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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part24

第百五十一話 兄妹自由研究
 8月14日火曜日。大会も親友たちとの会合も終わり、夏期講習期間とは言えど、お盆期間で塾も休みなものだから、久しぶりに暇を謳歌できる一日である。朝起きると9時だったが、夜は暑かったのでかなり汗をかいていたので、今俺は風呂場でシャワーを浴びている。あまり朝風呂派ではないが、案外朝シャワーもいいものだな。これから習慣にするか。なんて思っていた折、
「お兄!おはよ!ここにいたんだ!」
浴室のドアを開け放ちながらいつの間にうちに入ってきたのやら、従妹いもうと歩実あゆみが場を考えず挨拶してきた。
「お前、流石に場所は弁えろよ…」
「大丈夫大丈夫!お兄とわたしの仲じゃん!」
「その仲は濫用していいものじゃないんだぞ、よく覚えておきなさい…」
「はーい!」
ホントにわかってんのか、コイツ…

 一旦歩実はリビングに戻らせた後、シャワーをもう一浴びしてから着替えて俺もリビングに戻った。歩実は勝手に卵かけご飯を食べていた。コイツが料理してなくてよかった…じゃねえ!勝手に炊飯器のご飯と冷蔵庫の卵と醤油使いやがったな…まあでも、いいか、そのくらいは。俺は自分の従妹への甘さを呪った。自分の朝食として、トースターに食パンを入れ、フライパンでウインナーを茹で焼きしながら歩実に尋ねる。
「で、歩実、お前今日何しにしたんだよ。」
「理由なかったらお兄のとこ来ちゃダメ?」
「理由ないのかよ…別にいいけどさ。」
「まあ今日は勉強教えてもらいにきたんだけどね!」
「理由あるじゃねえかよ…」

 閑話休題。フライパンの水がほとんど蒸発したので、ここで卵を投入して蓋をする。さらに俺は歩実に問いかける。
「で、何教えればいいの?」
「お兄はわかりがよくて助かるよ!えっとね…化学基礎と生物基礎の先生が共同で出してきたやつなんだけどさー、生物のことでも化学のことでも、なんなら物理でも天文でも地学でもなんでもいいから家で実験してそれをレポートにまとめてこいって。」
そういえば俺も去年やったな…
「で、お兄は去年やってるだろうから、どんな風にすればいいか教えてもらおうと思って!お兄は去年どんなことやった?」
「えっと…氷でお湯を沸かす実験をやったよ。」
「え?!何それ?!どゆこと?!」
概要だけでわかるわけないよな。
「じゃあ朝飯食べ終わったら見せてやるよ。」
「そんなすぐできるの?!」

 15分後、お互い朝食を摂り終えた。なかなか桃のジャム、美味かったな…それにやはりウインナーは茹で焼きに限るな。茹でることによるジューシーさも焼くことによる香ばしさも同時に味わえるのだから。美味すぎて歩実に半分盗られたのは誠に遺憾だが。ともあれ、早速俺の去年の研究を再現するとしよう。
「まず、耐熱性の容器の三分の一くらいまで水を入れて1分半レンチン。」
歩実はレンジを覗き込む。
「あれ?普通に沸騰させてるだけじゃん。」
「ここからが本番だよ。とりあえず沸騰が完全に止まるのを待つ。じゃあ歩実、氷一つ取り出してくれ。」
「え?うん。」
歩実が氷を持って少し経つともう、水は沸騰をやめ、湯気が出るのみになっていた。ここでレンジから取り出し、
「歩実、今だ。氷を入れてみてくれ。」
「了解!」
俺の指示に従って歩実が氷をお湯に入れると、再びお湯は沸騰を始めた。
「え?!また沸騰した!どうして?!」

「実はこれ、入れるものは氷じゃなくたってなんでもいいんだ。氷にしたのは、単純に逆説的で面白いからってだけ。」
「どういうこと?」
「レンジで温めることで、もし表面の沸騰が落ち着いたとしても、内部の水はまだ沸騰できるくらいのエネルギーを持ってるんだ。だから何かがその中に入ると、それによって振動が起きる。そしてその振動がトリガーになってまた沸騰を始める…ってわけだ。突沸っていう現象だな。」
「お兄こんなこと知ってたの?」
「もちろんこの原理とかは後で図書館で調べたことだけどな。レポートにまとめる時に、考察として必要だろ?」
「なるほど…すごく高度なことやってるのはわかった。でも、わたしはどうしようかな…」
まずは何か面白いネタを見つけないとな…ということで、一旦ネットで調べることにした。

