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テレビの世界の話④言葉の魔術師~アナウンサー

「映像」を「番組」に昇華させる
「出来事」が映像信号として捉えられ、それがそのまま「映像」になり「番組」になるわけではありません。そこに介在するのは「コトバ」です。表現が文学的であるとか、状況描写が的確かどうか、といった次元の話ではなく、「映像」を「番組」に昇華させるのが「言葉の魔術師」アナウンサーなのでしょう。

伝説のアナウンサー 杉本清
「杉本清」誰もが記憶に残る名競馬実況を生み出した元関西テレビアナウンサー、その魅力を紐解いた異色の研究があります。瓜生吉則著「テレビを<聴く>経験-杉本清と実況の修辞学」からの一説です。

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「テレビのみならずビデオで、レコードで、そして書籍で繰り返し再生産-再消費されている。(中略)映像の迫真性をウリにしているはずのテレビから流れ出たコオトバが、音声だけ、活字だけで消費されていくことを可能にする」

と杉本実況の魅力を分析しています。

「だからといって、杉本は単なる『画面の解説者』ではない。(中略)出来事が起こっている現場の状況も実況する。ナマの現場とテレビの前の視聴者とを媒介する地点に、杉本の<声>は位置している」。(※)

「悠久の長江・三峡 4日間完全移動生中継」この記述とおなじような体験、アナウンサーの<声>は現場と視聴者との媒介だと実感した現場に私は遭遇しました。
 およそ25年前、私が番組の中継ディレクターとして携わったNHKの番組「悠久の長江・三峡 4日間完全移動生中継」です。
 当時、NHKBSでは衛星放送ならではの取り組み、新しい番組制作に挑戦していた時代です。1996年11月に放送されたこの番組は、中国四千年の歴史に大きな役割を果たしてきた長江(揚子江)650キロを四川省重慶市から始まり、途中建設中の三峡ダム工事現場を通り、湖北省の宜昌市までを船で下りながら4日間、延べ24時間50分かけて生中継しました。

 この番組は技術的にも極めて挑戦的でありCSハンターという通信衛星自動追尾装置を川下りの観光船「三国号」に搭載し、日本に電波を送り生中継するというもの。映し出される長江の雄大で悠久な映像を、生中継で、かつハイビジョンでも放送した事は、衛星放送のコンテンツとしては大きな挑戦であり、大きな成果を得たものです。
 この時の総合司会が三宅民夫アナウンサー。「NHKスペシャル電子立国日本の自叙伝」では番組ディレクター相田洋氏との絶妙な掛け合いが話題を呼び、NHKニュースおはよう日本、「紅白歌合戦」の司会など、幅広く活躍したアナウンサーです。

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三峡ダム(HAGEOさんによる写真ACからの写真) 

長江船下り生中継で何を語ったか?
三宅アナは、重慶の港を出てから4日目三峡ダムの工事現場を経て、終着の宜昌に至るまで沿岸の街から、そして三国号の上から<声>を送り続けました。目に映ることを素直に描写し、街の人々の話をうまく聞きだし、極めて平易な言葉で視聴者に、その時の中国の姿を伝えてきたのです。
 そんな三宅アナが数分にわたって「語りを止めた」時間がありました。中継も3日目、三国号は奉節県白帝城を過ぎ瞿塘峡(くとうきょう)に入っていました。カメラは三峡の絶景をありのままに切り取っています。そして番組の進行では、あの有名な漢詩が朗読されているところです。

朝に辞す白帝彩雲の間
千里の江陵一日にして還る
両岸の猿声啼いて住(や)まざるに
軽舟已に過ぐ万重の山
(「早発白帝城」李白)

 表現を極限まで切り詰めた七言絶句の朗読すらも邪魔になるほどの絶景。そんな中、三宅アナは、こう切りしたのです。

「すばらしい情景です。言葉は要りません。何もいわず、じっくりと風景を一緒に楽しみましょう。」

 先の杉本節にあるように、三宅アナも「出来事が起こっている現場の状況も実況」したのでした。自分が置かれている環境、目に映るもの、音、におい、空気感・・・そして自分が旅人であることも。それを伝えるために<言葉>を発しなかったのです。まさに、ナマの現場とテレビの前の視聴者とを媒介した瞬間でありました。

 このようにアナウンサーが現場と視聴者との媒介だと考えると、アナウンサーはリアルに感じた事象や環境の中で、その熱量を客観的ではあるが視聴者に伝えることが出来ると思います。昨今、言葉を操るだけのアナウンサーに価値はあるのか?という議論もよく聞きますが、「専門家のコトバ」だけしか価値がないとは言い切れないのでは・・・今の世の中、普遍的な局アナは不要、という結論は成り立たないかも知れないのです。なぜならば、彼らは「言葉の魔術師」だからです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

  
※伊藤守・藤田真文篇「テレビジョン・ポリフォニー 番組・視聴者分析の試み」(1999/
世界思想社)


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