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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part38

第百六十五話 お祭りと銃と弾痕
 マ○ドを出て駅の改札前に向かうと、
「あ!きしさん!お待ちし…じゃなくて、奇遇ですね!」
もう田辺たなべさんがいた。そういえばこの前蕎麦を食べに行った時も俺が着く頃にはもう待ち合わせ場所にいたっけ。あの時はちょっとしか待ってないと言っていたが、今回はお待ちしてましたと言いかけたくらいだから、おそらくもう着いてから結構経つのだろう。大城おおしろ先輩と射的の練習をしたり芹奈せりなとハンバーガーを頬張っていたのが申し訳なくなってきた。それにしても、
「お疲れ様。でも、奇遇?」
待ち合わせしていたのだから奇遇も何もないだろう。田辺さんがこんな言い間違いをするのは珍しい。
「あ、えっと…いや、私も今着いたところなので、タイミング的に奇遇だなと…」
「え、でも最初お待ちしてましたって…」
「タイミング的に奇遇なんですっ!」
めっちゃ言い切るじゃん…
「それじゃあ、時間的に丁度いいですし、そろそろ行きましょうか!」
「…そうだね。」
うん、もう考えるのはやめた。とにかくこの祭りを楽しみ、せっかく誘ってくれた田辺さんにも楽しんでもらおう。


 さて、今日は岸さんとお祭りに来ています。岸さんにはそんな気はないだろうし、鈍感な岸さんにはわかってないんだろうけど、今日は私からしたら、岸さんとのお祭りデート。最大限楽しみたいところです。ただ、楽しみにしすぎたが故に、つい集合の1時間くらい前には駅に着いてしまいました。私は何を浮かれているんでしょうね…ともかく、岸さんと合流できた今、もう二人で楽しむことしか頭にはありません。ただ、強いて言うなら…
「田辺さん、最初どうする?」
「えっと…あ!わたあめ空いてますし、買いませんか?」
岸さんを狙うライバルが多い中、出し抜く形での今日…鈍感な岸さんに、精一杯猪突猛進にアピールします!というか…
「あれ?田辺さん、どうしたの?そんな難しい顔して…」
「え、そんな顔に出てました?」
「まあ、俺が見てもわかるくらいに。」
しまった…つい顔に出してしまった。
「本当に、別に何でもないのでお構いなく!」

逆に不自然になってしまいました。言えない。私が大城おおしろ先輩からのプールのお誘い断ったがためにその日偶然プールにいた岸さんと会えず、しかもその日の写真を大城先輩に送られて嫉妬と後悔に苛まれていたなんて。これに関してはプールを断った私も悪いけど、実質出し抜かれたようなものだし、出し抜き返していいですよね!…ってあれ?そういえば別に大城先輩は岸さんへの好意とかはなかったはず…結局どうなんだろう…
「ホントに大丈夫?ずっと考え込んでるけど。」
どうやら私は相当長いこと考えていたようで、気がついたらわたあめの屋台の最前列に来ていた。
「あ、すみません。ちょっと気になることがあったもので…」
「そう?まあいいや。どれにする?」
「えっと…ノーマルで。」
「じゃあ、ノーマル一つお願いします。」
「あれ?岸さんはいいんですか?」
「まあ、まだあまりお腹空いてなくてさ。」
「ごめんなさい、岸さんの状態知らずにわたあめ行かないかとか…」
「いいんだよ、今日誘ってくれたのは田辺さんなんだから、まずは言い出した人が楽しんでくれなきゃ!」
…岸さん優しすぎです。ああ、私、本当にこの人のこと好きだな。


 流石に祭りの前に芹奈とハンバーガーを食べたからとは言えなかった。だが、田辺さんが深掘りしないでくれで助かった。
「でも岸さん、食べなくていいんですか?」
「まあ、さっきも言ったけどお腹あまり空いてないし。」
「…じゃあ岸さん、口開けてください。」
言われるがままに口を開けると、田辺さんはちぎったわたあめを指ごと俺の口に突っ込んだ。いや、餌付けじゃないんだから…
「美味しいですか?」
「まあ…美味いけど。」
織田おださん、これであのファミレスの時のことはチャラですよ。)
田辺さんは紅潮しつつニヤついている…なんか、ちょっと怖い。

 続いてやって来たのは、
「岸さん!これやりましょう!」
先程大城先輩と練習した射的である。先輩と来た店とは別の店だが。
「いいね、やろうか。」
「岸さんは射的やったことありますか?」
「えーっと…あるにはあるかな。そんなたくさんはやってないけど。」
一応先輩とさっき練習したことは言わないでおこう。
「そういう田辺さんは?」
「私は結構ありますよ!正直下手ですけどね。」
どういうわけか、この世の中は好きこそ物の上手なれとはいかないようだ。哀しい哉。


