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続 とうちこ奇談

はじめに

 「とうちこ奇談」について、ありがたいことにとうちこに関する投稿をいただいた。
 幼い子供が親の言いつけを聞かない場合に、叱る文言として「とうちこが来る」というフレーズを使っていた、という内容だった。
 今回は投稿者(以下、仮名を用いてユウキさんとする)にヒアリングさせていただいた内容をまとめた内容が主題であるが、その前に前提知識としてしつけとして使われた怪異について紹介したい。

しつけと怪異

 子供のしつけに、言いつけを聞かないと妖怪や幽霊の類がやって来るといった、害をなすものの襲来の回避を促すもの、もしくは打って変わって逆に、クリスマスのイベントにサンタがやってこないといった、益の獲得を促すものが古今東西そこここにある。
 日本ではローカルであるが有名なものとして「なまはげ」が挙げられるだろう。言わずと知れた、日頃から親の言いつけを守らない子供を対象に「悪いこはいねが〜」などと脅かしながらどこかへ連行する妖怪である。
 外国でも家庭のソトから親の言いつけを守らない子供に害をなすものが語られている。
 例えばメキシコには「エル・ココ」という、子守唄で「寝ないと連れてかれる」フレーズがあるような当該地域ではメジャーな妖怪がいる。他にも中国の「変婆ピエンボ」、ロシアの「バーバヤガー」、ドイツの「ブラックサンタ」などがいる。
 このようなソトからやって来るモノは世界各地でいろいろあり、当然日本でも様々偏在するのだが、それら個々は広く周知されない場合が多い。基本的にそれらは口頭伝承であるからだ。科学的知見が広く浸透している昨今にこのようなしつけ方法が衰退しているため、伝統としては廃れていくことが多く、子どもにやってくる怪異らはあらゆる媒体に残らず消えてしまっていくだろう。
 今回の「とうちこ」も例によって口頭伝承であるため、調査の意義は大きい。

調査報告

 投稿をくださったユウキさんのお宅でヒアリングをさせていただいた。
 ユウキさんはあらかじめ父親にもとうちこに関して聞いていたようで、彼もまた幼い時分に「とうちこが来る」とか「とうちこに連れてかれる」と叱られていたそうだ。さらに彼の同級生も同じフレーズを用いられて育ったそうで、ユウキさんの父親の出身地域ではメジャーなもののようだ。
 とうちことは具体的にどのようなものか、と聞くとユウキさん曰く、祖父母の代までは深く知られている存在のようだ。ユウキさん自身もとうちこについて興味があった時期があり、祖父が生前のときに「とうちことは何か」と聞いたみたいだが、祖父はバツが悪そうに「怖いもんだ。ああいうのはどこにでもおる」としか言わなかったそうだ。
 さらに、ユウキさん自身がおそらくとうちこと思しきものに遭遇したことがあるというので聞かせていただいた。とうちことは何かはユウキさん自身はわからないらしいが、実体験というのも興味深い話である。

“とうちこ”と遭遇した話

 ユウキさんが5歳の夏、祖父の新盆で父方の実家に行っていたときに遭遇した話だ。
 早朝から法要やらご近所への挨拶やらで忙しくまわったこともありユウキさんはお昼寝をしていたのだが、カンカンという音が遠くで鳴っていることに気づき目を覚ました。寝ぼけながら音の方向を探るとそれが玄関前で鳴ってることがわかった。
 廊下に出てみると、玄関の引き戸の向こうに誰かが立っているのが見えた。
 引き戸のガラスはレトロ調の表面がボコボコしたモザイクがかかったように向こう側が見える素材だったため、背は大人より低いくらいしかわからなかった。
 その影が手を前に出すように動き、またカンカンという弱い音が聞こえた。
 それがノックしているのだと気づくと、子供ながらに応対しないといけないと思い、
「はい」
と扉越しに答えた。
 影はノックをやめ、両手を引き戸のガラスにベタっとつけて
「ケンジさんはいますか?」
と、幼い女の子の声で話しかけてきた。ケンジとは仮名ではあるがユウキさんの父の名前である。
 ユウキさんは廊下を振り返り父を呼ぼうとしたが、家の中は物音一つなく、自分以外いないと思い、「今はいな」と途中まで声を発したところに食い気味で
「キヨシさんはいますか?」
と、今度は祖父の名で聞いてきた。
 冒頭で述べたように、ユウキさんはその祖父の亡くなって最初の盆という用事でここにいるのである。当然いるはずはない。
「キヨシさんいますか、キヨシさんいますかキヨシさんいますか」
 影はガラスに貼り付けた手でガタガタとガラスを揺らし何度も何度もずっと一定のトーンで尋ねてきた。
 ユウキさんは恐怖で動けずに玄関を見ていると、急にピタッと止まって
「ユウキさんはいますか?」
と今度は自分の名前を呼んできた。ついに自分の名前が呼ばれたという恐怖でユウキさんは「ひいっ」と声を出した。声が聞こえてしまったのか、影は抑揚なく「はははははは」と笑っているような声をあげて舌打ちのような音が聞こえた。
 それから何度もチッ、チッ、と繰り返し聞こえていると、だんだんとそれが間延びしていくようだった。最初は舌打ちのようだったが、チーっ、チー、チーー、チーーォ。チーーオ。と変容して
「ちこ」
 急に耳元で声が聞こえた。
「ちこ」
 引き戸の影はいつの間にか消えていた。
「ちこ」
 ユウキさんは真横に何かいる気配が強く感じた瞬間、
「帰れ!」
 と、仏間の方から男の怒鳴り声が聞こえた。
 
 それからどうなったのかわからないが、いつの間にか玄関で寝ていたようで、祖母と母親にゆすり起こされた。
 大量に発汗していたユウキさんを心配した母親がタオルを取りに出ていき、祖母と二人きりになると、
「開けんかったよね、玄関」
と、真顔で祖母に聞かれた。
 
 ユウキさんは仏間の怒鳴り声は祖父であったことと、新盆じゃなかったら助からなかったかもしれないですね、と笑いながらこの話を締めた。

蛇足

 ユウキさんのこの体験談の終了するタイミングでチャイムが鳴った。正直話の内容が内容だったからタイミングが良すぎた。
 ユウキさんがインターホン越しに応対した際、明らかに「お届けものです」という声と同時に舌打ちのような雑音が聞こえてきたが、このことは伝えていない。

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