【短歌表現】異種百人一首選考異聞
[テキスト]
「百人一首の秘密 驚異の歌織物」林直道(著)
[参考図書]
「地球儀のスライス A SLICE OF TERRESTRIAL GLOBE」(講談社文庫)森博嗣(著)
「定説というのか、これが真実だ、といった唯一確実な回答は存在しません。
ただ・・・
僕は、西之園先生の仮説を伺って、非常に納得しました。
つまり、それで安心し、自分で考えることを放棄することができたのです。」(森博嗣著「石塔の屋根飾り」より)
藤原定家は、自分なりのルールに従って歌を選んだようです。
しかし、藤原定家は、選定基準を明かしておらず、いろいろな人が研究をしています。
と言うことで、以下の百人一首の選考基準は、藤原定家と同じく、非公開とさせて頂きます。(って程の選考基準ではないんだけどね)(^^)
さて、自分の感性を信じて、近代・現代短歌を中心に選考して行く中で、選定からは外したけど、この短歌も良い歌だったよなあ~って感じた短歌達を、一挙に紹介しておきますね。
お時間有れば、
見て・・・
読んで・・・
感じて・・・
考えて・・・
先の見通せない闇の中に進むすべを・・・
想いの力で、超えみて下さい(^^♪
【異種百人一首選考外短歌】
「マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」
(寺山修司『空には本』より)
「文に代へ碧瑠璃(へきるり)連らね贈り来し人によ夏の氷(ひ)の言葉遣る」
(紀野恵『架空荘園』より)
「人は去りゆくともめぐる夏ごとに怒りを込めて咲くダリアなれ」
(松野志保『モイラの裔』より)
「内に飼い慣らす怪物 哄笑とともに若葉を吹くこの街で」
「夜のプール塩素の臭いに囊(つつ)まれてまず魂が腐りはじめる」
「いつか色褪せることなど信じないガーゼに染みてゆくふたりの血」
(松野志保『Too Young to Die』より)
「黄金のひかりのなかにクリムトの口吻ふ男ぬばたまの髪」
(山中智恵子『夢之記』より)
「さくらばな陽に泡だつを目守まもりゐるこの冥き遊星に人と生まれて」
(山中智恵子『みずかありなむ』より)
「絶望に生きしアントン・チェホフの晩年をおもふ胡桃割りつつ」
「兵たりしものさまよへる風の市(いち)白きマフラーをまきゐたり哀し」
(大野誠夫『薔薇祭』より)
「美しき脚折るときに哲学は流れいでたり 劫初馬より」
(水原紫苑『びあんか』より)
「美しきナイフ買ひたしページ切り天球のごときまなこ切るべし」
(水原紫苑『快楽』より)
「薄氷(うすらひ)の上を生きつつみひらけばきみ立ちて舞ふ月のおもてに」
「終はりなき狂言ありや終はりなきいのちのごとく水のごとくに」
(水原紫苑『武悪のひとへ』より)
「君の目に見られいるとき私はこまかき水の粒子に還る」
(安藤美保『水の粒子』より)
「くりかえし繰り返す朝わたくしの死後も誰かが電車に駆け込む」
(松村由利子『鳥女』より)
「時に応じて断ち落とされるパンの耳沖縄という耳の焦げ色」
(松村由利子『耳ふたひら』より)
「平日のマチネー混めば東京はまだ大丈夫(なのか)日本も」
(松村由利子『光のアラベスク』より)
「神学の果てぐらぐらと煮えたぎる鍋ありはつか血の匂いする」
(加藤英彦『スサノオの泣き虫』より)
「うすきグラスに泛びて凜(さむ)したまゆらの夏をさやさやゆれる茗荷は」
(加藤英彦『プレシピス』より)
「波がしらにとまらむとして晩夏の蛾黄金の鱗粉をこぼせり」
(松平修文『水村』より)
「夜空の果ての果ての天体(ほし)から来しといふ少女の陰(ほと)は草の香ぞする」
(松平修文『トゥオネラ』より)
「「幽霊とは、夏の夜に散る病葉(わくらば)のことです」とその街路樹の病葉が言ふ」
(松平修文『蓬(ノヤ)』より)
「日本史のかたまりとして桜花湧きつつ消える時間の重み」
(松木秀『5メートルほどの果てしなさ』より)
「ハルシオン 今亡き君はわれを待つ その百錠の果ての花園」
(大津仁昭『霊人』より)
「陽の下に島国の文字わわらかし遅れて届く春の絵葉書」
(今井恵子『分散和音』より)
「切株の裂け目に蟻の入りゆきて言葉以前の闇ふかきかな」
(今井恵子『やわらかに曇る冬の日』より)
「ルサンチマンのかわりに夜空へ放ちやるぼくらのように美しい蛾を」
(森本平『モラル』より)
「胸おもくまろくかかえて鳥たちははつなつ空の果実となりぬ」
(佐藤弓生『眼鏡屋はゆうぐれのため』より)
「暮れながらたたまれやまぬ都あり〈とびだすしかけえほん〉の中に」
(佐藤弓生『薄い街』より)
「十月の孟宗竹よそうですか空はそんなに冷えていますか」
(佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』より)
「花びらはしずかにながれすぎにけり水のおもてのわれを砕いて」
(野樹かずみ『路程記』より)
「卓上の静物画ナチュールモルト 断つまでは果実のなかに流れゐる時間」
(林和清『匿名の森』より)
「まばたきの終え方を忘れてしまった 鳥に静かに満ちてゆく潮」
「しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう」
(笹井宏之『ひとさらい』より)
「デンジマスク作り終えたる青年のハンダゴテ永遠(とわ)に余熱を持てり」
(笹公人『抒情の奇妙な冒険』より)
「校廊のどこかで冷える10円玉むらさき色に暮れる学園」
(笹公人『念力家族』より)
「戦争で死にたる犬や猫の数も知りたし夏のちぎれ雲の下」
(笹公人『終楽章』より)
「何時までが放課後だろう 春の夜の水田(みずた)に揺れるジャスコの灯り」
(笹公人『念力ろまん』より)
「生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり」
(森岡貞香『白蛾』より)
「逢ふといふはこの世の時間 水の上を二つの星の光(かげ)うごくなり」
(森岡貞香『帯紅』より)
「おほ空に色かよひつつ桐さけり消ぬべく咲けり消ぬべく美しも」
(柏原千惠子『彼方』より)
「うちがはにこもるいのちの水の色の青条揚羽みづにひららく」
「野獣派のマチスの「ダンス」手を繋ぐときあらはれる人間の檻」
(尾崎まゆみ『明媚な闇』より)
「万緑に隧道(トンネル)ふかく穿たれてあばら骨愛しぬきたる闇」
(尾崎まゆみ『時の孔雀』より)
「わが居間の鏡にむかひひとり踊る狂へるにあらず狂はざるため」
(一ノ関忠人『帰路』より)
「ひとつ水脈ひきて渡れる鳥の陰ちさくうかべてあしたの川は」
(黒田瞳『水のゆくへ』より)
「君の着るはずのコートにホチキスを打てば室内/ひどくゆうぐれ」
(嵯峨直樹『神の翼』より)
「安っぽき照明の下打ち解けてスープきらめくうどん啜れり」
(嵯峨直樹『半地下』より)
「なつのからだあきのからだへと移りつつ雨やみしのちのアスファルト踏む」
(小島なお『サリンジャーは死んでしまった』より)
「白色のスーザフォーンを先立てて行進すれば風の不意打ち」
(杉崎恒夫『食卓の音楽』より)
「夏の夜のわれらうつくし目の下に隈をたたへてほほ笑みあへば」
(石川美南『裏島』より)
「銀紙で折ればいよいよ寂しくて何犬だらう目を持たぬ犬」
(石川美南『体内飛行』より)
「人間のふり難儀なり帰りきて睫毛一本一本はづす」
(石川美南『離れ島』より)
「友だちを口説きあぐねてゐる昼の卓上に傾(なだ)るるひなあられ」
「放つとくと記憶は徐々に膨らみて四コマ漫画に五コマ目がある」
(石川美南『架空線』より)
「蓮の花ひかりほどかむ朝まだき亡き父母近し老い初めし身に」
(大塚寅彦『ハビタブルゾーン』より)
「蜜といふ黄昏いろのしづもれる壜購(か)ひてふと秋冷ふかむ」
(大塚寅彦『夢何有郷』より)
「モニターにきみは映れり 微笑(ほほゑみ)をみえない走査線に割(さ)かれて」
(大塚寅彦『空とぶ女友達』より)
「夏まひるメトロ冷えをりトンネルに長鳴鳥はこゑ呼びあひて」
「〈弧(ゆみ)をひくヘラクレス〉はも耐えてをり縫ひ目をもたぬひかりのおもさ」
(都築直子『淡緑湖』より)
「白みゆく空と消えゆく夏の声 記憶にありきこの傾きは」
(田中槐『サンボリ酢ム』より)
「沈黙はマイノリティーの物語 サ変動詞がし、する、すれ、せよ」
「横にいてこうして座っているだけで輪唱をするあまた素粒子」
「気づかないふりしてただけ回転を終えた景色は遅れて止まる」
(田中槐『退屈な器』より)
「リリシズムの行方思(も)いつつ烏賊墨に汚れし口を拭う数秒」
(生沼義朗『関係について』より)
「劣情が音立つるほど冷えている。きさらぎ、デスクワークのさなか」
「ぼそぼそとももいろの塊(かい)食べながらハムも豚だと思い出したり」
(生沼義朗『水は襤褸に』より)
「老いのさきに死のあることのまぎれなさ藍重くして梅雨の花垂る」
(佐藤通雅『強霜』より)
「雨が降り出す前の暗さに蛍光灯は二、三度力を込めて点きたり」
(菊池孝彦『まなざさる』より)
「滑るやうに車線変更してしまふコンサバティブな春の夕暮れ」
(喜多昭夫『早熟みかん』より)
「頭(づ)のうへを蜻蛉つーい、つーい飛ぶ明日といふ日はあさつてのきのふ」
「ムンクの絵〈叫び〉を〈あくび〉と改名す女子高生はただものでない」
(喜多昭夫『青霊』より)
「まひるまの有平棒は回りけり静かにみちてゆける血液」
(加藤治郎『しんきろう』より)
「思い出を持たないうさぎにかけてやるトマトジュースをしぶきを立てて」
「パーマでもかけないとやってらんないよみたいのもありますよ 1円」
(永井祐『日本の中でたのしく暮らす』より)
「横浜はエレベーターでのぼっていくあいだも秋でたばこ吸いたい」
(永井祐『広い世界と2や8や7』より)
「フローリングに寝転べばいつもごりごりと私は骨を焦がして生きる」
(野口あや子『夏にふれる』より)
「押し黙ればひとはしずかだ洗面器ふるき卵の色で乾けり」
(野口あや子『眠れる海』より)
「くしゃっ、って笑うあなたがまぶしくてアップルパイのケースさみどり」
(野口あや子『くびすじの欠片』より)
「雑踏の中でゆっくりしゃがみこみほどけた蝶を生き返らせる」
(木下龍也『つむじ風、ここにあります』より)
