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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part12

第百三十九話 親友の試合とスポーツ論
 水曜、木曜も火曜日と同様に最後の追い込みとして練習に明け暮れた。流石に101点マッチとかいう馬鹿げた真似はもうしていないが。そして今日は、大会前日ということで部活はオフ。十分に休息をとって県大会に備える日である…が、俺は今回に至っては、また違ったオフの過ごし方をする。そう、親友である河本こうもとと約束したように河本のテニスの観戦、応援に行くのである。もちろん応援というのも一つの目的ではあるが、個人的には刺激をもらって明日に繋げるという目的がある。というのも、卓球の地区大会のとき、信岡しのおかが観戦に来ていたが、来た理由を『自分も大会が近いからライバルの闘いを観て刺激をもらいたかった』と言っていた。俺もそれに倣って、というわけではないが、それも目的に観戦することを決めたのだ。

 午前9時。会場である隣の市の市民体育館に隣接したテニスコートに到着した。ご丁寧なことに観客席までしっかり完備されている。すると、
「あ!きしも来てたんだな!」
俺と河本と仲の良い友人グループの一人、上原うえはらが声をかけてきた。そういえば、夏休みに入ってから会うのは初めてか。そして、
「なんで地区大会には来なかったのさー!」
やはり付随して佐々木ささきもいた。
「いやお前、河本と岸の地区大会同日って知らなかったのかよ…てか!そうだ!学校のブログ見たぞ!おめでとう!岸!」
「ん?岸優勝でもしたの?」
「お前ほんとに空気読むの苦手だよな…」
事情を知った上原と知らない佐々木。まあ、祝福は嬉しいものだ。
「ありがとな。まあ、何はともあれ、今日は河本の応援に徹しようぜ。」
「だな!」

しばらく三人で会話を交わしている。その間のテニスコートを見ると、河本や他の部員がアップをしていた。今は東帆とうはんの持ち時間らしい。するとそんな折、
「あら?岸、あんたも来てたのね。」
ここ四ヶ月程でよく聞き慣れた我がライバルの声がしたので、後ろを振り向くと案の定、
「信岡こそ、来てたんだな。」
やはり俺のライバルである。
「ええ。あんたの大会観に行った時にも言ったでしょ?刺激もらいたくて。あたし、明日大会だから。」
「え?お前も?」
「お前もってことはあんたも?あ、そういえば県大会残ってたものね。」
「そういうこと。河本の応援はもちろんだけど、俺も明日に向けて刺激もらおうと思ってな。」
やはり同じ目的で来ていたか。
「でも、よく今日が河本の県大会って知ってたな。」
「まあ、神様本人から聞いてたからね。」
信岡は依然、河本のことを神様呼ばわりだ。それにしてもすごいパワーワードだな。神託か?

「…おい、岸?お前今日はボコされないのか?」
上原がとんでもないことを訊いてきた。そういえば、俺と信岡が天敵から好敵手になったって話はしてなかったな。
「まあ、もはやライバルみたいなもんだからな。とりわけ勉強においてだけど。」
「別に今は岸に腹立つ要素ないしそんな理不尽に痛めつける程あたしは悪魔じゃないわ。」
先月の今頃までならそんなセリフ信用していなかったが、今はなんとなく信用できる。
「とりあえず、席確保するか。」
「そうね。」
ということで俺たち四人は応援席に向かった。

 まだ空席は多かったので、苦なく東帆とうはん高校のテニス部の席の近くに席を見つけることができ、座っていること数分。
「みんな来てくれたんだね、ありがとう!」
本日の主役である河本が席に帰ってきた。
「河本ふぁいと!!」
珍しく佐々木が先導して言う。
「全力で応援するかんな!!」
上原が続く。
「神様!みんな仏にしてあげましょ!」
信岡…せめて神仏を混同するのはやめないか?まあそれくらい知っていると思うので単なるトンチだろう。いずれにしても、相手を仏にするような物騒なスポーツじゃないが。
「河本!全力ってのはもちろんだけど、最後まで楽しめよ!俺たちも応援してる。あとは…個人的にはいい刺激もらうとするよ。」
「ありがとう!もちろん勝ちは狙うけど、二年生である以上、まだ負けても先はあるからね。全力で楽しむよ!」
士気は万全のようだ。

