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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part7

第百三十四話 野菜の持ち腐れ
 さて、日曜日。今日はエアコンの業者が修理に来てくれるので、俺はやっと家で過ごせるようになる。いやー、ここまで長かった…!
とおる、流石に修理屋さん来るまではうちにいたら?」
「お兄乾涸びちゃうよ?」
少なくとも乾涸びることはないと思うが、叔母さんも歩実あゆみも俺を心配してか、引き止めてくれる。しかし、
「でも、業者に来てくれって言っておいて、インターホン鳴らしたらもぬけのからで、別の家のドアから依頼主が出てくるってのも忍びないから、今日はもううちで待ってるよ。」
業者に申し訳なさすぎるからな。
「そういうことなら…熱中症には気をつけなさいね。」
「わかってる。ありがとう。それから、3日間わざわざありがとう。助かったよ。」
「可愛い甥っ子には、可愛い娘同様に元気でいてもらいたいからね!」
すごい度量の大きさだ。流石は父の妹なだけのことはある。

「おかーさん!わたしちょっとお兄について行っていい?」
「おまっ、さっき乾涸びるとか言ってたよな?今の俺の部屋を。」
「ほんとよ!歩実の方が心配よ!」
「だいじょぶだいじょぶ!暑さ対策は完璧!」
そう言うと歩実は、どこからかクーラーボックスを持ってきて、開いた。
「冷たいジュースたちとアイスとエトセトラ!」
そこには保冷剤と共に、歩実の言ったものと、エトセトラという言葉で括られた夏野菜が入って…夏野菜?!
「暑い時は夏野菜があればとりあえず大丈夫!」
「いやいやいや!!こんな大量の夏野菜どこで仕入れてきた?!」
「これねー、紗希さきちゃんが実家で採れたって言って、送ってきたやつー!」
「それで異様に紗希ちゃんからの荷物箱の割に少なかったのね。」
こうして気付かぬうちに資本は独占されてしまうんだな、なんて思った。

 「じゃあ行ってくるね!」
「叔母さん、ホントにありがとう。」
「ええ、暑さには気をつけなさいね!」
俺と歩実は徒歩10秒、俺の家に向かった。するとそこにはなぜか人影があった。しまった!業者に予約していた時間を間違えてたか?なんて思っていたが…
「あっ、とーくん、待ち侘びてた…」
「こんな暑い中で?!」
まさかの紗希だった。帰ってきてたのか。
「紗希ちゃんおかえりー!」
「お、歩実ちゃんも…どうもどうも。」
「にしてもどのくらい待ってたんだ?」
「大丈夫、せいぜい3時間くらい。」
「「こんな暑い中で?!」」
小森こもり家で叔母さんと押し問答してたのが恐ろしく申し訳ない。

「それにしても、とーくんは何してた?」
「あー、ここ最近エアコンが壊れててな…」
「だからお兄が熱中症で死なないように、ここ数日うちにいてもらってたんだ!」
「なるほど…理解理解。」
ホントに理解しているのかは謎である。
「で、今日業者が来てくれるから、それまではちょっとうちで耐え忍ぼうということで戻ってきたら…」
「うちがいた、というわけ?」
その通りである。ちゃんと理解していたようだ。

「それで、逆に紗希は何の用でうちに来た?」
「それなんだけど…これ。」
そう言って紗希が差し出してきたのは、中に何かが入った紙袋だった。
「何だ?出してみていいか?」
「どうぞどうぞ。」
勧められたので出してみると、夏野菜盛り合わせだった。デジャヴ…
「…これは?」
「じぃじの家で採れた夏野菜。歩実ちゃんにはもう送ったんだけど、とーくんは基本一人暮らしだし、家に誰もいない時間だったらどうしようかと思って、もう直接渡しちゃえ、と。」
「な、なるほど…」
完全に野菜の持ち腐れ状態になった。
「流石に量は考慮した。歩実ちゃんはおばさんとおじさんの分もあるから箱で送ったけど、とーくんは一人だからこれくらいあれば足りる?」
「足りるどころか…」
「ね?」
「???」

ここで歩実がクーラーボックスを開けた。
「………」
「熱中症にならないようにお兄の家にも野菜持ってきたんだけど…ね?」
「つまりは、そういうことだ。」
「…ちょっとよくわかんない。」
「「何が?!」」
我々は紗希をやや見くびり足りなかったようだ。
「まあ、こんなところで立ち話しててもあれだし、とりあえず中入ろうぜ、多分かなりの温室だけどさ。」
猛暑の中喋り続けて約10分、俺たちはようやく日差しを避けることにした。