「また水に戻るときまで他者としてグラスのなかでふれあう氷」
(木下龍也『オールアラウンドユー』より)
「ゆふかげの糸こがねいろひともとの花をめぐりて我を遠くす」
(目黒哲朗『VSOP』より)
「君よたとへば千年先の約束のやうに積乱雲が美しい」
(目黒哲朗『CANNABIS』より)
「曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる道」
(木下利玄『みかんの木』より)
「一本の避雷針が立ちじりじりと夕焼の街は意志もちはじむ」
「白昼の星のひかりにのみ開く扉(ドア)、天使住居街に夏こもるかな」
「戸口戸口あぢさゐ満てりふさふさと貧の序列を陽に消さむため」
(浜田到『架橋』より)
「この愛に根づけと絡め取られさうで跳ねる 金の鈴跳ねる 空へと」
(松本典子『ひといろに染まれ』より)
「セーターを脱げばいっせいに私たちたましいひとつ浮かべたお皿」
(山崎聡子『手のひらの花火』より)
「背泳ぎで水の終わりに触れるとき音のない死後といわれる時よ」
(山崎聡子『青い舌』より)
「ホネガイの影ひらきゆく夕べまで傾けつくす夜の水差し」
(山下泉『海の額と夜の頬』より)
「刈られたる草の全きたふれふし辺りの空気あをみ帯びたり」
(高木佳子『青雨記』より)
「生けるもの皆みずからを負ひながら歩まむとするこの砂のうへ」
(高木佳子『玄牝』より)
「隊列のほどける時にきわやかに鳥のかたちを取り戻したり」
(後藤由紀恵『ねむい春』より)
「遠いドアひらけば真夏沈みゆく思ひのためにする黙秘あり」
(澤村斉美「黙秘の庭」より)
「かはきゆくみづのかたちを見てゐれば敷石の上ひかりうしなふ」
(澤村斉美『夏鴉』より)
「冬鳥の過ぎりし窓のひとところ皿一枚ほど暮れのこりたり」
(澤村斉美『ガレー galley』より)
「シメコロシノキに覆はれて死んでゆく木の僅かなる樹皮に触れたり」
(本多稜『惑』より)
「天穹にふかく浸かりて聴きゐるは宙(そら)を支ふる山々の黙(もだ)」
(本多稜『蒼の重力』より)
「無差別は格闘技ではなく殺傷の島国に藤の花房垂るる」
「念校は人生のためあるのだろう想い出広がる冬の草はら」
(中川佐和子『春の野に鏡を置けば』より)
「ヒルティを枕に置きて話し出(い)ず人のひと生(よ)のよろこびの淵」
(中川佐和子『卓上の時間』より)
「手を振られ手を振りかえす中庭の光になりきれない光たち」
(千葉聡『今日の放課後、短歌部へ!』より)
「はゞたける空あるやうにひらきをる貝殻骨の ゆふかたまけて」
(川崎あんな『あんなろいど』より)
「風のなき夜の十字架のもとにしてわがみどりごは生まれたりけり」
(大松達知『ゆりかごのうた』より)
「小余綾(こゆるぎ)の急ぎ足にてにはたづみ軽くまたぎぬビルの片蔭」
(阪森郁代『ボーラといふ北風』より)
「右クリック、左ワトソン並び立つ影ぞ巻きつる二重螺旋に」
(資延英樹『リチェルカーレ』 より)
「サブマリン山田久志のあふぎみる球のゆくへも大阪の空」
(吉岡生夫『勇怯篇 草食獣・そのIII』より)
「海苔フィルム外して巻いてゆくときのさみしきさみしき音を聞かしむ」
(吉岡生夫『草食獣 第七篇』より)
「ああ檸檬やさしくナイフあてるたび飛沫けり酸ゆき線香花火」
(山田航「夏の曲馬団」より)
「りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型」
(山田航『さよならバグ・チルドレン』より)
「ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない」
(山田航『水に沈む羊』より)
「光年を超える単位を我ら持たず秋のナナカマド濡れていて」
(田中濯『氷』 より)
「リモコンにつまづくインコ秋深みわれより親しく死を内包す」
(尾崎朗子『タイガーリリー』 より)
「ドナーから移植患者(レシピエント)へうつり棲む臓器を直(ぢか)に触れるゆびさき」
(菊池裕『ユリイカ』より)
「ゆっくりとやって来るものおそらくはその名を発語せぬままに待つ」
(吉野裕之「胡桃のこと II」『吉野裕之集』より)
「南からやって来た船大きくて横切ってゆく ゆっくり私」
(吉野裕之『砂丘の魚』より)
「昼すぎの村雨の後ふいに射すひかりよそこにうつしみ立たす」
(江戸雪『昼の夢の終わり』より)
「この世には釦の数だけ穴がありなのにあしたの指がこわばる」
「死ぬものと死なないものに分けていく思考に鳥が座礁している」
(江戸雪『空白』より)
「陸(くが)しづみ国土ちひさくなる夏のをはりても咲きみだるる朝顔」
(森井マスミ『まるで世界の終りみたいな』より)
「たましひのほの暗きこと思はせて金魚を容れし袋に影あり」
「クロアゲハ横切る木の下闇の道 許せなくてもよいのだ、きつと」
(西橋美保『うはの空』より)
「このストールを巻くたびに遭うかなしみの砂漠へ放つ、一羽の鷹を」
(千種創一『砂丘律』より)
「樹皮削られ水かけられて除染といふ苦しみののちのりんご〈国光〉」
