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フィクションにおける位置関係  5(小説編)

 前回までの流れを大まかにまとめてみると「小説というジャンル」「文章という表現方法」は位置関係を示すのには向いていないのでは、ということになる。
 しかし例外もなくはないので、小説で自分が最初に思いついたのは乱歩である。

 たとえば有名な「屋根裏の散歩者」は、平成のいま読めば探偵の態度にも推理にも行動にも、かなりツッコミどころのある探偵小説ではある。

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 よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます。人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

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 しかし、「屋根裏」という《《真上》》から他人の生活を眺めるという「位置関係」の面白さについてはさほど古びていないように思われる。生活や風俗が一変したとしても、そう頻繁に真上から何かを眺めるという機会はないし、その必要もないからである。

 位置関係という点では「人間椅子」も画期的というか、天才的というか、子供というか、変態というか、とにかく奇妙な中でも群を抜いて奇妙である。「そういうことを誰も思いつかない」「仮に思いついたとしても誰も書かない」レベルの奇想は数々あるが、これほど原始的でシンプルな欲望を無邪気に書いちゃっていいのかなという思いでドキドキする。


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