日本語を頑張って学んでくれている全ての外人さんへ「ありがとう」そして「もっと戸惑って」

 海外の2ちゃんねるみたいな掲示板のチャットを日本語訳して紹介してくれているサイトがある。ふと思い出した時にちらっと読んでフフっとなるのだが、たまたまその気分だったので久方振りに覗いてみた。
「日本語を勉強して挫折した奴はここで理由を語れ」みたいなタイトルのやつを開いた。
「大変だっただろうな……ごめんねこんなめんどくさい言語の国で……」という気持ちはありつつ、そりゃそうだわ何で私これすぐに理解できるんだろ、としこたま笑った。

 という訳で。
 私もいち日本人としてこの言語どうかしてるなと共感しつつ、日本語の習得に躓きかけて唸っている外人の方がいたら頭を抱えさせたい気分になってしまった。
 ので、試しに二つほど文章を考えてみた。

【正しい振り仮名を答えなさい】


『一昨日から二日が経った一月一日元日、祝日の日曜日のこと。日下部さんから誘われたので、春日部市に住む春日さんの家へ四月一日くんと一緒に遊びに行くことになった。
 無くなりそうなガソリンを慌てて給油しつつ無事に到着すると、春日さんは恋人の日向くんと一緒に玄関先の庭で僕達を迎えてくれた。七輪の炭火を団扇で煽る手を止めた春日さんから迎春と書かれた年賀状を手渡され、無礼講だと笑いながら朝から呷るビールのまあ旨いこと。
 春日さん曰く、昨日は雨の日だったそうだ。元旦の今日は無事に晴れてよかった、今年は向日葵と百日紅を庭に植えるつもりだなどなど会話を弾ませつつ、大きな石臼を一緒に運び出した。』
 ……これを記憶を頼りに書いている今は大晦日。今年こそ日記を書こうと決意していたはずなのに今更思い出すなんて。明日はきっと笑われる、やっぱり無理だったねなんて言われながら。




 桐生くんという生徒から生い立ちを聞いた。今日は彼の誕生日だが生憎の雨だ。今朝は、生まなきゃよかったと怒鳴られ生卵を投げつけられたという。昼からという大胆さで遅刻したのは、美容室の開店時間を待っていたからか。
「羽生結弦選手みたいなイケメンになったなあ」
 何だよそれ、と桐生くんは笑う。彼の笑顔を初めて見たかも知れない。伸ばしっぱなしでロン毛になりつつあった髪を頭ごなしに切れと言わず寄り添う教師が俺だけだったからだろう。
 生涯に渡る傷が心に残る前に楽しい思い出を作ってやりたくて、目に付いた将棋盤を広げた。
「ばぁちゃんに昔教わった。羽生さんみたいな天才棋士にもなれないのに無駄な遊びはやめろって怒鳴られてからできなくなったけど。懐かしいなあ、将棋の楽しさなんてすっかり忘れてた。生糸をいちから作らなきゃいけない弥生時代にでも生まれていれば貧乏も何もないからまだ楽だったのかなって思ったこともあるけど、やっぱり将棋楽しいなあ」
「おばあさんは元気か?」
「うん。卒業したら俺、ばぁちゃんの家で暮らしたい。ばぁちゃんは生田斗真が好きだから、就職して、お金貯めて車の免許とって、映画や舞台にいっぱい連れて行ってあげるんだ」
 生きたい理由を彼が見出せて本当によかったと、気付けば俺も一緒に泣いていた。二人して鼻をかんでいると、いつの間にか次の約束の時間になっていたらしく扉が開く。
「壬生先生こんばんはー! ……あれ? すみません、私早すぎました?」
「あっすいません、俺が長居したんで。じゃあこれで」
「待って待って、同じ二年の桐生くんだよね? トマトは好き? よかったらどうぞ、壬生先生にも。ただのお裾分けの用事なの、園芸部で育ててるやつなんだけどすっごい豊作で。めっちゃ美味しいよ!」
 元気よく入ってくるなりカゴいっぱいのミニトマトを桐生くんと俺に差し出してきた女子生徒の生方さんは、戸惑う桐生くんの様子をものともせずポケットから取り出したビニール袋へミニトマトを両手で掬いゴロゴロと詰めていく。
 屋上に生垣で広いスペースを確保した園芸部が育てている野菜は学校祭でも人気の商品だ。輪作で毎年鈴生りに実るミニトマトで飽き足らず生絹作りたさに去年から始めた養蚕も相俟って、今や一部からコアな人気を誇る部になりつつある。所属生徒数は少ないながらも生業にしたいと農業高校への入学希望者さえ出すほどだ。
 生方さんの無垢な笑顔を無下にもできず、桐生くんは俺に続き恐る恐るビニール袋を受け取った。生方さんがきらりと目を光らせ桐生くんの腕を掴むと、桐生くんはきゅうりを置かれた猫もかくやに肩を跳ねさせる。
「トマトの他にも色々できたんだけど、実際に見てみたくない? 収穫体験してみたくない? こんな雨でしょ、今日のうちに穫らないと雨で大味になっちゃうから」
「え、いや、その……いいです」
「『良いです』?? 助かったあ、他の部員みんな用事で私しかいなかったの! これでナスと苺が救えるわ! じゃあ壬生先生、失礼しました!」
「え、あ、待っ、えっと! 壬生先生っありがとう!」
「雨が酷くなる前に終わらせるんだぞ」
 嵐のような勢いで生方さんと桐生くんが生徒指導室を去っていった。対人関係の構築に悩んでいる根の優しい桐生くんには、あれくらい快活で強引な相手が合っているのかもしれない。
 袋から一粒摘んだミニトマトは甘みが濃くて本当に美味しい。中庭の芝生に落ちては土に染み込む雨もいつかは上がって、晴れた青空が広がるものだ。




……書き終わって思った。
こんなめんどくさい言語、わざわざ習ってくれるだけでありがたい。ペラペラになってくれなくても同じ漢字の読み仮名の種類の多さに挫けそうになったとしても、この言語を学びたいと思ってくれたその気持ちだけで嬉しい。

 日本語が上手くなりたいと日々頑張っている外人さんたちへ、伝えたいことは。
 私ら日本人側で頑張って意図を汲み取るから、恐れずに話しかけて! 困ったらGoogle翻訳先生が助けてくれる!
 でも時々は日本語の難しさに唸る姿で我々をほっこりさせてくれ! めんどくさい言語でごめんな!

センキュー!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?