 開会式が終わった後、早速一回戦が始まった。そして、第一試合から河本にコールがかかった。流石に初っ端ということで緊張するかとも思ったが、さっきの俺たちとの会話でいい意味で緊張が解けたのか、河本はとてもよく動けているのが素人目にもわかる。ポイントでも相手を圧倒し、河本は1ゲームも落とさずに一回戦を突破した。流石だ…が、強すぎじゃね?
「神様絶好調ね。プレーが神がかってるわ!」
「お前曰く神だし無理もないだろ。まあ、強すぎるって点では間違いないな。」
まさに神の神たる所以がわかったような気分だ。

試合を終え、顧問への報告やアドバイスを求めに行っていたのであろう河本が帰ってきた。
「河本上手すぎ!!」
「もう実質優勝!」
上原と佐々木が畳み掛ける。佐々木が言ったことは意味不明だが、言わんとしていることはなんとなくわかってしまう。それ程に河本は強いのである。もしかしたらホントに全国ありえるんじゃないか?
「ちなみに河本、プレッシャーになったら申し訳ないけど、あと何勝すれば全国大会なんだ?」
思い切って訊いてみた。すると、
「えっと…流石に全国には優勝しなきゃ行けないから…あと5勝かな。かなり難しいけど。」
河本はそう言うが、さっきの試合を観てれば強ち夢でもないのでは?などと思えた。相変わらずの素人目だが。

 その後も俺の予想が当たり、二回戦、三回戦と河本は危なげなく勝ち進んだ。残り3勝すれば河本の優勝…ということは河本はもう既にベスト8にまで残っているってことだよな…強っ…ホントにここまで全力で戦って、しかも結果を残している河本からは絶大な刺激をもらえている。河本は試合が終わる度に俺たちの座る観覧席の方に来ては、
「応援本当にありがとう!」
なんて言ってくれるが、正直感謝しているのは俺と信岡の方だ。これほどまでの刺激はそうそうもらえるものじゃないからな。ここまで観ただけでも、明日戦うモチベーションとしては十分すぎるほどだ。

 さあ、迎えた準々決勝。しかし、ここが天王山だった。なんせ河本曰く、
「彼、春の大会の時、シングルスで県大会制覇、ダブルスでも3位に入った実力者なんだ。この大会の優勝候補筆頭だよ…」
とのこと。むしろここでこの相手にさえ勝てれば、河本の優勝、全国大会出場も現実味を帯びてくるといったところらしい。流石の河本も震えている。武者震いか、極度の緊張か。
「河本、大丈夫。さっきも言ったけど、まずは楽しめよ!だって、ディフェンディングチャンピオンとサシで勝負できるんだろ?滅多にない機会じゃんか!」
俺は言った。たしかに河本には、できることなら優勝してほしい。でも、そんなの河本に言ったら無駄に重圧をかけてしまうだけ。だからこそ、俺は自分が地区大会で学んだ考え方を口に出したのだ。

「そうよ、神様。あたしたちは十分いいものを見せてもらえたわ。ありがとう。だからこそ、次は勝とう勝とうなんて無理に考えちゃダメ。」
信岡も続けて言った。
「スポーツで大事なのは、勝ち負けだけじゃないだろ?」
スポーツ、もといデポルターレは気晴らし、遊び、休養、楽しみなどの意味を持つラテン語。つまりプレッシャーに押し潰されて楽しめないスポーツなどスポーツとは言えない。
「だから、お前の好きなテニスをする。それだけでいいんじゃないか?」
「僕は…勝ちたい。でも、そうだね…勝ちに拘ってたら楽しいテニスも楽しくなくなる。僕はテニスが好きだからテニスをしてるんだ!」
河本は完全に吹っ切れたようだ。
「結果なんて関係ない…って言ったら嘘になるけど、楽しんだもん勝ち!だよね!」
「ああ。それでいい。楽しめよ!」
「うん!ありがとう!」

こうして完全に自分がやってて楽しいプレーに切り替えた河本のプレーは、これまでの戦い方とは全く違うのびのびとしたプレースタイルで、それがむしろ相手を追い詰めた。しかしやはり、ディフェンディングチャンピオンの強さは伊達ではなく、惜しくも河本は準々決勝で姿を消した。そしてその相手はその後も順当に勝ち進み優勝、そして全国大会への切符を手に入れた。だが、その後の準決勝、決勝を観ても、間違いなくチャンピオンに最も拮抗していたのは河本だった。やはり誰しも、楽しんでいる時が一番強いのがよくわかった。実際チャンピオンも、毎試合とても楽しそうにプレーしていたから。ともあれ、お疲れ様、河本。さあ、次は俺の番だ!!

狂瀾怒濤の初日 fin.

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