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月世界Ⅰ・Ⅱ

※以下にも掲載しています。
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とある二人の会話。

「月ってさ。」
「うん。」
「うさぎがいるって言うじゃん。」
「そうだね。」
「あれ、模様がさ。月の。左側がうさぎで、右側が臼に見えるっていうさ。」
「うさぎが餅つきして見えるってやつだよね。」
「そうそう。」
「うん。」
「でもさ、外国では違うらしいじゃん。」
「え、そうなの。」
「うん。カニとか女の人とかに見えるって言うらしいよ。」
「カニ?」
「カニ。あの、うさぎの頭と臼がそれぞれハサミでさ。」
「ああ、うさぎの体だったとこがカニの体ってこと?そっか、そう言われてみるとカニだねえ。」
「ね。で、もう一個の女の人っていうのは、うさぎの片耳が頭で、もう片耳が本持ってる手で、臼のとこまでが女の人の体で、スカート履いて座ってんの。」
「んーと。横から見てるってこと?座って本読んでる女の人を?」
「そうそう。」
「ああ、わかった。ほんとだ、見えるね。」
「でしょ?」
「うん。見える見える。すごいね、たーちゃんは物知りだ。」
「こう考えるとさ、うさぎが餅ついてるって変じゃね?」
「そう?」
「だってうさぎって餅つかないじゃん。」
「ああ、リアルではね。つかないね。」
「カニとかさ、女の人っていうのはさ、実際見たことあるからさ。月の模様見て、『あれ、似てるな』って思うのもわかるわけ。」
「うん。」
「でもさ、うさぎの餅つきって見たことないじゃん。見たことないのにさ、月見て、『あれ、うさぎが餅ついてるわ』って思うのはさ、普通じゃないよなって思う。」
「ああ、なるほどね。たしかにそうだ。すごい発想だよね。」
「ね。」

「たーちゃんは?月見て、何に見えるって思う?」
「俺?」
「うん。」
「・・・・・・地球が死んだときの姿。」
「なにそれ。」
「月が地球みたいに見えるから。海とか陸とか全部消滅して、死体になった地球に見える。」
「・・・たーちゃんだって見たことないものに見えるんじゃん。」
「まあね。」
「ずるいよ、それは。」
「いいじゃん。」
「いいけどさ。」
「むぅは?」
「僕?」
「何に見えるの。」
「僕はねえ、何に見えるかなあ。」
「なんかないの。」
「そうだねえ。難しいな。・・・あ、ボールに座ってる人。」
「ボールに座ってる人?」
「うん。さっきの女の人に似てるんだけどね。横向いてる人が、ボールに座ってるの。女の人の腰だったところがボールで。」
「ああ、見えた。」
「ね?それで、ボールの下にもう一人寝そべってる人がいて、ボールに座ってる人はその人を踏みつけてるの。」
「は?」
「え、見えない?ほら、女の人のスカートだったところが、仰向けに寝そべってる人を横から見た姿で、その人のお腹あたりをボールに座ってる人が足でぐって踏みつぶしてるの。」
「・・・・・・見えなくもない。」
「でしょ?」
「これさ、ほとんどさっきの女の人と同じじゃん。」
「ふふ、そうだね。」
「見たことないものだし。」
「ええ?見たことはあるでしょ。」
「ないよ。」
「あるよ。」
「え?」
「あるじゃん。」
「俺も?」
「たーちゃんは、見たっていうか、やってたよ。」
「俺がやってたの?」
「うん。」
「いつ?」
「去年の秋ぐらい?喧嘩してたじゃん。」
「ああ・・・。河原の?」
「そうそう。あっちは6人ぐらいいたのに、たーちゃんがどんどん倒していってさ。」
「あれはだって、あっちが弱かったよ。」
「ふふ。弱かったねえ。全然当たってなかったもんね。」
「それにさ、俺は倒しただけだよ。踏んづけてたのはむぅじゃん。」
「あれ、そうだっけ。」
「そうだよ。お前が『弱い弱い』って笑いながらあいつらをガンガン蹴ってさ。踏みつけて。」
「あ、そっか。そういえばそうだったね。」
「あっち鼻血とかダラダラ出て呻いてんのにさ。お前全然やめなかったじゃん。」
「鼻血くらい普通でしょ。」
「でもお前、あのとき捨てられてたタイヤにまたがってあいつらのこと踏んでたよ?タイヤで腹踏みつけてたじゃん。顔面血だらけのボロボロな奴の腹を。」
「そっか。ボールじゃなかったね。タイヤか。ふふ、全然違ったね。」
「・・・まあどっちでもいいけどさ。」
「そうだね。」


