安倍・トランプ・ネタニヤフ・MbSの野合とソフトバンク

第2次安倍政権下2014年5月のネタニヤフ首相来日は、その後の日本・イスラエル関係緊密化を一気に加速させた。この流れに乗るかたちで、ソフトバンクは、2015年以降、サイバーリーズン社をはじめ、多くのイスラエルのスタートアップ企業に対して投資や買収をしてきた。同社は、2018年8月、川崎で開催されたイスラエルの軍事見本市「ISDEF」の「ゴールドスポンサー」とされていたが、反対運動の広がりを見て、イベント直前に参加を取り消すということもあった。
https://toyokeizai.net/articles/-/235297

2016年にトランプが大統領選に勝利すると、孫正義は500億ドルの対米投資を約束するなどして同政権に取り入り、2017年5月には、トランプ政権に近いサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン(MbS)副皇太子と提携し資本金1000億ドルのソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)を立ち上げた。このファンドについては、石油需要低迷で財政危機にあるサウジ経済へのカンフル剤という効用だけでなく、より広域的な政治状況を見ておかなければならない。

それは、大雑把に整理すれば、中東から駐留兵力を撤退させたい米国と、米軍撤退の前に安全保障環境をできる限り有利にしておきたいサウジアラビアおよびイスラエルとの間の駆け引きである。つまり、サウジにとってはイランに対する軍事的優位を保障するための核合意体制の破棄およびイスラエルとのセキュリティ協力、イスラエルにとっては、イラン核合意破棄に加えて、パレスチナの抵抗運動の封じ込めとアラブ諸国との関係正常化が、米軍撤退後の安全保障のために欠かせない、という認識がある。トランプ政権の「世紀のディール」はこうした状況認識の中から生まれた。

ここで浮上してくる問題は、アラブ・イスラーム地域のほとんどの民衆にとってパレスチナの抵抗運動は共感・支持の対象でこそあれ、封じ込めする必然性は全くないということである。反西洋意識の世論が根強いこの地域における指導的地位を自任するサウジアラビアが、トランプ政権の「世紀のディール」に支持の姿勢を示しながら、イスラエルとの関係正常化に踏み込めなかったのはそのためである。そうした中、SVFの設立は、サウジ資本が対外的に目立たないかたちでイスラエル企業に出資するための重要なプラットフォームとなったと言える。

SVF発足直後、米国の後ろ盾を得たMbSは皇太子に昇格し、反対派に対する厳しいパージを行った。トランプ政権はイスラエルやサウジの意向に沿うかたちで、イラン核合意から離脱し、同国への圧力を強化していった。さらにイラン包囲網と並行して、米国大使館のエルサレムへの移転や対パレスチナ援助の停止など、パレスチナ人の民族的権利に対する主張を放棄させるための政策が次々と実行に移された。こうした政策の推進をイスラエル側で中心的に担った一人がコーヘンであった。コーヘン指揮下のモサドは、マレーシアでのハマース関係者の暗殺(2018年4月)や、イランでの核技術者の暗殺(2020年11月)を敢行した。また、コーヘンは、トランプ政権末期に行われた、UAE・バハレーン等アラブ諸国とイスラエルとの関係正常化においてもイスラエル外務省を差し置いて中心的な役割を果たした。

こうした動きに大きな逆風となったのが、2018年10月の反体制派サウジ人、ハーショグジー記者殺害事件である。MbSの国際的イメージは一気に悪化し、サウジ資本が半分を占めるSVFも国際的評価を落とした。2019年9月のイランが首謀したとされるサウジ油田に対するドローン攻撃も、サウジ経済の脆弱性を印象付けた。こうして、サウジ・イスラエル・米国の同盟に支えられた「世紀のディール」は次第に信用を失い、トランプ政権とともに終焉した。

なお、ハーショグジー事件は、イスラエルのセキュリティ企業に関わる人権リスクについての懸念を国際的に知らしめることにもなった。というのも、イスラエル企業NSOグループが開発するスパイウェアが、ハーショグジー記者の殺害に際して用いられていた疑いが濃厚になったからである。またその後の調査で、サウジだけでなく、UAEやバハレーンもNSOグループの顧客であることが判明し、いかに湾岸君主国が反体制派の存在を恐れており、そのためにイスラエルのセキュリティ技術を必要としているかということも明らかになった。
https://www.trtworld.com/magazine/the-role-of-the-uae-and-saudi-arabia-in-the-pegasus-spyware-saga-48861

中東における米軍撤退とイスラエルからみた日本企業の戦略的価値

バイデン政権は、トランプ政権が進めた中東からの米軍撤退の方針を堅持しながら、イランやパレスチナの封じ込め政策については、これまでとは異なる方向性を模索している。いよいよ米国に頼れなくなりつつあるイスラエルとサウジが相互依存関係を深めるというシナリオは現実的である。とはいえ、5月に起きたイスラエルによるガザ攻撃とその背景となったエルサレムにおけるパレスチナ人追放政策は、サウジが表立ってイスラエルと協調することの困難をあらためて明確にした。そうした中で、サウジとイスラエルとの関係を仲介するSVFの役割が見直され、今回のソフトバンクの決定に結びついたのだと考えられる。

しかしながら、リクード党におけるネタニヤフ党首の後継者とも目されるコーヘン氏がなぜ、ソフトバンクに、という違和感は拭い得ない。イスラエルでは、安全保障関連の要職にいた者が政界に進出するには、退職後3年間のクールダウン期間が必要になるらしい。
https://www.fsight.jp/articles/-/48171

だとしても、コーヘンほどの大物となれば、イスラエルと関係の深い欧米のセキュリティ業界で彼を役員として受け入れる企業はいくらでもあるように思われる。そう考えると、コーヘン氏があえてソフトバンクのイスラエル事務所代表になった理由は、3年後の政界復帰を見据え、イスラエルの経済界やインテリジェンス網と関係をもちながら、サウジをはじめとするアラブ諸国との連絡を維持するためだと推測せざるを得ない。日本企業であるソフトバンクというブランドは、アラブ世界において米国企業に比べてクリーンな印象があり、批判をかわしやすい。こうした日本企業のイスラエルにとっての戦略的価値は、NSOグループと同様、スマホからのデータ抜き取り技術が人権侵害に利用されていると批判されてきたイスラエル企業「セレブライト」の「サン電子」による買収に際しても、重視されてきた。
https://wirelesswire.jp/2019/08/71896/

ネタニヤフやコーヘンが成立させた「アブラハム合意」は、セキュリティ関連の合意内容などが公表されていない。イスラエル外務省はこの合意の成立において脇役であり、したがってヤイル・ラピド現外相が果たせる役割は限定されざるを得ない。とりわけセキュリティ関連の合意の履行に関してはそうであろう。そうした状況において、コーヘンが、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのイスラエル事務所代表の立場を利用し、事実上の外交活動や諜報活動に従事する可能性は高いのではないか。ソフトバンクはその結果について責任を負うということを明確に自覚し、アパルトヘイト国家イスラエルからの全面的な資本引き揚げを行うべきである。

(役重善洋)

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