12シトライアル第四章 勝負のX-DAYpart42
第百二十六話 vs部長2ndラウンド
2ゲームを連取されたことで、戦況が桜森先輩と春田先輩に傾いてきている。いや、それどころかかなり俺たちは劣勢である。やはりこの先輩たちは強い。だからこそ俺たちは一度も勝てたことがないのだ。そしてだからこそ、そんな強い先輩と闘える最後の機会を全力で楽しみたいし、最後に勝ちをもぎとりたい。ダメだ、色々考えるだけ勝ちからは遠ざかる。雑念は捨てなければ…そう思っていたところ、
「徹せんぱーい!」「由香里センパーイ!」
「「ガンガンいきましょーー!!」」
犬猿コンビが俺たちに応援の声を上げた。俺たちの試合と同時に行われている試合への歓声に負けないくらいよく通る声だった。それを皮切りに、
「織田さん!ファイトです!!」
「莉桜ちゃん!いけー!!」
「サクラー!!もう1ゲーム!ファイト!!」
「岸!負けんじゃないわよー!!」
「三年の威厳見せつけてやれー!!」
「お兄!!」「由香里!!」
「「リベンジ果たせー!!」
両軍への声援が湧き上がった。しかし想像に反して一番声が響いたのは、
「…ハァーっ、とーくん!ふぁいとー!」
紗希だった。アイツあんな大声出せたんだな。そして声援を受けていると、勝てとか言われているはずなのに、不思議とそういった雑念が吹っ切れていく。
「由香里、最後までよろしくな!」
雑念が吹っ切れた結果、口をついて出た言葉がこれだった。そして、
「もっちろん!こちらこそだよ!とーる!」
由香里も同様に吹っ切れたようだ。
精神的に安定した状態で迎えた第4ゲーム。たしかにここまでのゲームも競ってはいたが、これまでとは違う。競っているが明らかに流れがこちらなのがわかる。実際、ロングラリーは1〜3ゲームでは得点率は五分五分だったが、このゲームではほとんどものにしている。そしてそれは、単に第2ゲームと同じ有利なローテーションだからというわけではない。やはり雑念が吹っ切れたのが大きい。今まで部内で先輩と闘った時も昨日シングルスで闘った時も、今回こそ勝たなければという意識に囚われていた。だからこそ勝てなかったのだ。つまり、逆に余計なことを考えず、全ての意識を目の前の一球一球に集中させることができている今が、俺と由香里が最大のゾーンに入った状態なのだ。それに、お互い目の前のプレーという同一の集中対象を持っているおかげか、これまでで一番俺と由香里のプレーがスイングしている。そして気がつくと、俺たちは第4ゲームを11-6で奪うことに成功していた。
「とーる!やったね!」
「おう!」
俺たちはハイタッチを交わした。
「なんか今のセット、今までで一番とーると息が合ってた気がした!」
「俺も同じだ。多分、お互い変に余計な意識を持ってなかったからだと思う。勝とうとか楽しもうとか色んなこと考えれば考えるだけゲームには集中できなくなる。だからいい意味で頭を空っぽにできた今のセットは最高のプレーだったし、結果として楽しめた。そう思う。」
「…んー、あたしはそんな難しいことはよくわかんないけど、たしかに一つ一つのプレーにやけに集中できてた気がするよ!」
「そうか、なら…最後の1セットも余計なことは考えず、一つ一つのプレーに全部かけようぜ!」
「うん!!」
(コイツら完全にゾーンに入ってるな。色んな意味で。俺がアドバイスとかする余地皆無か…)
そして始まった最終ゲーム。打球順は、前半は1ゲーム目と、後半は2ゲーム目と同じだ。最初は俺のサーブ。ネット際に短く下回転をかけ、桜森先輩がツッツいてきたところ、由香里がバックドライブ。春田先輩のラケットがそのボールを受けるなり、ボールは高く浮いて台の外でバウンドした。1-0。俺の2本目のサーブ。同じようにネット際に、今度はナックル、つまり無回転のサーブを出したが、先輩に見切られてチキータで返された。しかし由香里がそれを読んでいたのかバックに回り込んでカウンター気味にスピードドライブ。流石の春田先輩もこれには触れることすらできなかった。2-0。
続く桜森先輩のサーブ。上回転か下回転かよくわからない巻き込みサーブ。由香里は下回転だと予想してツッツいたが、高く浮いてしまい台の外へ。2-1。桜森先輩の2本目。同じサーブだ。由香里は今度こそ下回転だろうとツッツく。予想が的中し、低く相手のコートに入った。春田先輩はそこにストップを合わせてきたので、俺は渾身のフリック。ボールは桜森先輩のラケットの縁に当たり、明後日の方向へ飛んでいった。3-1。
由香里のサーブ。バックサーブで、こちらも桜森先輩と同様、上か下かわかりづらいサーブの上回転の方だ。春田先輩はそれをバックに流すように打ち返してきた。思ったよりも鋭く深く入ってきたのでドライブを振れず、俺の打球は詰まってネットを越えなかった。3-2。由香里の2本目。全く同じサーブだが、今度は下回転だと思った春田先輩がツッツいてボールが浮き、それを俺がスマッシュで相手コートに叩きつけた。4-2。
春田先輩のサーブ。フォアサーブでボールの横を擦っているので順横のスピード系のサーブだと思い、回転に負けないように、フォア側に少しオーバーするくらいの位置目掛けて、ドライブを振ったところ、恐ろしいほどの回転でミドルへとボールは誘われた。しかし逆にそれが功を奏して、桜森先輩にとって打ちづらい位置にボールが行ったことで桜森先輩はボールを打ち上げることしかできなかった。そして由香里はボールがバウンドするや否やスマッシュをクロスに叩き込んだ。いわゆるライジングである。しかし、春田先輩が奇跡的なブロックで返してきて、ボールが由香里の方へと戻る。移動が間に合わないと踏んだのだろう、由香里はしゃがんで後ろで待つ俺が打ち返せるスペースを作ってくれた。そして俺が、今度はストレートにもう一発お見舞いすると、それは桜森先輩もとることができなかった。5-2。3点リードでチェンジエンドを迎えた。
さあ後半戦。春田先輩の2本目のサーブからである。チェンジエンドをしたので、この春田先輩のサーブは由香里が受けることになる。しかし、ビハインドで後半戦を迎えた緊張感からか、春田先輩はサーブを失敗した。6-2。
サーブ二巡目。直前に春田先輩のサーブを受けた由香里が桜森先輩にフォアの横下回転を繰り出した。しかし思ったよりもボールが浮いてしまい、桜森先輩の強烈なドライブを見舞われた。俺はバック側に飛んできたボールに手を伸ばしたが、届かなかった。6-3。由香里の2本目。同じようなスイングだったが、打球の瞬間を遅らせ、台の高さギリギリでボールを放ち、ボールは鋭くコートを駆け抜ける。桜森先輩が辛うじてボールを捕らえると、ネットにかかってこちら側に入った。俺は一歩踏み出してバック面で擦り上げるように打ったが、春田先輩はそれを俺の方に返してきた。俺は避けきれず、由香里のようにしゃがむことでもどうしようもないため、已む無く見逃した。由香里が衝突してこなかったのが幸いだ。6-4。
まったく、とてつもない大接戦である。俺たちはこのままリードを守りきれるのか。はたまた先輩たちが更なる巻き返しを見せてくるのか。泣いても笑っても、もう終盤に差し掛かったのである。
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