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12シトライアル第四章       勝負のX-DAYpart31

第百十五話 昨日の敵は今日の友!
 手当ての後俺は、救護室に連れて行ってくれた下北しもきたに、走る犬にリードを引っ張られるように観客席にいざなわれた。
「あ、とおるおかえり。今、ここのすぐ下の台でゆかちゃんやってるよ。」
応援に来ていた桃子とうこが教えてくれた。どうやらベストタイミングで帰ってこれたらしい。
由香里ゆかりの戦況は?」
「今3セット目だと思う。で、多分ゆかちゃんがもう2セット獲ってるから圧倒的優勢。」
「そっか、よかったよ。このまま応援するか!」
「そうだね。」

そして程なくして、
「ラストッ!」
由香里がマッチポイントを握ったようだ。
「落ち着いていけー!」
俺が声をかけると聞こえたようで、俺の方を向いて頷いた。よかった、メンタルにも余裕はあるようだ。そして相手に向き直り、バックサーブの構え。投げ上げたボールを由香里が打つと、ボールは鋭く相手のコートの先まで走り抜けた。しっかりと自分のコートと相手のコートにワンバウンドずつして。
「ヨーッ!」
「「オー!オー!オー!」」
由香里の吠えに、俺と下北が上から呼応するように合わせた。俺が団体戦の最後の試合を戦った時のように。

 本部に試合結果報告を終えた由香里が一度上に帰って来た。
「由香里ナイス!お疲れ!」
「ありがとね!」
俺たちはグータッチを交わした。
「由香里先輩!最後のサーブすごかったです!あんなの持ってたんですね!」
「まあね!今回の大会のためにこっそり開発しててさ、セット的にもポイント的にも余裕あったし試してみたらあの通り!結構実用性高かった!」
「俺にはバックのバズーカサーブなんざできないし、お前やっぱすごいや。」
「とーるもとーるでフォアのバズーカあるし、なんならサーブの種類恐ろしい程多彩なんだから十分でしょ!そういえば、腕はもう大丈夫?」
「ああ、痛みとかはそんなにないし、あとはまたぶつけないことを祈るだけだな。」
「ほんとに気をつけてよ?」
「流石に言われずとも気をつけるよ。」

「女子シングルス一回戦のコールです。陽楼ようろう高校、土井どいさん、東帆とうはん高校、金本かねもとさん、15コートで試合です。」
我らが金本にコールがかかった。そういえば、さっきの由香里の試合を一緒に応援してなかったと思ったが、出番が近いのがわかっていたから観覧席の奥で準備運動をしていたようだった。
「金本、やっぱ緊張してるか?」
「あ、センパイ…そりゃもちろん、高校デビュー戦なので人並み以上には…」
「しかも相手が女子団体準優勝の陽楼だと、不安なのも無理はないか。」
「…はい。」
「でも安心しろ!単に陽楼と言ってもピンキリだからな。もちろん団体でレギュラー張ってるヤツもいるけど、むしろ大半はレギュラーに入ってない。なんならお前より卓球歴短いヤツらだって多いはずだ。だから自信を持っていけ!」
「センパイ…」

れい!」
俺の背後から下北がひょこっと顔を出した。
「私がアドバイザー入るから、不安なことあったら言って!シングルスってたしかに悪く言えば孤独な闘いかもだけど、そんな風に捉える必要は全くなくて、団体戦と違って、みんなが自分一人を応援してくれる。これってすごく力になると思わない?」
「…あんた、中学の時から言うこと変わんないのね。」
「まあね。だから、玲はコートには一人でも、一人で戦ってるわけじゃないって忘れないで!」
「…そうね。じゃあ、アドバイザー頼める?」
「もちろん!」
コイツら…いつの間にか仲良くなりやがって。泣けてくるぜ。
「徹、保護者目線、やめよう?」
…桃子よ、心を読むのはやめてくれ。

 閑話休題。そんなわけで、俺と由香里、桃子は15コートを真下に見据えられる席へ、金本と下北は15コートへとそれぞれ移動した。
「「お願いします!」」
両者の潑剌はつらつとした挨拶で幕開けとなった金本の高校デビュー戦は、一進一退の攻防が続く。どうやら相手も一年生で、中学から精力的に卓球に勤しんできた子らしい。
「玲ちゃーん!強気でいけー!」
「金本、落ち着いていつも通りにな!」
由香里と俺は上からげきを飛ばす。そして、
「んー、今のセットはちょっと固かったかな。もっとリラックスして臨も?」
「ええ、ありがとう。」
下北がアドバイザーとして、金本のすぐそばで支える。初めこそ犬猿の仲な二人だったが、今では相棒という言葉が似合うようになっている。

「徹、あの二人、前は仲悪くなかった?」
俺やあの二人と体育祭で共にバトンを繋いだ桃子が問う。
「まあ、何があったのか、詳しいことは俺にもわからないけど…」
そこまで言うと、由香里が続けるように、
「時が経てば人も関係も変わるもんだよ。ほら、言うでしょ?昨日の敵は今日の友!」
俺の言いたいことをそのまま言った。こんな具合で、俺と由香里は思考が通じ合うことも多い。それが俺と由香里のミックスでの阿吽あうんの呼吸を形作っているのだ。そう考えると、俺にとっては由香里が相棒というのが一番しっくりくるかもしれない。

 それはそうと、まもなく金本の最終セットが始まる。まさかセットカウント2-2になるとは思ってもいなかったが、それは相手が強いこと、そして金本もそれに拮抗する実力を持っていることの何よりの証明だ。
「先一本!!」
アドバイザーの下北の一声を皮切りに観覧席の俺たちも応援を始める。
「自分のペースでいけー!」
「リラックスリラックス!」
「「……」」
相変わらず部外者の多田ただ姉妹はただただ戦況を見守ろうとしているだけだが。あれ?俺の試合の時は声出してなかった?

 閑話休題。やはり最終セットもとても競った展開が続いている。そして迎えた9-9ナインオール。サーブは相手だ。
「玲ちゃんレシーブ冷静にねー!」
「確実に獲れよー!」
俺たちの応援を受けて、金本は堂々の構えを見せる。相手はトスを上げ、ボールが落ちてきたタイミングで打球した。しかし相手もやはり一年生。こういった競った場面ではどうしても緊張してしまうものだろう。相手のサーブはネットを超えず、ミスとなった。

「金本!ここで決めろ!!」
「チャンスだよー!」
「玲!ラスト締めよ!」
再び相手はトスを上げ、ボールが落ちてくる。しかし何を狙っているのか、金本はバックに回り込んでいる。フォアがガラ空きだ。まずい…そして案の定、相手のサーブは金本のフォア側に長く鋭く飛んできた。これはデュースかと思ったのだが、金本はこれを読んでいたのか、フォアに飛びつきながら全力のドライブでボールを撃ち抜いた。マジ?!普段そんなに攻撃しないのに!
「とーる!今の玲ちゃんのプレー、ほんとにとーるのプレーにそっくり!」
たしかに今のは俺がたまに使う戦略だった。あえてフォアに隙を見せ、そのフォアに放たれたボールを飛びついて撃ち抜く。それを金本は見て盗んでいたってことか。

 そして数分後、
「やりましたよー!!」
金本が縦横無尽に跳ね回りながら帰って来た。
「いい試合だったよ!」
「まさか俺のプレーを見て盗まれるなんてな。」
「センパイが試合してるとこ、ちゃんと見ててよかったです!」
最高の高校デビュー戦だったと思う。すると、
「男子シングルス二回戦、東帆高校、きしくん…」
俺にお呼びがかかった。さて、とりあえず突破してきますか!

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