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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part35

第百六十二話 深窓の令嬢とんでも提案
 しばらく食べ進めていたが、相も変わらず周りの席では桜森さくらもり先輩と春田はるた先輩への祝福と野次が飛び交っている。よく飽きないな…一方その頃俺たち三人の鍋からは、気がつくと野菜が消失していた。
「どうする?また野菜取ってくるか?」
金本かねもと下北しもきたがあとどれくらい食べるかわからないので尋ねると、
「まだまだ食べますし取りましょう!」
「あ、今度はあたし行きます!」
金本がそう言うが、
「ちょっと俺も個人的に取りたいのあるから一緒に行くよ。」
さっき見て食べたいと思ったものがあるので、一緒に行く旨を話した。
「わかりました!じゃあ一緒に行きましょ!」
ということで、今度は下北がお留守番、俺と金本が取りに行くことになった。

きしセンパイ、さっき心愛ここあと取りに行ってた時、結構時間かかってましたけど、何話してたんですか?」
野菜を物色しながら金本が尋ねる。
「色々話したよ。水菓子の話とか、俺の父さんの話とか…」
「水菓子…たしかに心愛好きですよねー。」
「お前ホントに水菓子の意味わかってるか?」
「酷くないですか?!あたしだってよく親に連れられて料亭行かされたりするので、そのくらいはわかってます!」
そういえばコイツご令嬢だったな(n回目)。
「それよりセンパイのお父さん、どんな人なんですか?」
野菜を物色していたはずなのに、糸蒟蒻を取りながら金本は話題を変えた。
「どんな人、か…そうだな…強いて言うなら自由な人かな。」
「自由…ですか?」
「ああ、旅人気質で単身赴任先と違うところにもしょっちゅう行ってるし、年末年始とか今回みたいに帰ってくるときは部下にテキトーに仕事振ってるみたいだし、酩酊状態でも素面でも良くも悪くも態度変わらないし、息子の俺でもよくわからない。」
下手すれば、あの紗希さきよりも掴みどころがないかもしれない。だが、一つわかっていることがある。それは…
「ただ、めちゃくちゃ家族想いってことはよくわかる。俺だけじゃない、実の妹の叔母さんにも、その旦那の叔父さんにも、俺の従妹の歩実あゆみにも、みんなに対して温かいんだよ、父さんは。」
「じゃあやっぱりセンパイにとっては最高のお父さんなんですね。」
そういうことになるな。間違いなく。俺はあの人を父親に持ったことを誇りに思う。それくらい立派な人だ。絡み酒なことを除けばだが。

「でも、岸センパイって基本的に一人ぼっちってことですよね?家で。」
「大体従妹か幼馴染に入り浸られてはいるけどな。」
「それでも毎日じゃないでしょう?」
「まあそりゃそうだけど…」
「寂しくないですか?」
どうなんだろう。自分でもあまり考えたことなかったな。少なくとも寂しいとは違うような…どちらかと言うと、
「虚しい、かな…」
「虚しい…」
「ああ、俺はいつも帰宅したら虚空に向かってただいまと告げる。もちろん返事はこない。料理をして食べる。そこに会話はない。寂しさは覚えないけど、俺一人で何してんだろうな…とか、他のみんなは一家団欒を楽しんでるのかな…とか考えると虚しさだけが残ってるなって。」
言語化してやっとわかった。俺の抱えるもやっとした感情が何なのか。それは虚しさだったのだ。下北と話した時は、親がいないという不自由が俺を自由にしていた、ということを感じたが、今金本と話して、そんな自由が、俺が抱えていて且つ俺を抱える虚しさを生み出しているのだということがわかった。陽と陰は表裏一体。齢16にしてこの思考に辿り着くとは…早いんだか遅いんだか…

「センパイ?なんかひとしきり喋ってすごい悟ったみたいな顔してますけど、どうしたんです?」
「え?ああ、悪い。」
「いや別に悪いことじゃないですけど…でも大変じゃないですか?」
「大変?何が?」
「いやいやいや、普通高校生が一人暮らしって大変ですって!それにセンパイの場合、部活でも精力的に活動してるし、バイトしてるし、成績いいし、何足の草鞋履いてるんですか?ってくらいハードなことをやってるじゃないですか!そんなの常人じゃ無理ですよ!」
…褒められてるいるのだろうが、ちょっと人外って言われているみたいで複雑だ。でも、正直言って…
「別に大変ではないかな。というか、もう慣れた。」
「慣れた?!」
「かれこれ三年以上はこんな感じだから…」
「え、中学の頃からですか?!」
やはり世間一般的には驚くことなのか…いや、コイツが深窓の令嬢だから感覚がズレているだけかもしれない。

