見出し画像

12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part5

第百三十二話 ノーコンのエアコン
 現在、午前中の部活を終えて帰宅しているその道中である。やはり夏の間は部活は午前に限る!なぜかって?午前中であれば、まだ日は上りきっていない。そして太陽の南中と地表の温度が最高になるタイミングにはズレがあるので、午前中に練習すれば、帰りもギリギリ暑さのピークを避けられるからだ。その点昨日は地獄だったが。行きは暑い道中(大城おおしろ先輩と話していたおかげで多少は気も紛れたが)、そして部活中は卓球のボールが風の影響をモロに受けるほど軽いので窓も開けれないため、室内はサウナ状態。真夏の午後、クーラーのない場所での卓球は半ば拷問とも言えるだろう。

「とーるー!いつものとこ行こ!こうも暑いとまた冷やし中華食べたくて!」
不意に由香里ゆかりが話しかけてきた。
「今日そんなに暑いか?昨日ほどじゃなくね?」
「いやいや、とーる多分感覚麻痺ってるよ?たしかに昨日は午後練で余計に暑かったけど、今日だって一応35℃はあるよ?」
俺はどうやら暑さがわかりにくくなってしまったようだ。もしかしたら熱中症まで秒読みなのかもしれない。ただ35℃もあると聞くと…
「俺も冷やし中華食べたくなってきたな…じゃあ、行くか!」
いつもは基本的にラーメンを頼む俺も冷やし中華の口になってきてしまった。
「うん!行こ行こ!!」
今日の昼飯は冷やし中華に決まった。これは帰る時間、結局暑さのピークの時間になりそうだ。

 店に着き、食事を済ませた。由香里が以前食べていた冷やし中華だったが、食べてみると由香里がハマっただけあってとても美味かった。麺はラーメンに使うものとは別に作られた卵麺で、柑橘系の酸味も効いたさっぱりしたつゆとよくマッチしていた。さらに乗っていたトマトやキュウリも旬であることに加えて、とても新鮮でみずみずしかった。やはり夏だからこそ、様々な要素が噛み合って至極の逸品になっているのがよくわかった。
「毎度ありー!二人ともまた来てなー!」
大将に見送られて、俺たちは駅へと歩き出す。案の定、店に入る前よりだいぶ暑くなっているが、冷やし中華で体が冷えたおかげか、思っていたよりはマシだった。

「ね?冷やし中華も美味しかったでしょ?」
「ああ、夏の日にあれくらいさっぱりしたものってめちゃくちゃ食べやすかったし、これはお前がハマるのもよくわかったよ。」
「それが聞けてよかったよ!」
話しながら歩いていると、冷えた体もやがて温まってきて、結局また汗を書いてしまった。
「いやー、ほんとに暑いねー!」
「だな、さっさと水浴びたいくらいだよ…」
「水浴びかー…あたしはなんならプールとか行きたいよー。」
たしかにプールも今や夏の風物詩の一つだよな。俺は長らく行ってないし、学校でも水泳の授業はなかったからご無沙汰だが。

 「じゃあとーる、また明日ね!」
「ああ、じゃあな。」
電車に乗って数駅移動して、由香里の家の最寄り駅に着いたので俺たちは今日のところは解散となった。なんか、プール行きたいな。自分でも今気づいたが、意外と俺は由香里の発言に影響を受けやすいところがあるのかもしれない。冷やし中華食べたくなったのも、久々にプールに行きたくなったのも。まあ、我々は伊達に地区のミックスの王者なわけじゃないし、無意識の意思伝達ができている、と捉えることもできるか。もう自分でもよくわからないな。暑さで脳でもやられいるのかもしれない。俺は帰宅後はゆったり過ごそうと決めた。

 帰宅後、とりあえずシャワーを浴び、洗濯機を回した。そしてあとはクーラーを効かせた部屋で、洗濯が終わるのを待ちながら悠々自適に過ごそうと思い、リビングのソファに腰掛け、エアコンのリモコンを手に掴み、冷房ボタンを押した…のだが、いくら押しても反応がない。これはまさか…壊れた?!こんな夏の日に?!最悪だ…ちょっと流石に業者呼ぶか…ということで、携帯で業者の番号を押して電話をかけた。
「あっ、すみません、ちょっとうちのエアコンが故障したようでして…はい。はい…」