「でもさ、うさぎが餅ついてるって、すごいメルヘンだよね。月って。」「まあ、そう見えるってだけだけどね。」
「そうだけどさ。でも本当にそういう世界だったら可愛いじゃん。うさぎがぴょんぴょん跳ねて餅ついてるの。」
「・・・むぅってたまに夢見がちだよね。気持ち悪い。」
「気持ち悪くないじゃん。可愛いねって話してるだけだよ。たーちゃんは本当にひどい。」
「ひどくないよ。まあいいや。うさぎが餅ついてる世界、可愛いと思うよ。」
「でしょ?そういう世界ならさ、月も行ってみたいなって思うなあ。」
「行って何するの。」
「えー。それはまず、うさぎと餅をつくよ。」
「ほかには?」
「あとねえ、カメと将棋を指したり、にわとりとサンバを踊ったり、きりんとヨガをしたりするよ。」
「そういう世界なんだ。月。」
「そりゃあそうだよ。」
「じゃあライオンとにらめっこしたりもするの?」
「いや、ライオンとにらめっこはしないよ。」
「え・・・。しないの?」
「うん。」
「なんで。」
「だってライオンは月の裏側にいるもん。」
「裏側?」
「そう。うさぎとかカメとかは表だけど、ライオンは裏。」
「裏って、地球から見えない側ってこと?」
「そうそう。」
「なんでライオンは裏なの。」
「ライオンは凶暴だから。凶暴で怖い動物は裏にいるんだよ。」
「表にいちゃだめなの?」
「だめだね。」
「なんで?」
「表は綺麗な世界なんだよ。地球に見えても大丈夫な、綺麗なところなの。だから凶暴な動物は表に来ちゃだめなの。」
「凶暴な動物は綺麗じゃないってこと?」
「うん。綺麗じゃない。血とかついてるし、目つきも悪いし。ほかの動物を殺しちゃうし、おっかないでしょ。」
「おっかないね。」
「うん。」
「でも面白そうじゃん。ライオンと喧嘩とかしてみたいよ、俺。」
「ええ?やだよ。」
「そう?」
「危ないもん。噛まれたら痛いし、死んじゃうかもしれないよ。たーちゃんが死ぬのは嫌だよ。」
「そりゃあ俺だって死にたくはないけどさ。」
「そんな危ない目に遭うのは困るよ。うさぎと餅ついてる方がよっぽどいいよ。」
「じゃあさ、むぅは月に行っても裏側には行かないわけ?」
「行かないね。そんな世界見たくもない。」
「じゃあ俺が行こうって言ったら?俺が『ちょっと裏側も面白そうだし行こう』って言ったら、むぅはどうする?」
「え、やだよ。行きたくないし、たーちゃんにも行ってほしくない。やめてよ。」
「止めるの?」
「止めるよ。『お願いだからやめて』って説得すると思う。」
「ふうん。むぅは月の裏側は嫌いなんだ。」
「嫌いだよ。怖いし汚いし危ないもん。」
「でも俺は好きだよ。」
「え?」
「好きだよ、そういうの。綺麗なだけじゃつまんないじゃん。俺だってどっちかって言うと凶暴だし、汚いし。餅ついたり将棋指したりしてるたけじゃつまんないよ。たまには痛いことしたいし、怖いことやりたいよ。」
「でも、それってすごく良くないことだよ。綺麗で安全な方がいいじゃん。どうしてそんなところに行きたいって思うの。やめたほうがいいよ。」
「仕方ないよ。俺はそういう汚いところも楽しいなって思うんだから。もちろん綺麗なところもいいんだけどさ。でも物足りないんだよ。それだけじゃだめ。つまんない。」
「・・・たーちゃんは変わってるね。」
「そう?」
「うん。変だよ。」
「でもお前も変だろ。」
「ふふ、まあね。」
「それでいいんだよ。」
「そうだね。仕方ないもんね。」
「そう。仕方ないの。」
「うん。」


満月が二人の頭上を傾いていく。


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