 私の好きな射的にやってきたはいいものの…
「岸さん、本当にあまりやったことない人ですか?」
岸さんが異様に上手すぎる…私は得意ではないものの好きでかなりやりこんでいるのに、次々と的に命中させる岸さん。対して私は…
「ああ!惜しい!」
岸さんは惜しいって言ってくれるけど、正直そんなことはなく、全部かなり外れたところに飛んでいってしまいました。しかも何発かは店主さんに当ててしまっているので、惨めなだけでなく申し訳ない気持ちでいっぱいです。私、射的好き名乗るの辞めようかな…
「そういえば田辺さん、ずっと同じ景品狙ってるっぽいけど、あれほしいの?」
岸さんはすごい。あれだけ全部文字通り的外れに撃っているのに、私の狙いがわかっていらっしゃる。それだけの洞察力を持っていながら、どうして恋愛にだけは鈍感なんだろうかと、私は不思議でたまらない。
「そうですけど…」
私が答えると、岸さんは最後の一発を銃口に詰めて銃を構え…私のほしかった景品を一発で撃ち落としてみせた…岸さん、絶対あまりやっていないわけがないですよね。

「はい、これ。」
そう言って岸さんは、撃ち落とした景品、猪の形の消しゴムを私に差し出した。銃を肩に担ぎながら。
「え、いいんですか?」
「ああ、ほしそうだったからね。一発でいけるか不安だったけど、当てられてよかったよ。」
岸さんは微笑みながら、私の手に消しゴムを置いてくれた。そして私の心は、そんな岸さんの笑顔に改めて撃ち抜かれてしまいました。

初めて会った時…図書室での委員会集合で岸さんとペアになって、解散した後に本を読んでいた私に話しかけてくれた。それこそ一目惚れでした。もちろん岸さんのお顔も好きですけど、私に話しかけてきて、私の話を聞いてくれた時の声や目の優しさ。その全てに一瞬で惹かれ、心を撃ち抜かれてしまった。その時の弾痕は今も尚消えることはないのだけれど、今日それがさらに深くなりました。

時計を見ると、時刻は19:30。私は弾痕がつけた胸の痛みも全て吸い込むように深呼吸をし、
「…岸さん!ちょっとこっち、来てください!」
意を決して声をかけ、岸さんの手を引いた。
「えっ、ちょっ…田辺さん?!」
珍しく岸さんを驚かせることができた。なんか、こんな些細なことも嬉しいです。が、今はそれどころじゃないので、岸さんの手を引いたまま、私はある場所目掛けて走り出しました。

 走ってやってきたのは、駅ビルの屋上。
「田辺さん、どうしてここに?」
…その目的は二つ。一つは、
「岸さん、あっち見てください!」
私が指差した方向に花火が上がった。ちょうどいいタイミングでした。元々今日は、岸さんとお祭りはもちろん、この花火を眺めのいいところで一緒に見たかったのです。
「すげえ…」
岸さんは食い入るように花火を観ている。
「林間学校の時も綺麗でしたけど、あの時は裏方として動いていたのでちゃんとは味わえませんでしたからね。こうやって観る機会がほしかったんです。岸さんと。」
そして二つ目の目的。これはさっきの突然の思いつきですし、ライバルを出し抜いて申し訳ないですけど、もう限界です!
「岸さん!」
「ん?」
岸さんが私に向き直る。私は意を決して告げる。
「好きです!」
同時に花火の爆音が鳴り響いた。


 田辺さんが俺に何か言っていたが、正直何を言っているのか、花火の音のせいでわからなかった。そして生憎あいにく俺は読唇術を心得ていないので推測は当てにならない。だが、おそらく会話の流れ的には『綺麗でしょう?』とかではないだろうか。長さもそのくらいだったし。となると俺の返答は…
「そうだね、綺麗だと思う。ここに連れてきてくれてありがとう。」
俺がそう返すと、田辺さんは一瞬ムスッという表情をした。なぜだろう。しかし、
「…いえ、喜んでいただけてよかったです!」
笑顔でそう答えてくれた。
(釈然としない…花火のタイミングも悪いけど、岸さん、私の雰囲気とかから察してほしかったです…でも、この鈍さが岸さんですもんね。やはりある意味難攻不落ですけど、それでこそ攻略しがいがありますし…いずれ!必ず振り向かせてみせます!)

 何はともあれ、お互いにとって楽しい夏休みの思い出になったと思う。それにしても、大会を観戦、参戦し、友人と打ち上げをして、自由研究の手伝いをし、プールで遊んで、部活のみんなで食事をし、父さんの帰還を出迎えてそして夏祭り。とんでもない怒濤の9日間だった。だが、今年の夏休みがこれまでの人生で最高のものになったのだけは、紛うことなき事実であった。

狂瀾怒濤の9日目fin.


 皆様、お久しぶりの挨拶ですみません。ばっちです!なんとか、第5章完走することができました!気がついたらもう150話を回っていて、自分でも驚きました。ホントに塵も積もれば山となるとはこのことですね。

 この第5章は夏休みのストーリーでしたが、皆様は青春時代の夏休みの思い出とかはありますか?私は、自称青春灰色男ですので、この物語のような眩しい夏休みは遅れていませんでしたので、この第5章は全て私の痛い妄想で書いてきました。大学生になった今も灰色のままで、しかも大学は夏休みが長く、より徒に過ごす時間が増えてしまったような気がします。ホントは免許とったりしたいのですが、今年の夏はイギリスに行ってきます!留学です。初めての海外なので、日本では普段味わえないことを、精一杯吸収してこようと思います。これまでの人生で最も有益な夏休みの使い方になりそうです笑

 それでは、今回で第5章が終わりましたので、次回金曜日の投稿より、第6章始めさせていただきます!ここまでお読みいただき、ありがとうございました!今後とも宜しくお願いいたします。以上、ばっちでした!

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