見出し画像

12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part6

第百三十三話 脱衣所パニック
 歩実あゆみの家に転がり込んだその晩。 小森こもり家の食卓には、豪華なカニをはじめとした、北海道産の海鮮がずらっと並べられた。壮観である。
「じゃあ食べよっか!」
「「いただきます!」」
とおる、ほんとに遠慮なく食べて!」
叔母さんに勧められ、まずは普段なかなか食べられないカニに手をつける。テーブルの上には出汁を沸かした土鍋がある。このカニやブリのしゃぶしゃぶ用ということらしい。数秒間しゃぶしゃぶして、まずはそのままカニを頬張る。
「…!!」
カニ、美味ぁ…!カニってこんなに美味いの?!そのあまりの美味さに言葉を失う。
「徹、ご満悦?」
「…これはすごいや!カニ美味すぎる!」
「それはよかったよ!歩実も食べな?」
歩実も同様にカニをしゃぶしゃぶしてかぶりついた。
「んーーっ!!」
そして同じようなリアクションになった。そうだよな、カニを食べると声にならない感動が押し寄せてくるのはさっき身に染みてわかった。

 その後も卓上に並ぶ品々をどんどん食べていき、自分でも驚くほどに料理が消えていった。相当夢中になって食べていたらしい。
「「「ごちそうさまでした!」」」
北海道の魚介、最高だったな。エビはプリプリ、ホタテの貝柱はとても柔らかくて、どちらも味の濃さがスーパーに売っているようなものとは段違いだった。だが何よりやはりカニがいい意味で絶句だった。何だ、いい意味で絶句って!なんて自分でも思ってしまったが、ホントに言葉を失うほどに美味かったのだ。
「兄さんとか紗希さきちゃんもいればよかったのになぁ。」
「まあ、紗希は帰省中だししょうがないよ。父さんも仕事忙しくて帰って来れそうにないみたいだし。」
「でも伯父さんもきっとこの海鮮食べてたらきっとわたしたちみたいな反応してたよね!」
「いろんなところ飛び回ってるから各地の美味いものもたくさん食べてるだろうから何とも言えないかな。」
でも父さんにも紗希にもこの味は味わってほしかったな、一緒に。

 しばらく食休みした後、
「お風呂沸いたよー。どっちか入っておいで!」
叔母さんが言った。でも、
「いいよ、風呂くらいは自分の家の使うから。着替えも向こうだし。」
ホントに何も準備せずに来てるからな。
「でもお兄、これから家のお風呂洗って沸くのも待ってたら遅くなっちゃうよ?」
「その通り。だから、着替えだけ持ってきてこっちで入っちゃいなさい。」
…ぐうの音も出ないな。仕方がないので二人の助言に従うことにした。

 約30分後、自宅から着替え一式や洗面具、部活用品だけ持って小森家に戻ってきた。想定していたより持っていくべきものが多かったこともあり、必要以上に時間がかかってしまった。
「お、割と遅かったね!」
「あれ?歩実は風呂?」
「あー…いや、ちょっとやりたいことあるって言って部屋に戻ってるから今のうちにお風呂入ってきて!」
若干の間があったが気のせいだろう。叔母さんがそういうので、俺は寝巻きとタオルを持って風呂場に向かった。それにしても一年生は課題とかも多いのだろうか。夕食後に大変だな。俺の憶測でしかないが。

小森家の風呂場は脱衣所兼洗面所とドアを隔てて繋がっている。幼い頃はたまにこの風呂に、それこそ歩実と一緒に入れられたりしたが、もう何年ぶりだろう。しかしホントに昔と何も変わっていないな…なんて思いつつ上のTシャツを脱ぎ、脱衣カゴに入れた。ここで、
「あれ?」
風呂場の電気が点いていることに気づいた。さては叔母さん、風呂洗った後消し忘れたな?まあ俺もたまにやるけど。

その後、Tシャツの中に来ていた薄手のシャツに手をかけた。その時だった。急に風呂のドアが開き、そこから一糸まとわぬ歩実が出てきた。想定外の出来事に俺は動きを止めてしまった。そしてその間歩実の動きも止まっており、目をパチクリさせていた。否が応でも目に入ってしまう。小さく膨らんだ胸も下腹部も。別に従妹いもうとの裸体を見て発情するほどの猿ではないが、流石に気まずいし見てはいけないものを見てしまっているのに変わりはない。俺は慌てて後ろを向いた。しかし、ここが脱衣所兼洗面所だったことを失念していた。そう、鏡があったのだ。後ろを振り返ったところで鏡越しに歩実の裸体が目に入る。俺が慌てている間にも歩実は時が止まったかのように微動だにしない。上手く思考回路もまとまらず、どうしたらいいかわからなくなったので、ひとまず目を塞いだ。

