大好き資料作り(とある大企業の禁忌目録#16)

大企業は、「客観的なこと」「確かなこと」「証明できること」にかなりの価値を置いている。そのために現代人が獲得したツールの中でも特に大企業で人気なのが、「文書」と「印鑑」だと思う。会社によっては、「印鑑」ではなく「ハンドサイン」のほうが詐称しにくいとの理由で重視されていることもある。

会社では日々、会社としての意思や方針を決めて、具体的な取り組みを進めていく。「会社として方針を決める」ことを、客観的に確かなこととして証明できるようにするのは、簡単なようで結構難しい。決裁文書とか稟議書はその代表的なものである。株主の大切なお金が「会社としての方針」に基づいて決定され、支払われていることを実現するためには、かなりの文書を必要とする。

文書というものは、作り出すとキリがない。まず、取り組みの意図を証明する。なぜそれが必要なのかを外部の素人にも説明しようとすると、背景から説明が必要。そして、具体的なスケジュール、費用を記載する。費用には具体的な根拠が必要で、外部から調達する場合は見積書。さらに、金額の妥当性を示すために、発注者以外の調達候補の見積書。そして、調達候補と価格交渉を行ったとされる議事録。もちろん双方の交渉責任者がサインするような資料をつくるのも平社員の役割。PowerPointやExcelのファイルを量産していくことになる。

それらの書類は、添付資料を合わせるとコピー用紙1センチくらいの厚みになったりする。やはり誤字脱字も認められないので、コピー機には誤字脱字が入ってしまった廃紙が積み重なる。一体どれほどの熱帯雨林が犠牲になっているのだろうかとリアルに心配になる。お金の透明性を維持しないといけないことは理解していても、そのために社員が消費している労働時間はかなりのものになるので、仕事に疑念が生まれる。実際、文書に時間をかけていても取り組みが進んでいるわけではなく、ベンチャー企業なら社長の「発注しろ」の一声で終わるような内容なのである。

さて、事件が起こる!「売買契約でしたが、調達先のキャッシュが尽きの倒産してしまい、モノを生産できない状態に」! 別の調達先を探す必要があり、プロジェクトのスケジュールが大きく狂ってしまった。
次回からは、こんなことがないようにしなければならない。文書管理部門がここぞとばかりに躍起になって、稟議書に添付書類を1枚増やす。「資産状況確認シート」で調達先の健全性をチェックすることにした。紙が何かしら増えるということは、その内容に責任を持つ人が必要だ。この場合、取引先の社長のサインをもらう必要がある。それを確認する自部門の管理職のサインも必要。さらに、「資産状況確認シート」を添付資料としてつけ忘れないように、「添付資料確認チェックリスト」まで作られる。こちらでチェックをして漏れがないという確認のため、これまた特定の管理職のサインも必要。
さて、サインだけに一体どれくらいの調整時間が必要だろうか? 考えたくもない。

こうなると稟議書を毎回白紙から作るのはとても面倒臭いので、過去に作成した稟議書で問題なかった文書をフォルダごとコピーして必要な部分を書き換えることにする。そうすると、稟議書ができた当時、「資産状況確認シート」がなかった! 日付が令和じゃなくて平成のまま残っている!「平成元年」の書類作成日時が残っちゃってキーーー! …またも日付間違いの文書がシュレッダーにかけられる。
稟議書を確認する管理職としては、「契約目的に会社の論理矛盾がないか」「誤字脱字がないか」「意思決定として見積・起案の時系列に矛盾がないか」を確認してサインをして、次の管理職に回す。その人数、平均7人程度(!)。これって管理職が本来やりたかったことなのか相当疑問だが、やっぱり文書に責任をとれる人は必要らしい。

大企業が大きくなって影響力があればあるほど、透明性を求められるし、脇の甘いところは見せられない。透明であることを証拠に残しながら進めていくのは結構難しく、それ自体に膨大な時間が消費される。リスクサイドに立たされると脆いのが大企業。そんなこんなありつつも取り組みの実現に向けて、日々、WordやExcelに翻弄される大企業の社員たちなのである。

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