 数分後、
「お兄!これ面白そうなんだけど、家でできそうかな?」
そう言って歩実が見せてきたのは、ジュースからDNAを抽出するという実験の映像だった。
「必要なものは?」
「えっとねー、ジュースとエタノールとコップがあればオッケーだって!」
思ったより手軽そうだ。
「よし、やってみるか。」
「うん!」
ということで俺たちは、一旦ジュースとエタノールを買いに行くことにした。

 30分後…
「暑かったー!」
近くのドラッグストアで、100%のオレンジジュースとエタノールを購入することができ、暑さに耐えて無事帰って来れた。
「ほんとに喉渇いたー!お兄、オレンジジュースちょっと飲んでいい?」
「ちょっと待て!500ccしかないんだぞ!失敗した時の保険はないといけないから、飲むなら冷蔵庫から何か取ってくれ!」
「お兄は保守的だなー。一回の実験で30ccしか使わないのに。何回失敗する気?」
「それはそうだが…ってか、冷えてる飲み物の方がいいだろ。」
「あ!それもそうだね!」
なんとか説得には成功したが、どうやら俺は割と保守的な人間らしい。

「じゃあ早速やっていくか。まずはコップにジュースを移す。」
歩実がオレンジジュースをコップに注ぐ。
「このくらい…かな?」
「そのくらいでいいかな。じゃあ次はエタノールを同じくらい入れる。あと、入れたら絶対に混ぜちゃダメだぞ。」
俺はスマホのカメラを構えながら答え、次の指示を出した。
「了解…ってお兄、なんでカメラ構えてるの?」
「あとでレポート書くなら、参考にしたり貼ったりする写真があった方がいいだろ。」
「なるほど!お兄ありがとう!こんなもん…かな。」
そうして歩実がエタノールを注ぐと、
「お兄!なんかちょっと白いのが見える!」
析出開始に時間はそうかからなかった。俺はもちろんそこも写真に収めた。

 さらにその後も待ち続け…
「お兄!すごい!めっちゃ白いの出てきた!これがDNAってことだよね?」
「ご名答。それにしても結構な量浮き上がってるな。それに気泡も含んでるんだな。」
思った以上の成果が得られた。思っていたより簡単だったな。
「そういえばなんでさっき混ぜちゃダメって言ったの?」
「ああ、それなんだけど…」
尋ねられたので答えようとしたが、思いとどまった。
「その理由も、どうしてエタノールを加えるとDNAが析出したのかも、せっかくなら図書館で調べてみたらどうだ?レポートにするなら俺の発言より、明確な出典があった方がいいだろうし。」
「あー、たしかに!ってかお兄、知ってるには知ってるの?理由とか諸々…」
「ああ、原理くらいはわかるけど。」
「お兄ホントに文系?」
従妹にまで疑われた。別にいいじゃない。理系に強い文系がいたって。

それにしたって想像より遥かに早く実験が終わってしまったな。ただ、これだけで終わるのも些かもったいなく感じる…そういえば俺今朝…
「歩実、せっかくだし他のものでもDNA析出させてみないか?」
「え?ジュース以外でもできるの?!」
「原理から考えた俺の推測だけどな。できなかったとしても、それも考察事項にできるし、レポートの内容の厚みは確実に増すぞ。」
そう言いながら、俺は冷蔵庫から今朝使った桃のジャムとトマトケチャップを取り出した。
「ジャムとケチャップで?!」
「ああ、まあちょっと粘り気があるから、予め少し水で薄めておく方がいいけどな。どうだ?やってみるか?」
「うん!やってみる!」
そうして再び俺たちの実験は始まった。

以降歩実は一回目で手順を覚えたのか、俺の指示なしでも、行き詰まることなく順調に実験を進め、俺は記録写真の撮影に専念できた。ちょくちょく写真に歩実が映り込んできたのはさておき。というかコイツ、レポートの写真に自分が入るってどういうことだよ…自分を使った実験じゃないのに。
「お兄!お手伝いありがとう!なんとか全部終わったね!」
「ああ、それじゃああとは図書館での調査だけだな。どうする?午後にはもう行くか?」
「そうする!お兄はどうするの?」
「俺は…普通に勉強するし、いい機会だかれ一緒に行くよ。」
「ほんと?やったー!じゃあ調べててわからないところあったら訊いてもいい?」
「ああ。頼れる時は頼れよ。」
「はーい!」
ということで、昼食だけうちで済ませ、俺たちは市の図書館に向かった。

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