 「暑い…」
リビングに並んで座って第一声がこれである。やはり真夏にクーラーが使えないのは死活問題だ。まあ、発展した文明に頼り続けた代償だと言えばそれまでだが。
「とりあえず、何か飲む?」
流石に脱水症状は避けたいので、クーラーボックスから2Lのペットボトルを無作為に抽出した。麦茶だった。ミネラルも含んでいるし、夏にはちょうどいい。3つのコップに適当に注ぎ、テーブルに置いた。俺は一目散に自分の分を取って飲んだ。うん、やはり暑い日はこれだな。
「お兄、そろそろ何か食べない?」
言われて時計を見ると、正午を回ったところだった。
「そうだな。せっかくだし、紗希が持ってきてくれた野菜で何か作るよ。」
「とーくん、太っ腹。」
「お前がくれた野菜だけどな?」
「プラマイ0だよ、紗希ちゃん…」
「はて…」
いつの時代の人だよ…

 紗希が持ってきてくれたのは、トマト、ナス、ズッキーニ、ピーマン、パプリカ、キュウリだ。夏野菜の代表格といったところだな。それに、歩実のクーラーボックスに入っていた分もあるので、相当な量である。
「歩実、一応聞いておくが、お前の家で食べる分は別に残してるんだよな?」
「そりゃあ流石にあるよ!半分くらい持ってきたけど。」
「せめて3割くらいにしとけよ…」
「残してくるのを?」
「持ってくるのを!!」
それなら、俺がもらったやつ全部と歩実が持ってきたうちの半分くらいで作るか…とりあえずまずは、トマトは輪切り、パプリカとキュウリはスティック状にして、皿に盛り付けた。生でも味わいたいからな。

「とーくん、手伝えることある?」
「あー、わたしもー!」
ヤバい、お忘れかもしれないが、この二人に料理をさせると、料理が勝手に毒性を持ってしまう。だから…
「いや、大丈夫だよ。テレビでも見てゆっくりしててな。あと、これはもう食べてていいぞ!調味料はラックとか冷蔵庫から好きなの取ってな!」
俺は切った生野菜を餌に二人の善意を申し訳ないながら辞退した。二人には悪気がないのはわかっている。でも…無理なものは無理だ…!

 気を取り直して、さてさてあとは何を作ろうか…今冷蔵庫には…まあ、3日間何もしてないからな。調味料の類と消費期限が明日までの卵以外何もない。待てよ…たしか冷凍庫には…淡い期待を込めて冷凍庫を開けると、
「ビンゴ!」
冷凍しておいた挽肉があった。これでピーマンは解決!あとは…缶詰の類はどうかと思い、流し下の扉を開けると、トマトピューレがあった。これならいける!野菜に関しては、ニンジンとタマネギは常にあるようにしているのでこれで全てのピースは揃った。俺は調理に取り掛かった。

 およそ30分後。
「とりあえず、できたぞ!」
俺はテーブルに料理を運んだ。できあがったのは、ナスとズッキーニを輪切りにしてオリーブオイルで焼いて塩をかけたもの(尚、料理名は知らん)と、トマトの卵炒め、ピーマンの肉詰めである。正直冷凍挽肉と卵さまさまである。
「わぁー!お兄やっぱすごすぎっ!流石は真凜まりん先輩に教わってるだけのことはある!」
「正直ありもので作っただけっていう適当さだけどな。」
「それでもだよ!!ね、紗希ちゃん!」
「間違いない。とーくん最強。」
それは過言じゃね?
「とりあえず食べようか。」
「「いただきます。」」
食べてみると、やはり素材がいいと適当に作った料理でも最高に感じるな。特にオリーブで焼いたナスとズッキーニは、シンプルな味付けにしたおかげで、それ自体の甘さが際立っている。

「あ、そうだ、そろそろだな。」
そう言ってキッチンに向かうと、ちょうど食べ頃だ。するとトースターも食パンが焼け上がった音を上げた。
「ほい、こっちがメインだ。」
俺が持ってきたのはズッキーニ、ナス、ニンジン、タマネギ、トマトを存分に使ったラタトゥイユである。
「暑い日だけど、あったかいもの食べて暑さに慣れるのも悪くないんじゃないか?」
言いつつ、焼き上がった食パンにラタトゥイユを乗せて食べた。熱いがこれが美味いのだ。それにしても、生のトマトに塩かけて食べると美味いな、これ。その後も我々はひたすら野菜中心の昼食を食べ続け、食べ終わった頃インターホンが鳴り、
きしさんのお宅でしょうか?エアコンの修理に参りました!」
ちょうど業者が来た。やっと地獄から解放されるのであった。

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