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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part34

第百六十一話 幼少期と水菓子
 前回のあらすじ。桜森さくらもり先輩と春田はるた先輩が両想いだったことが判明(尚、俺だけ知らなかった模様)!さらにまだ付き合っていなかったとのこと。そしてそこに、自分たちで予約したという一年生が参戦したのであった。

 現在、場は一年生を交えて、先輩二人を祝福したり、茶々を入れたりと大盛り上がり。俺は穏やかに食事や先輩たちとの最後と言ってもいい交流を楽しみたかったが、それどころではなくなってしまった。しかも先輩たちと同じテーブルだから、隅でこっそり食べ続けているわけにもいかない。仕方がないので、ただひたすら手を叩き続けた。これしか俺にはできない。
とおる先輩、めでたいことなのに、なんでそんな死んだ魚みたいな目してるんです?」
隣からひょっこり現れた下北しもきたに指摘された。俺そんな生気のない目してたか?
「いや、俺は正直ゆっくり先輩たちと話したりご飯食べたりしたかったから…あと、あまり色恋沙汰には興味なくてな。」
「ああ…たしかに…っぽい!」
めちゃくちゃ納得された。まあいいけども。
「じゃあちょっとこっちの席来てくださいよ!こっちなら気兼ねなくご飯食べれますよ!」
「下北…お言葉に甘えます。」
「よかったです!正直私もあまり人の色恋沙汰には興味ないんで、こういうノリ得意じゃないんですよ…」
仲間がいてよかった。

 下北に連れられて来た席には…
「あ!きしセンパイ!お疲れ様です!」
金本かねもとがいた。いや、金本しかいなかった。なんだよ、みんな色恋好きかよ…
「金本はいいのか?向こう見なくて。」
「ああ、あたしもあまり興味ないんですよ。」
仲間二人目!でも…あれ?コイツら、地区大会終わった後にうなばらで集まった時、めっちゃ恋バナしてなかったか?気まずい俺と桜森先輩には気をかけずに。
「ホントに興味ないのか?」
怖いので一応確認。
「あったらここに座ってないですよ!」
「私だってそうです!あったらあの場に徹先輩のことも留めてました!」
「いや、でもお前ら地区大会の後、俺のバイト先の喫茶店で恋バナしてただろ。あれ俺と先輩からしたら気まずい以外のなんでもなかったぞ?」
「…いやぁ、あれは割とあたしたち自身のことでもあったんで…」
「ていうか、徹先輩…あの時の会話聞こえてませんでしたよね?」
「え?まあ、桜森先輩が外に連れ出してくれたし。」
「「よかったー!!」」
え、なんか心底安心されたんだけど、どゆこと?

 閑話休題。
「じゃあ、三人でゆっくり食事楽しみましょう!乾杯!!」
「「乾杯!!」」
下北の音頭で再び乾杯。さて、またこの山積みの肉の消費か…ちょっと野菜もほしいが、さっき由香里ゆかりと取りに行った野菜は、元々のテーブルに置いて来てしまったので…
「ちょっと野菜とか取ってくる。」
そう告げると、
「あ、私も行きます!」
下北もついてくることになった。そして、
「じゃあ、あたしは一旦待ってますね!」
金本はお留守番である。

本日もう何回目かは覚えていないが、野菜コーナーにやってきた。
「徹先輩、種類すごく多いですね!」
「だよな。まあしゃぶしゃぶは肉もそうだけど、野菜もたくさん食べたいしな。」
「ですね!あ!フルーツもすごくたくさん!後で食べようかな…」
「下北、フルーツ好きなのか?」
「そうですね!毎朝デザートに食べてますし、夜もちょくちょく…よくお菓子は別腹って言いますけど、私の場合それがフルーツなんです!」
「なるほど、お菓子より水菓子ってことか。」
「あれ?先輩って江戸っ子ですか?」
「違うけど、下北、よく水菓子知ってたな。」
「小さい頃に一回だけ両親にすごくいい料亭に連れて行ってもらったんです。その時にお品書きに水菓子って書いてあって…あ、ちゃんとふりがながあったから読めただけですけどね。」
流石にわかってるっての!幼少期に水菓子をふりがななしで読めたらすごすぎだろ。
「で、やっぱり幼少期は甘いものみんな好きじゃないですか。菓子なんて書いてあったら食べたくなったので、注文したらフルーツ盛り合わせが出てきて…その時に水菓子=フルーツってこととフルーツの美味しさを知ったんです!」
やっぱり誰でも、幼い頃の記憶というのは、そう容易くは色褪せないものなんだな。

