見出し画像

猫とのにらみ合いに勝った

散歩をした。体を動かすことがとても苦手なので散歩はめったにしないのだが、散歩をした。

僕の住む田舎町は、車通りの多い道に囲まれてはいるが、人に会うことはめったにない。人に会わないというのはこのご時世でなくとも僕にはうれしい事である。

いつも行くコンビニを通り、今日はもう一軒コンビニを通ろうと思い、森を切り分けてできたような道を進む。するとそこにコンビニはもうなく、白い布のようなものに覆われたコンビニの死骸があった。つぶれていたことをすっかり忘れていた。たいしてそのコンビニに用もなかったのでかまわず先へ進む。

この町はやけに坂が多い。散歩には不向きな町である。しかも雨も降りそうだ。本来ならここで引き返すところだが、その日の僕は足を進めた。なんだかどこへでも行けそうな感覚がした。

知らない道を見ると、曲がりたくなる。その道は僕の前に現れた。足が痛いからショートカットできる道を探していた。普段外に出ない人間がどこへでも行けるわけはないのだ。とにかく先があるか分からない道を進むことにした。
古い家の立ち並ぶ閑静な住宅街のようだった。人が住んでいる気配はあるが、人がいる気配はない。
猫がいた。猫は大好きなので見つめてみる。猫も見つめ返してくる。目をそらさず、写真を撮ろうとスマホを取り出すと猫は逃げ出してしまった。猫に逃げられた悲しさとちょっとの恥ずかしさを抱えながら、猫とのにらみ合いに勝ったと心で呟いた。

何にも気にしていない素振りで先に進むと、不思議な看板があった。
「人居者募集」看板の前に立ち止まり、少し考えた。入居者の誤字だと気づいたのは二十秒くらい経った後だった。看板の近くにある建物がトタンで増改築されておりそこがアパートだと気づくのに時間がかかったからだ。
その看板には「〇✕開発」とも書いてあり、はじめ僕は何らかの発明事務所でその所員を募集しているのかと思った。「〇」の字の上には同じ漢字が二つ並んでいた。書き損じらしい。僕には三つの文字の違いが分からなかった。

道が二手に分かれていた。なんとなく先に進めそうなので右を選んだ。その先は左に曲がる道しかなかったのでその通りに歩いた。さらにその先は左に進む道しかなかった。家から出てきた老人に怪訝そうな顔をされた。嫌な予感がした。その予感が的中していることはすぐにわかった。道なりに進んだ先は、先程僕が選ばなかった道だった。完全に僕は住宅街を偵察に来たヤンキーになっていた。足の痛みがさっきより増した気がする。

ショートカットできるかもと思った道を戻る。さっきの猫がいた。僕はにらみ合いに勝つつもりで猫を見つめた。猫はなかなか目をそらさないが、立ち止まる気はなかったので、足を一歩猫側に出してみた。猫は逃げた。ズルをしてしまったが誰も見ていないので、僕は猫とのにらみ合いに勝った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?