(大口玲子『桜の木にのぼる人』より)
「夕映えに逆らふごとく耐へゐるか君の眼に棲む水鶏(くひな)を放て」
(大口玲子『海量』より)
「ああすべてなかったことのようであり凌霄花は塀をあふれる」
「つよい国でなくてもいいと思うのだ 冬のひかりが八つ手を照らす」
(中津昌子『むかれなかった林檎のために』より)
「湿り気を空が含んでくる時に言葉は少し曲げやすくなる」
(中津昌子『記憶の椅子』より)
「噴水は空に圧されて崩れゆく帰れる家も風もない午後」
(鳥居『キリンの子』より)
「竈(くど)の火に呑まれし反故のひとつかみ白もくれんは路傍に散れり」
(島田幸典『駅程』 より)
「口内炎舐めつつエレヴェーター待てり次の会議に身を移すべく」
(島田幸典「竹の葉」「八雁」2018年5月号より)
「感情の水脈(みお)たしかめて読点を加えるだけの推敲なせり」
(島田幸典『no news』より)
「一本のワインはテーブルに立ちながら垂直にして燃える歳月」
(加藤孝男『曼茶羅華の雨』より)
「アヌビスはわがたましいを狩りに来よトマトを囓る夜のふかさに」
(吉川宏志『青蝉』より)
「砂肝にかすかな砂を溜めながら鳥渡りゆくゆうぐれの空」
(吉川宏志『鳥の見しもの』より)
「小夜しぐれやむまでを待つ楽器屋に楽器を鎧ふ闇ならびをり」
(光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』より)
「世界よりいつも遅れてあるわれを死は花束を抱へて待てり」
(西田政史『スウィート・ホーム』より)
「火のつかぬ松明のよう人は立ち亡き父と入りし立ち飲みは夜明け」
(大野道夫『秋意』より)
「靴ずれを見むと路上にかがむとき雨の路上の音量あがる」
(睦月都『Dance with the invisibles』より)
「生きている者らに汗は流れつつ静かな石の前に集うも」
(松村正直『午前3時を過ぎて』より)
「この先は小さな舟に乗りかえてわたしひとりでゆく秋の川」
(松村正直『風のおとうと』より)
「傘の柄のかたちの街灯つらねては雨の気配に満ちる国道」
(伊波真人『ナイトフライト』より)
「春泥を飛び越えるときのスカートの軽さであなたを飛び越える朝」
(岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』より)
「冬の陽ざしにおもたさ生まれ寺町通(てらまち)の度量衡店に天秤ありつ」
(河野美砂子『無言歌』より)
「プルトップ引きたるのちにさはりみる点字の金色(きん)の粒冷えてをり」
(河野美砂子『ゼクエンツ』より)
「電話ボックス工場のまへに立ちてをり歩哨のごとく廃兵のごとく」
(山田富士郎『商品とゆめ』より)
「アルヘイ棒縞のぐるぐるをやみなく天へ汲み上げらるるたましひ」
(十谷あとり『風禽』より)
「弓張のひかりのなかを黒髪はたゆたひながら結はれゆきたり」
「スジャータのミルクしたたる午(ひる)を生き僕らはやがて樹下のねむりへ」
(小佐野彈『メタリック』より)
「マーブルの光まばゆき煉獄にたつたひとりのをみな、わが母」
(小佐野彈『銀河一族』より)
「天涯花ひとつ胸へと流れ来るあなたが言葉につまる真昼を」
(大森静佳『カミーユ』より)
「ふとぶとと水を束ねて曳き落とす秋の滝、その青い握力」
(大森静佳『ヘクタール』より)
「白木蓮(はくれん)に紙飛行機のたましいがゆっくり帰ってくる夕まぐれ」
(服部真里子『遠くの敵や硝子を』より)
「サリン吸い堕胎を決めたるひとのことそのはらごのことうたえ風花」
(鈴木英子『油月』より)
「東京の水渡りゆくゆりかもめこの日も一生(ひとよ)と墨いろに啼く」
(鈴木英子『月光葬』 より)
「二分咲きの梅に降りくるにわか雪梅花は真白でなきを知りたり」
(なみの亜子『「ロフ」と言うとき』より)
「天使断頭台の如しも夜に浮かぶひとコマだけのガードレールは」
(穂村弘『水中翼船炎上中』より)
「呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる」
(穂村弘『シンジケート』より)
「わが顔を剃る人の胸かぐわしく死にたき日には来る理髪店」
(八木博信『ザビエル忌』より)
「満月にすこしかけたる白月が朝顔蔓の輪に入りつ」
(高橋みずほ『白い田』より)
「神々は隠れませども歌うがごとく祈りは残る 花は菜の花」
(佐久間章孔『州崎パラダイス・他』より)
「震えながらも春のダンスを繰り返し繰り返し君と煮豆を食べる」
「ひかりまばらな壁の震えを知るためにコンクリートの窪みに触る」
(堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』より)
「置時計よりも静かに父がいる春のみぞれのふるゆうまぐれ」
(藤島秀憲『すずめ』より)
「三月のわが死者は母左折する車がわれの過ぎるのを待つ」
(藤島秀憲『ミステリー』より)
「朝食の卓に日は射し詩人の血わが静脈にこそ流るるを」
(藤原龍一郎『ジャダ』より)
「夜は千の目をもち千の目に監視されて生き継ぐ昨日から今日」