 話すこと数分…
「あー…そうですか、では日曜日にお願いします。はい、失礼します。」
最悪だ…今日も明日も明後日も来れないらしい。明日と明後日の気温がそれほど高くなければ嬉しい。それを確かめるべくテレビをつけ、天気予報を見たが…
『明日はよく晴れ、特に関東地方では今シーズン一番の暑さとなるでしょう。この暑さは3日程続く見込みです!以上、お天気でしたー!』
あっ、オワッタ…どうやら明日と明後日は40℃近くまで上昇するらしい。これはちょっとクーラーなしじゃ耐えられそうにない。だが俺は、こういう時のちょうどいい避難先を知っている。俺は即座に家を出て歩き始め、徒歩10秒。目的地に辿り着いた。

 インターホンのボタンを押すと、玄関のドアから、
「わお!いらっしゃい!お兄がこっちに来るなんて珍しいね!とりあえず上がってよ!」
元気よく歩実あゆみが飛び出してきた。従兄妹という関係にある俺たちはお互いの家に普通に出入りするわけだが、正直俺は今日のような緊急時以外はいつも迎える…というか勝手に入ってこられるのを受け入れる側なので歩実が言った通り、俺が小森こもり家にお邪魔するのは珍しい。歩実に促されるまま足を踏み入れ、歩実に続いてリビングへと入った。すると、
とおるが来るなんて珍しいね!というか久しぶりだね。」
叔母さんが出迎えてくれた。

「叔母さん、久しぶり。最近はどうなの?」
「この間は北海道まで行ってきたの!結構たくさんの人が来てくれてね!」
叔母さんは俺の父の妹。俺の父は今単身赴任中だが、旅が好きなようで、しばしば単身赴任先とは別の土地の名産品がうちに送られてきたりする。仕事はいいのだろうか、と毎回思うのだが。そして叔母さんも流石はそんな父の妹で、父と同じで旅人気質。イラストレーターの仕事をして、全国を飛び回っている。
「ちょうど近いうちに徹をうちに呼んで北海道の名産パーティーでもしようと思ってたけど、せっかく来てくれたし、今晩は食べていきなさい。美味しい海鮮たくさん買ってるから!」

それは嬉しいが、
「いいの?っていうか海鮮?」
流石に俺ががめついように感じてしまう。それに海鮮を買ってきているのはやや不思議だ。
「北海道は酪農のイメージ強いかもだけど海産物も美味しいからねー。」
「それにお兄、海鮮割と好きでしょ?だから事前にお願いしといたんだ!」
叔母さんが北海道に行く前からもう決めてたのか…用意周到と言っても足りないかもしれない。
「まあ、そこまでしてくれてるんなら、今日のところはいただきます。」
「よろしい!」
今晩は従妹と叔母と食卓を囲むことになった。

 「そういえば聴き忘れてたけど、今日はどうしてこっちに来たの?だいたい歩実がお邪魔してるけど今日は逆なのね。」
「ああ、それがうちのエアコンが故障してて…で、こんな酷暑の中エアコンなしで過ごすのは…って思って。」
「なるほどね、そういうことなら今日泊まっていきなさいな。歩実もいいよね?」
「当ったり前じゃん!大歓迎!!」
「あんたほんとにブラコンよね…」
「えへへ、まあね!」
なんか勝手に話が進んだが、まあ助かる。
「それじゃあお言葉に甘えて…」
ひとまず今晩は小森家で過ごすこととなった。

「ちなみに修理はどうするの?」
「あー、それならさっき電話したけど、来れるのは日曜だって…」
「お兄、それ死活問題だよね…明日と明後日今シーズン一番の暑さって予報出てたよ!」
「それならもういっそ少なくともエアコンの修理が入るまではうちにいたら?」
「わたしも大賛成!!お兄とお泊まり会!」
「子どもじゃないんだから…まあ、叔母さんと歩実がいいならお願いします。」
やっぱりこういう時に頼れる親戚が近くにいるのは非常に心強いものだ。

「て言うか、そもそも徹基本一人で大変じゃない?なんなら兄さんがいる時以外はずっとうちにいたっていいのに…」
叔母さんが言う。しかし、
「気持ちはありがたいけど、そこに甘え過ぎると自分じゃ何もしなくなりそうだし、自律って意味で今の一人暮らし体制は続けていきたくて。」
頼れる人間が近くにいるのはいいが、そこに甘え過ぎては自分が他力本願の人間になってしまう。
「…そう。わかった、でも、困った時は今日みたいにいつでも頼りなさいね!」
「ありがとう。」
頼るのは有事の際にのみ。頼れるものは頼れ、なんて言うが、頼り続けるだけでは、ただ甘えるのと同じ。甘えることと頼ることは別。そう改めて確かめた俺であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?