「徹先輩はなんで知ってるんですか?」
今度は逆に訊かれた。
「あっ、すみません、愚問でしたね。徹先輩が知らないことなんてないですもんね!」
俺を神格化しないでくれ。
「いや、俺の場合は、幼馴染の実家が料亭でな。家族ぐるみで仲良くしてて、昔はたまに家族で食べに行ってたんだよ。で、あとの知った経緯は下北とほぼ同じ。」
俺はネギ、大根、水菜、椎茸を取りつつ答えた。
「幼馴染って紗希さきさんですよね。大会の時も応援来てたし、仲良いんですね!」
「まあ、そうだな。」
案外幼馴染って高校が違ったりしてもそうそう縁は切れないんだよな。
「そういえば、昔はって言ってましたけど、今はそうじゃないんですか?」
「まあな、家族が揃うこともないし。あ、でも紗希に連れられて個人的に行くことはあるよ。その場合、紗希の婆ちゃん、孫には甘々だから、孫の幼馴染の俺でさえご飯奢りにしてくれるんだよ。正直、年の殆どが一人暮らしの俺からしたら結構ありがたい。」
「やっぱり人との繋がりって大事なんですね。」
そう言いながら下北は…まだどの野菜を取るか迷っている。

「ちなみに先輩、前にお父さんとはなかなか会えないって言ってましたよね?単身赴任してるとかって。最近帰って来たんですよね?」
「昨日な。今朝目覚めたらもうどっか行っちゃってたけどな。」
「いつ頃からそうなんですか?」
「えっと…かれこれもう3年以上はこんな感じだな。」
「結構長いこと一人なんですね…」
年末年始は父さんが帰ってくるし、ほぼドア・トゥー・ドアで従妹の家族がいるからそんなに孤独を感じるわけではないが、俯瞰して見るとたしかに長いこと一人って感じはするな。しかしこの状態なおかげで、俺は色々自由にできているのだ。家族の不存在という不自由が俺を自由にしているなんて、とんだ皮肉だな。
「ていうか、そろそろ戻りましょう!流石にれいを待たせすぎても悪いですし。」
「そうだな。」
俺たちは野菜、ご飯他を持って席に戻った。

 「あ!遅いですよー!お腹空きました!」

「悪いな、とりあえず諸々持ってきたから、今度こそ食べるか。」
「玲ごめんね!」
ホントにコイツらの関係改善されたよな。一時期はこれ以上犬猿の仲って言い表すのに適したコンビはいないと思っていたのに。
「じゃあ野菜一先ず入れますね!」
金本が鍋に野菜を一気にぶち込んだ。そんな一気に大量に入れたら…
「金本…味薄くなるし汁が冷めるぞ。」
「え?そうなんですか?」
「先輩、仕方ないですよ。玲、お嬢様だから自分で鍋とかやったことないんですよ…」
「あっ、そっか…」
俺と下北は金本に憐憫の目を向けた。
「え?二人してそんな憐みの目を向けないで!」
「まあでも安心してよ、先輩が言ったほどに冷めたり薄くなったりはしないから。」
「え?そなの?」
「そうだよ!先輩…いつも手の込んだ料理やりすぎて鍋みたいに具材適当にぶち込んだらできる簡単な料理のことはわからないんですね!」
下北の手のひら返しがすぎる…

 しばらくして、入れた野菜が煮えてきたところで、
「じゃあそろそろお肉始めましょう!」
下北が肉をしゃぶしゃぶし始めた。俺と金本もそれに続く。そして俺は野菜を取りに行く時についでに取ってきたゴマ豆乳に豆板醤を混ぜた擬似担々スープに肉とネギをくぐらせ食した。我ながら天才的なチョイスだった。担々風のスープとよく合っている。金本と下北はおろしポン酢で食べている。
「先輩、それ何のタレですか?」
「ああ、野菜のとこにあったゴマ豆乳と豆板醤を合わせたやつ。」
「美味しそう!センパイ、それで一口あたしも食べていいですか?」
金本が興味津々だったので、俺はタレを入れた器を手渡した。
「うわ!これ美味しい!センパイ天才ですね!」
「天才を安売りするなって…」
悪い気はしないが。金本から器を返却されたので、食事を再開…
「先輩!私も一口!」
下北も食べたがるので器を渡そうとしたが、下北は口を開けて待っている。いや、餌付け待ちの仔犬か!そして俺が器を渡そうとしても動かない。確固たる意志を感じる。仕方がないので、下北の箸を持ち、肉でネギを巻いて担々風スープに潜らせて下北の口元に運んだ。下北はすぐにそれを頬張りご満悦のようだ。そしてその様子を、金本はジト目で見ていた。

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