(藤原龍一郎『202X』より)
「ゆめみられる象(かたち)になり/時をゆく/夢みる者が/彫(きざ)んだ柱」
(小林久美子『アンヌのいた部屋』より)
「切れ長の目をしてゐるね半島の朝、瞼の縁でゆれるバラソル」
(笹原玉子『偶然、この官能的な』より)
「聴いている。茗荷ふたつに切り分けた静けさに耳ふたつひろげて」
(遠藤由季『鳥語の文法』より)
「心いま針のようなりひとすじの糸通さねば慰められぬ」
(遠藤由季「うさぎ座の耳」(「短歌研究」2018年3月号より))
「大鳥よその美しき帆翔を見上げずに人は汚泥を運ぶ」
(齋藤芳生『湖水の南』より)
「その枝のあおくやさしきしたたりよひとは水系に傘差して生く」
(齋藤芳生『花の渦』より)
「お互いの生まれた海をたたえつつ温めてあたたかい夕食」
(𠮷田恭大『光と私語』より)
「諦めたものから燃えて空色の地図を汚してゐるバツ印」
(濱松哲朗『翅ある人の音楽』より)
「桜花コンクリートに溶けてゆくひとひらにひとひらのまぼろし」
(鈴木晴香『心がめあて』より)
「野の花を挿せばグラスの底よりも深く沈んでしまう一輪」
(鈴木美紀子『金魚を逃がす』より)
「夕焼けの浸水のなか立ち尽くすピアノにほそき三本の脚」
(鈴木加成太「革靴とスニーカー」より)
「銀盆にひまはりの首級盛りて来る少女あれ夏空の画廊に」
「この町に雪は降りだす少年の描きさしの魔方陣に呼ばれて」
(鈴木加成太『うすがみの銀河』より)
「傘のまるみにクジラの歌は反響す海へとつづく受け骨の先」
「三月の君の手を引き歩きたし右手にガーベラ握らせながら」
(立花開『ひかりを渡る舟』より)
「交番の手配写真に過激派の若き微笑はながくそのまま」
(野上卓『チェーホフの台詞』より)
「なにもなき日々をつなぎて生きてをり皿の上には皿を重ねて」
(門脇篤史『微風域』より)
「軽やかに蝶白くいく灼熱の土にその影ひきずるように」
(木下のりみ『真鍮色のロミオ』より)
「鉢の上にブーゲンビリアの苞落ちぬ思慕燃え残るごときむらさき」
(本川克幸『羅針盤』より)
「われの血の通いてちいさな臓器となるその一瞬の蚊を打ち殺(や)りぬ」
(北辻一展『無限遠点』より)
「はるかなる処より矢が放たれて地に突き刺さりをり曼珠沙華」
(片岡絢『カノープス燃ゆ』より)
「きみにしずむきれいな臓器を思うとき街をつややかな鞄ゆきかう」
「三〇歳を抜けたる先の麦の穂のなんて壮大なボーナストラック」
「父を憎む少年ひとりをみつめゐる理科室の隅の貂の義眼は」
(楠誓英『薄明穹』より)
「三角定規で平行の線を引くときの力加減で本音を話す」
(竹中優子『輪をつくる』より)
「くれないのくずれし薔薇(そうび)すてるとき花瓶の水ににげるひとひら」
(池田裕美子『時間グラス』より)
「どの線路が薔薇へ向かうか知っている今日も火口に雨の降る朝」
(大橋弘『既視感製造機械』より)
「火をつけるときのかすかなためらひを共犯のやうに知るチャッカマン」
(千葉優作『あるはなく』より)
「くちびるに触れるあたりをつと触れて盃ふたつ買う陶器市」
(toron*『イマジナシオン』より)
「かなしいね人体模型とおそろいの場所に臓器をかかえて秋は」
(安田茜『結晶質』より)
「由比の海に対える如月朔日に身は乾きゆく午後をしずかに」
(永田淳『竜骨(キール)もて』より)
「天心に半月清かに駆けており君を想わんための一時」
(永田淳『1/125秒』より)
「バス停に本読む老人(ひと)よ桜散るこの世の何を知らむとや急く」
(王紅花『窓を打つ蝶』より)
「死にたいとそっと吐き出すため息の軽さで少し進む笹舟」
(岡本真帆『水上バス浅草行き』より)
「しっぽだけぶれてるphotoのそうやってあなたに犬がそばにいた夏」
(岡野大嗣『音楽』より)
「ショッピングモールはきっと箱船、とささやきあって屋上へ出る」
「日の照れば返すひかりのはかなさのさくらばなとは光の喉首(のみど)」
(笠木拓『はるかカーテンコールまで』より)
「秋深し桔梗の色の海を渡る移動サーカスの象の姉妹に」
(蝦名泰洋『ニューヨークの唇』より)
「雑沓を怖るる象よゆらゆらと影のみ顕(た)てる夏のサーカス」
(橘夏生『セルロイドの夜』より)
「「お母さん」と亡きがらにこそ呼べ時計屋の針いつせいにかがやく五月」
(橘夏生『大阪ジュリエット』より)
「子は腕に時計を画いていつまでもいつまでもそは三時を指せり」
(久保茂樹『ゆきがかり』より)
「見るだろう驟雨のあとのさよならをしずかにひかる夏のいのちを」
(窪田政男『Sad Song』より)
「鋤跡のわずかに残る冬の田をパンタグラフの影わたりゆく」
(鯨井可菜子『アップライト』より)
「うつつならうつつのものとして触れる花あわあわとけぶる栴檀」
(古川順子『四月の窓』より)
「燃えている色の紅葉を踏むときの燃え尽きた音 駅まで歩く」
(工藤玲音『水中で口笛』より)
「もの割るる音してのちに上がるべき悲鳴を聞かず春のゆふぐれ」
(高野岬『海に鳴る骨』より)
「冬には冬の時間があってひとときの余白を病める土鳩のように」
