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ザ・プロムの感想文

Netflixオリジナル作品のザ・プロムを観た。好意的な感想は最初の段落だけなので、この映画が好きな人は一段落目を読み終えたらイイねだけ押してブラウザバックしてくださーい。

落ちぶれたブロードウェイ役者がプロムパーティの参加条件(男女ペアでの参加)に異を唱えたレズビアンの女子高生のために奮闘する話。ミュージカルだと思ってなかったのでメリル・ストリープが突然歌いだした時は笑ってしまった。絶対に歌わないと思っている状況でメリル・ストリープが歌い出すと面白さが倍増する。


とにかく話の展開が私の感性と合わない。
話が進むほどに観ているこっちの居心地が悪くなっていく。何から何までカミングアウトありきで話がすすんでいて、それを勇気があるだのヒーローだのおためごかしで誤魔化している。人生を賭けた博打にタダノリしている大人たちのグロさをユーモアたっぷりに描いているつもりなんだろうけど、普通に嫌な気持ちがどんどん大きくなっていった。

落ち目の役者が親ですら味方にならなかったレズビアンの少女にタダノリしているという状況に対して何の否定もないまま、最終的に行き着くのは我らは等しく罪深く完璧ではない存在だから、罪を批判するのではなくキリスト教の教えのもっと根本的な部分、隣人を愛そう・教えに立ち返ろうといったものだった。これ、性的マイノリティが罪であることを否定していないのでは?

結局のところ性的マイノリティを愛すべき隣人としてラッピングして別の綺麗な箱に入れただけでまず”隣人”と”我ら”で分けること自体傲慢だと思う。
舞台となるアメリカはマイノリティが自ら立場を明確にすることで平等を勝ち取ってきた歴史がある。そしてどの国よりも自由を重んじているという自負を持って平等を機能させてきた。だけどそれが姿形に現れない目に見えないモノ(病・性的指向・思想)となると、線をまたいだ側にいることをまず表明しなければいけない。まず隣人であることを表明しなければ話し合いのテーブルに座ることすらできない。世間で一定の認知を得て、それが必須の教養だとされても、支持を受けるためにはまず表明しなければいけないのだ。

つまり美しい歌と共に同性愛者を隣人のように愛そうと言いながら、同性愛者であることを隠し続ける人に対するフォローが一切ないのだ。リングに上がらない限りは居ないのと同じという状況に当事者ですら疑問を持っていない。それどころかレズビアンのメインキャラクターですらパートナーにカミングアウトを強要する。そこに強い違和感を覚えた。

私はカミングアウトを先延ばしにするパートナーにたいして勇気を出せと叱咤する姿を見てこれが本当にあるべき姿なのか分からなくなってしまった。親に捨てられたレズビアンの少女が自分しか参加しない偽のプロムパーティに現れる姿よりも、彼女のパートナーに対して「一緒にいることが大事だからカミングアウトしてほしい」と伝える姿のほうが余程残酷に見えた。友に避けられ、親に見捨てられるかもしれないという恐怖をパートナーに味わわせることを肯定していいのか。私が生き延びたんだから大丈夫、私達には愛があるから大丈夫で見過ごして良いのだろうか。

そして劇中を通して3度描かれる勇気を出しても上手く行かなかった現実の乗り越え方はそれぞれ「強い気持ちを持って毅然と振る舞う」「より大きな権威を持った大人の登場と資金の提供」「相手が後悔するまで時間が経つのを待つ」で解決された。カミングアウトが上手く行かなかった人たちの手元にあるのは忍耐力・これから訪れるかもしれない幸運・時間の3つだ。いつの日か相手が変わるかもしれないという希望を胸に耐えるしかないのだ。

つまりこの映画はマイノリティによる(リスクの割合が多い)自発的なカミングアウトなしに寛容な社会は実現しないし、カミングアウトで被った不利益な状態に対する有効な手段はマジョリティにとって何ら労力を必要としないものだと言うもので話を終えた。10年前はそれでよかったんだろうけど、今やもう順序を入れ替える時期に来てもいいのではないだろうか。本来ならカミングアウトをしてもしなくても変わらない、不安なく過ごせる環境を目指すべきなのに、いつまでもスタートを切る行為をマイノリティに負わせていて、それを素晴らしいものだと推奨している。

確かにカミングアウトなしに存在の認知は広がらない。自らリスクを負って声を上げる勇気は見上げたものだと思う。だからこそカミングアウトから生じうるリスクを恐れる人も同じように守らなければいけない。沈黙を続ける行為を勇気のないものだとしてはならない。この映画の危うさはここにある。

まとめ
歌は良い。話はキツい。

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