「センパイ…流石にそれは常人の大丈夫のラインを完全に逸脱してるので、あたしから提案させてもらっていいですか?」
「提案?」
「センパイ…あたしのうちの使用人、一人あげます。」
「………は?」
え、コイツ今なんて言った?!使用人を“あげる”って言ったか?!
「お前…道徳習ったことあるか?」
「え?なんで今あたしそんなこと言われてるんです?!」
「いや、まだ使用人一人と契約しないか?とかならわかるけど、あげるって…使用人の人権どこ行った?!」
「それくらい普通じゃないですか?」
あ、コイツやっぱり一般常識が動作しないほどイカれてやがる…ちょっと過去に奴隷貿易をしていた白人たちってこんなテンションでやってたのかな…なんていうイメージがついてしまった。いや、その白人の方がマシだ。安く取引されたとは言え、お金は発生していたから。コイツは今、無賃で俺に譲渡しようとしているのだ。流石に使用人が可哀想すぎる。こんな具合で俺が長らく渋い顔をしていると、それに気づいたのか、
「ちょっと言い方に語弊がありましたよね!」
金本が何か弁明しようとしている。
「あげるって言うのは使用人を使う権利です。その使用人自体は金本家に仕える使用人のまま、その業務を岸センパイのサポートに回します。無賃で働かせるわけじゃなく、うちがお金を出しますから!」
…それはそれで今度は金本家に申し訳ないんだよな…いいのか?令嬢一人の意思でそんなことを提案してしまって。

「とりあえず、冗談か否かはさておき、丁重にお断りさせてもらうよ。別にただ虚しいだけだし、それを埋めるんだったら近所に従妹家族も幼馴染もいるんだ。今の俺にとってはそれで十分なんだよ。」
「そういうものですか…まあ、また気が向いたらいつでも言ってください!あ、なんならあたしがお世話しに行きましょうか?」
「世間の常識が部分的に通用しないお前にうちで色々させたら取り返しがつかなくなりそうだからむしろやめてくれ。」
「むー…」
金本は頬を膨らませた。
「じゃあ普通にセンパイの家に遊びに行くのは?」
「なんでその発想になった?」
もう使用人云々関係ないじゃん…
「だって!一回くらいセンパイがどんなとかろに住んでるのかとか見てみたいんですもん!」
理由になってるんだか、なってないんだか…
「それでもやっぱりお前一人じゃ怖いから誰かと一緒ならいいよ。あ、俺が知らないヤツはやめろよ?」
「いいんですか!ありがとうございます!いずれ行きます!」
俺はそんな日が来ないことを祈った。

 俺と金本は野菜や糸蒟蒻、そしてさっき下北が食べたがっていた果物を取って帰った。
「待ちましたよー!」
「さっきあたしも待ってたしこれでおあいこ。」
昔だったら諍いが起きていただろうが、今ではそんなことなく、平和に食事を楽しめた我々三人であった。

おまけ
 打ち上げ終了後、
とおる!お疲れ!」
桜森先輩が声をかけてきた。
「お疲れ様です。だいぶ野次られてましたけど、大丈夫でした?」
「まあ、俺は大丈夫。いやー、なんかあの席で色々巻き込んでごめんな。」
「大丈夫ですよ、金本と下北とのんびり食べてたんで。」
「やっぱり徹、恋愛とか興味ないんだな。」
「興味ないっていうか、興味を持てないんですよね…前に話したじゃないですか、あの件。」
地区大会の後、喫茶うなばらでの集まりの時に、この人には一通り話しているからな。
「そうだよね…無理もないよな。あ、でも一応報告しとく。莉桜りおと付き合うことになった!」
「両想いだったみたいですもんね。おめでとうございます。」
「一応祝ってはくれるんだな。」
「まあ、めでたいことではありますからね。」
「ありがとう。徹、俺はこれで色んな意味でケリがついた。部活についても、恋愛のことについても。だからこれからは受験に向かって頑張っていく。これからの部活を頼んだよ!」
「…はい!」
ここで、部活のバトンは完全に俺に…いや、俺たちの世代に手渡されたのであった。

狂瀾怒濤の8日目fin.

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