(笹川諒『水の聖歌隊』より)
「檀弓(まゆみ)咲くさつきのそらゆふりいづる母のこゑわれにふるへてゐたり」
(山下翔『温泉』より)
「生は揺らぎ死はゆるぎなし夕暮れて紫深きりんだうの花」
(小笠原和幸『黄昏ビール』より)
「ヒト以外ノモノノ生(シヤウ)ニハ使命有リ晩鴉(バンア)ノ夫(ソレ)ハ感傷ノ駆除」
(小笠原和幸『穀潰シ』より)
「車窓よりつかのま見えてさむざむと乗馬クラブの砂にふるあめ」
(小池光『サーベルと燕』より)
「トライアングルぎんいろの海をみたしつつ少年が打つ二拍子ほそし」
「いまだ掬はぬプリンのやうにやはらかくかたまりてゐるよ夏の休暇日」
(上村典子『草上のカヌー』より)
「あの夏の拾い損ねたおはじきがためてるはずの葉擦れのひかり」
(正岡豊『白い箱』より)
「きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある」
(正岡豊『四月の魚』より)
「廃線を知らぬ線路のうすあおい傷をのこして去りゆく季節」
「死ぬまでが暇だな 歌をうたひたい花の名前をもつと知りたい」
「東京ゆき夜行バスにていま君がともす小さな灯りを思ふ」
(逢坂みずき『虹を見つける達人』より)
「昼すぎの木立のなかで着ぶくれの君と僕とはなんども出会う」
(宇都宮敦『ピクニック』より)
「ともかくも家の明かりを全部消す今日のつじつま合はなくてよし」
(永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』より)
「鹿たちも若草の上(へ)にねむるゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅」
(永井陽子『てまり唄』より)
「会うことも会わざることも偶然の飛沫のひとつ蜘蛛の巣ひかる」
「肝臓の細胞とどく秋の日のほのかな廊下に受け取りサインす」
「時間にも色や気泡のあるならむ容器に溜めて振ってみるなら」
(永田紅『春の顕微鏡』より)
「春雨のしずかに濡らす屋根がありその屋根の下ふたつ舌あり」
「まぶたにも縞を持ちたる縞馬に桜の花の降りやまずけり」
「もの思うごとくしずかに沈みゆき花びらひとつふたつ吐きたり」
(奥田亡羊『亡羊』より)
「一日のなかば柘榴の黄葉のあかるさの辺に水飲み場みゆ」
「夏草をからだの下に敷きながらねむり足(た)りたれば服濡れてをり」
(横山未来子『花の線画』より)
「夕風のいでたる庭を丈たかき百合揺れてをり花の重みに」
(横山未来子『とく来たりませ』より)
「燃えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火」
(井上法子『永遠でないほうの火』より)
「それは世界の端でもあつてきみの手を青葉を握るやうに握つた」
「人の内部はただの暗がりでもなくてあなたの底の万緑をゆく」
「常に世界にひかりを望むといふやうな姿勢ゆるめて緑蔭をゆく」
(荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』より)
「わが生にいかなる註をはさめども註を超えつつさやく青葉は」
(荻原裕幸『デジタル・ビスケット―荻原裕幸歌集』より)
「壁のそばに葉が揺れてゐる葉のうらに風が光つてゐる五月であるも」
(加藤克巳『螺旋階段』より)
「歪形(わいけい)歯車の かんまんなきざみの意志たちの冷静なかみあいの、──この地球のこのおもいおもい午後」
(加藤克巳『球体』より)
「君を択び続けし歳月、水の中に水の芯見えて秋の水走る」
(河野裕子『紅』より)
「時の流れにさからうための筋力よ鉄棒の鉄の匂いをつけて」
(花山周子「現代短歌」2022 No.88より)
「小説を書くとは蛇になることぞ 川端康成の眼をおもふ」
「夕皃(ゆふがほ)の花しらじらと咲めぐる賤(しづ)が伏屋に馬洗ひをり」
(橘曙覧『橘曙覧全歌集』より)
「飲食(おんじき)の最後にぬぐう白き布汚されてなお白鮮(あたら)しき」
(錦見映理子『ガーデニア・ガーデン』より)
「いまを吹く風 恐竜のほんとうの鳴き声を誰もずっと知らない」
(近江瞬『飛び散れ、水たち』より)
「夢のなかで誰とはぐれしわれならむはぐれたること少しうれしく」
(栗木京子『ランプの精』より)
「ゴンドラが緑の谷の上をゆく うれしさと不安の起源はおなじ」
(五島諭『緑の祠』より)
「木の柵に進入禁止と記さるる言葉の後ろに回つてみたり」
(香川ヒサ『The Blue』より)
「何故ああであつたか 神の沈黙は押し入つてくる扉閉めても」
(香川ヒサ「それぞれの夏」(角川「短歌」2018年10月号)より)
「けし、あやめ、かうほね、あふひ、ゆり、はちす、こがねひぐるま夏の七草」
(高野公彦『河骨川』より)
「わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたし」
(今橋愛「短歌WAVE」創刊号より)
「あぢさゐも樹だと気づけて良かつたよ並木道へと変はるこの路地」