そして一旦落ち着いて考えようと努めた。これ、俺が一旦ここから出れば解決…だよな?歩実には後で謝ればいいか。そう思って洗面所のドアに手を伸ばした…のだが開かない!!なんで?!外側からかんぬきか何かがかかっているかのようにびくともしない。あれ?俺これ詰んだ?ドアが開かないという事実は余計に俺を焦らせた。そしてここでようやく、
「えええぇーっ!!お兄?!ちょっと今こっち見ないでー!」
歩実が動き始めると共に声を上げた。当然だが歩実も相当焦っている。
「歩実すまんっ!叔母さんからお前が部屋に戻ってるって聞いてたから…って、ん?」
待てよ?ここで急に俺の思考回路が再び正常に動き出した。

歩実がどこにいるのか尋ねた時の回答までの間、俺に風呂に入らせようとしたこと、そして今ドアが開かないこと…
「これ、叔母さんに図られたな…」
何の目的や理由があってかは知らないが、俺が風呂で歩実と鉢合わせるのを狙い、実際その通りになった、といったところだろう。
「でもホントになんでだろう…」
「んー…わたしもわからない…あっ、でも…」
歩実も落ち着きを取り戻して来たようだ。
「わたし、ちょっと心当たりあるかもだから、あとで問い質しとくよ。あ、あともうこっち向いてもいいよ!」
歩実が言うのでドア側から向き直るとバスタオルを巻いた歩実の姿があった。何かは着ていてほしかったが一糸まとわぬ状態よりはマシだが。

「まあ、心当たりあるなら任せるけど、今この状態、どうする?」
閉じ込められていると言っても過言ではない空間にタオルしか身にまとわぬ従妹と二人。何が正解だ?
「とりあえず歩実、また反対向いて目も塞いでるから着替えてくれ。」
「…ごめん、わたし昔からの癖で、部屋に戻らないと着替えないんだけど…」
となると完全に八方塞がりか。

「でもお兄、なんで着替えてほしいの?」
「流石に従妹とはいえ、タオル一枚の歳頃の女子といるのは気まずいからな。」
「なーんだ、わたしに発情しそうなわけじゃないのかー。」
え、なんでちょっとつまらなさそうなん?
「誰が従妹の裸で発情するんだよ…」
「いや、世界探せば割といると思うよ?」
「とはいえ流石に歩実の裸見たくらいで興奮したりはしないから安心しろって。」
「…じゃあ、えい!」
そう言うと歩実は巻いていたバスタオルを外し、再び裸体を露わにした。

「ちょっ!何やってんだよ!」
「あれ?お兄焦ってる?」
「そりゃあ焦るだろ!従兄妹とは言え易々と男に裸見せるな!」
「でも興奮は?」
「断じてしていない!」
完全に宣言した。すると、
「わたしはお兄の従妹だけど、それでも一人の女の子だから!裸見られて全く興奮されないのも、それはそれで腹立つ!」
たしかに俺の背が中高でだいぶ伸びたのもあって気にならなかったが、コイツだって背も伸びたし、身体構造も十分女性としての成長も物語っている。要するに、従妹である以前に一人の女性だから全く意識されないのも女が廃る、と言いたいのか。女心は複雑なんだな。

「わかった、ごめんな。お前もちゃんと女の子なんだもんな。配慮…はしてたつもりだけど、もっと女子として接してやるべきだったな。」
「そうだよ、わかればよろしい!」
そう言うと歩実は再びバスタオルをまとい、俺に背を向けた。順番逆じゃね?
(はぁ…わたし何やってんだろう…紗希ちゃんのこともみんなのこともあるから、わたしは妹分でいようって決めてたのに、今更女の子としてちょっとは意識してほしいとか、ダサいな、わたし…)
少ししてドアが開くようになり、歩実は脱衣所を出て、俺は風呂に入った。俺が風呂から上がると、歩実の説教を星座で受ける叔母の姿があったのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?