「あまりにも帰りたすぎるどこへ、いつへ、帰りたいのか分からないけど」
「おまへは何になる気なんだと父が言ふ何かにならねばならぬのか、われは」
「ケイコウペンのケイは蛍であることを捕まへて見せてくれし大き手」
「ストーブの効いた部屋から雪を見る 出会ふまへ他人だつたのか僕らは」
「だれにでもやさしくしなくていいんだよ過去への手紙は届けられない」
「ななななと故郷の時は流れけり おどでな きんな ゆべな さつきな」
「なめらかなプリンを先割れスプーンで掬ふやうなる一日なりけり」
「ハッピーに長生きしたい人生というバイキングで元を取りたい」
「胸元にDESTINYと書かれたる服着て夜の車窓に映る」
「寝過ごせば動物園に着くといふ電車を今日も途中で降りる」
「東京の夜景の中で泣いてゐたあれはがんばれる人の光だ」
「ヒーローはみんなを助ける人なりと京王線にをさなご元気」
(今野寿美『さくらのゆゑ』より)
「一片の雲ちぎれたる風景にまじわることも無きわれの傷」
「はかなさを美へとすりかえるいっしゅんの虚偽を射よ 杳(くら)き眼光もて」
「優しさを撃て 隊列のくずされてゆく一瞬の真蒼な視野」
「ああされど 火中(ほなか)に立ちて問うこともせず問われるままに過ぎゆきつ」
「日常の視界のかなた何ゆらぎつつあらん ひと群の樅そよげるを」
「ああソーニャ、霜おく髪の孤独より失意よりわれを発たしむなかれ」
(三枝浩樹『朝の歌』より)
「神よいかなる諸力のもとにつかのまの光芒としてあゆむわれらぞ」
「ゆく人も来る人もなしひもすがらこまかなる葉をこぼすからまつ」
「あやめざるこころのなかへひきかえす夏のゆうべの火のほとりより」
「南天の実のかたわらを過ぐるとき杳(とお)き悲傷の火のにおいくる」
「告げなむとして翳る舌 灯のなかにわれらしずかな死をかさねあう」
「雨の午後しずかに昏れてうつうつとむらさきの葡萄ジャムを煮つむる」
(三枝浩樹『銀の驟雨』より)
「ルリカケス、ルリカケスつてつぶやいた すこし気持ちがあかるくなつた」
(秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』より)
「大輪の花火はじける五億年後にぼくたちの化石をさがせ」
(秋月祐一『迷子のカピバラ』より)
「ゆふぞらを身ひとつで行く鳥たちは陽の黄金(わうごん)につつまれて飛ぶ」
(小島ゆかり『馬上』より)
「針葉樹は燃えやすい樹といつ誰に教はつたのか、空よ、夕焼け」
(杉森多佳子『つばさ』第17号より)
「ギャラリーへ続く階段くだるときしんと寡黙になる貌を見き」
「スカートの裾ゆつたりと捌きつつ春のねむたき坂くだりゆく」
「午前から午後へとわたす幻の橋ありて日に一度踏み越す」
(菅原百合絵『たましひの薄衣』より)
「春は花の磔(はりつけ)にして木蓮は天へましろき杯を捧げつ」
「さからはぬもののみ佳しと聞きゐたり季節は樹々を塗り籠めに来し」
「晴らす(harass) この世のあをぞらは汝が領にてわたしは払ひのけらるる雲」
(川野芽生『Lilith』より)
「責めるとか許すとかいふのもちがふ 馬肥ゆる秋 だから忘れず」
(染野太朗「反転術式」『外出』八号より)
「そのままのきみを愛するなんてのは品のないこと 秋 大正区」
(染野太朗『うた新聞』より)
「ブロイラーをレグホンの卵でとじたもの同僚一○人一斉に食む」
(大井学『サンクチュアリ』より)
「つるつるに頭を剃っておりますが僧の中身は誰も知らない」
(大下一真『即今』より)
「母生きてヴァージンオリーヴオイル持ち我へ手渡すそのたまゆらよ」
(大滝和子『竹とヴィーナス』より)
「猫たちが思い思いに伸びをする世界は今日も平和ちゃうかな」
(谷じゃこ『ヒット・エンド・パレード』より)
「A god has a “life file”, which is about the collapse of my cool core. (罪色の合わせ鏡のその奥の君と名付けた僕を抱き取る)」
(中島裕介『Starving Stargazer』より)
「みな白き家電並びぬ わたくしは汚れるために生活をする」
(辻聡之『あしたの孵化』より)
「みぎの手をそらにかざしてうたふこゑ君はやつぱり晴れをとこゆゑ」
(田口綾子『かざぐるま』より)
「藤棚のやうに世界は暮れてゆき過去よりも今がわれには遠い」
(田村元『北二十二条西七丁目』より)
「不義にして富むニッポンの俺である阿阿志夜胡志夜(ああしやこしや)こは嘲笑ふぞ」
(島田修三『晴朗悲歌集』より)
「歩道橋を降りてまっすぐ歩いてる日陰まであと三歩の遠さ」
「途中からツツジの色が白くなるセブンイレブン前の歩道は」
「くるぶしの近くに白い花が咲く靴紐を結い直す時間に」
(嶋稟太郎『羽と風鈴』より)
「揺り椅子にゆれているのは〈時〉を漕ぎ疲れて眠るリリアン・ギッシュ」
(藤沢蛍『時間(クロノス)の矢に始まりはあるか』より)
「通過電車の窓のはやさに人格のながれ溶けあうながき窓みゆ」
(内山晶太『窓、その他』より)
「存分に愉しみしゆゑ割れるのを待たずに捨てる緑のグラス」
(内藤明『薄明の窓』より)
「〈みんなのもの〉のむごさの中にすりきれた公園のパンダ夕べに沈む」
(梅内美華子『真珠層』より)
「ウオッカといふ牝馬快走その夜のわたしの肌のやすらかな冷え」
(梅内美華子『エクウス』より)
「ティーバッグのもめんの糸を引き上げてこそばゆくなるゆうぐれの耳」
(梅内美華子『若月祭』より)
「はくれんにレンギョウそして桃の花おまえの空に色をそよがす」
「日めくりを猛スピードでめくりゆく風のただなか突っ張っている」
(樋口智子『幾つかは星』より)
「言葉から言葉つむがずテーブルにアボカドの種芽吹くのを待つ」
(俵万智『アボカドの種』より)
「お軽、小春、お初、お半と呼んでみる ちひさいちひさい顔の白梅」
(米川千嘉子『滝と流星』より)
「蔑(なみ)されて美(は)しき東洋黒馬の踏みたつごときSUSHI・BARの椅子」
(米川千嘉子『一夏』より)
「傘といふすこし隙ある不思議形にんげんはあと何年つかふ」
(米川千嘉子『あやはべる』より)
「靴先で流れ裂きつつ遡上せむ梅雨の坂道水脈引きながら」
「いつせいに風上を向く傘の先雨が歌だと知つてゐるのだ」
(木ノ下葉子『陸離たる空』より)
「すべてを選択します別名で保存します膝で立ってKの頭を抱えました」
(飯田有子『林檎貫通式』より)
「人の声渦巻く中に眼つぶれば笑うというより咲いている君」
(入谷いずみ『海の人形』より)
「草むらをひとり去るとき人型に凹(くぼ)める草の起ち返る音」
(宮柊二『日本挽歌』より)
「ヒヤシンスの根の伸びゆくをみつめいる直線だけで書ける「正直」」
(鶴田伊津『百年の眠り』より)
「らくがきの「かじ山のバカ×一〇〇〇〇〇〇〇〇〇」のかじ山を思ひ出せず」
(真中朋久『重力』より)
「二千年 前、に生(うま)れた嬰児(みどりご)の(さう!)血の色のリボン、を、結ぶ」
(石井辰彦『蛇の舌』より)
「燐寸使ふことの少なくなりしより闇照らすなし濃密の闇を」
(伊藤一彦『新月の蜜』より)
「冀(こひねが)ふ鳥のこゑ降る林なりひもじさこそ詩ひもじさこそ歌「
(伊藤一彦『土と人と星』より)
「「はえぬき」の炊きたてを食む単純な喜びはいつも私を救う」
(三枝昻之『上弦下弦』より)
「忘恩というえにしあり花咲けばゆるむこころのあわれなりけり」
(三枝昻之『遅速あり』より)
「ゆふがほの解(ほぐ)れるときのうつつなるいたみはひとの指をともなふ」
(平井弘『振りまはした花のやうに』より)
「知る人ぞ知る体温として残れかし辞書への赤字を日々に重ねて」
(大島史洋『封印』より)
「ヘヴンリー・ブルー 花であり世界でありわたくしであり まざりあう青」
(早坂類『ヘヴンリー・ブルー』より)
「寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる」
(雪舟えま『たんぽるぽる』より)
「「青ですね」「青ですね。でもわたしたち歩行者ではありま「赤ですね」」
(斉藤斎藤『渡辺のわたし』より)
「坂を登ると見ゆる水面や登りきて打ちつけに光の嵩にまむかふ」
(春日井建『朝の水』より)
「ふり仰ぐ一生(ひとよ)半ばの夏空をよろこびとせむ 私(わたくし)祭」
(高島裕『嬬問ひ』より)
「ガラス一枚へだてて逢えばひとはたれもゆきずりの人となりてなつかし」
(光栄堯夫『ゴドーそれから』より)
「右へでも左へでもなだれ打つときの「群」といふもののその怖さつたら」
(岡井隆『ネフスキイ』より)
「背中から十字に裂ける蝉の殻 生きゆくは苦しむと同義」
(伊津野重美『紙ピアノ』より)
「繁りたる木したを潜りゆく膚に椎の花の香触れつつながれ」
(阿木津英『黄鳥』より)
「死者に逢ふ、ことだつてある……… 写真帖(アルバム)を繰るやうに街角を曲れば」
(石井辰彦『詩を弃て去つて』より)
「三年ガラス拭かぬわれが日に五たび床を拭き床に映る鳥影」
(酒井佑子『矩形の空』より)
「『夜と霧』つめたきこころのままに読みときどきおほき黄の付箋貼る」
(藪内亮輔「海蛇と珊瑚」より)
「山に来て二十日経ぬれどあたたかく我をば抱く一樹だになし」
(岡本かの子『かろきねたみ』より)
「きつとある後半生のいつの日かサヨナラゲームのやうなひと日が」
(影山一男『桜雲』より)
「秋光のいまなにごとか蜘蛛の巣に勃(お)こるまでわが視野の澄むべし」
(小中英之『わがからんどりえ』より)
「一束の野の青草を朝露と共に負ひゆく農婦に遇へり」
(築地正子『花綵列島』より)
「覚めてまたわが目とならむ双眼をしづかに濡らし今朝秋の水」
(照屋眞理子『抽象の薔薇』より)
「予言者の闇には時の星座あれ蒼き髪より蝶を発たしむ」
(江田浩司『メランコリック・エンブリオ』(北冬舎)より)
「蔽はれしピアノのかたち運ばれてゆけり銀杏のみどり擦りつつ」
(小野茂樹『羊雲離散』より)
「人間を休みてこもりゐる一日見て見ぬふりの庭の山茶花」
(志垣澄幸『東籬』より)
■353首(2024年7月11日時点)
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