12シトライアル第六章 八百万の学園祭part4
第百六十九話 まずは土俵から
どーも!由香里です!今日は二学期の始業式の後、現在は部活での学園祭の準備に勤しんでいます!部長の奏音ちゃんや森くん、副部長のあたしやとーるがメインになって計画などを進めていて、今日は出し物をするにあたって必要なものの買い出しに行っている。ちなみにあたしたち四人がまとまってしまうと、責任が分散できなくなってしまうから、今回は奏音ちゃんととーる、森くんとあたしに分かれてみた。何気に部活のことでとーると行動を共にしないっていうのも久しぶりだ。多分、去年の新人戦が終わってからは、基本的にずっととーるといた気がする。まあ、あたしがくっつきたかっただけなんだけど。
「あの…由香里センパイ、ちょっといいですか?」
あたしと同じく素材の買い出し担当になった玲ちゃんが話しかけてきた。
「ん?どしたの?」
「あたし、学園祭とか初めてなので、どう立ち回ったらいいものかと…準備においても当日においても。」
たしかに近頃…近頃だけかはわからないけど、学園祭がないという中学校も少なくないと思うし、実際あたしの中学にもなかった。初めてともなればそりゃ緊張するよね。
「んー、そだね…あたしもゆーて2回目だからちゃんと慣れてるわけじゃないけど、うちの高校は、クラスの出し物頑張る日と部活の出し物頑張る日、それからそういうの一切考えずに楽しむ日ってことで分けてくれてるから、それぞれ分けて考える方がいいよ!」
「分けて考える、ですか。」
「そう!例えば玲ちゃん、卓球部のシフトに入ってるのっていつ?」
「えっと、土曜日です。」
「土曜だと…あ、とーると同じだ!」
「そうでしたっけ?」
「うん、とーるの担当は覚えてるから!」
「ほんとに岸センパイのこと好きですよね、由香里センパイは。」
それを言われると何も言えないけど、
「それは玲ちゃんもでしょ?」
と返すと、玲ちゃんは口を噤んだ。
「あのー、こんな近くでそんな話をされたら気まずいんだが…」
一同を先導していたため、近くにいた男子部長の森くんがそう宣う。
「あれ?そういえば、あたしたちのこと森くん知ってるの?」
「大体察してるだけ。多分岸本人以外は大体察してるんじゃない?二人が思ってる以上に二人…いや、下北さんも含めて三人ともだいぶわかりやすいから。」
別に隠す気もないからいいけれど、そこまで察されておいて、なぜとーる本人は気づく気配が微塵もないんだろうか。もはや鈍感を通り越して感覚がないんじゃないだろうかとも思えてしまう。
「これ…俺らは誰を応援すればいいんだ?」
森くんがさらに一歩踏み込んできた。そしてさらに近くにいた部員もこちらに耳を傾けていたり、こちらの様子を伺っているのが見てとれた。考えてみれば、みんな大体察しているということは、みんな三人のうち誰を応援すべきかというトリレンマに苛まれている、と言うこともできる。ちょっと大袈裟な表現だけど。
「誰をって言われても…」
「何とも言い難いですね。」
「ね。しかもとーる本人は超絶怒濤の激鈍男子だから、どちらかと言うと、ライバルを蹴落とすっていうよりも、みんなでとーる攻略の糸口を掴むのが今は最優先って感じだもんね。」
「ほんとですよー。」
つまり諸悪の根源は、好かれる要素をめっちゃ持ってるくせに鈍感にも程があるというとーるなんだ。そうである以上、あたしたちの間でくだらない諍いをしていても、それこそ堂々巡りだ。
「てことで、あたしらとしては、あたしたちのうち誰かを応援するよりは、とーるの鈍さを改善するのを協力してほしいかな。誰かを応援してアンフェアが生じるくらいなら、こうやってみんなで戦いやすい土俵を作ったうえで公平に戦いたいってのがあたしの本音。玲ちゃんは?」
「それに関しては完全に同意です。あと多分心愛もそう感じてると思うし、他の皆さんもきっとそうです。」
土俵が整備されていない、それどころかそのための土地すらボコボコというのが、あたしたちがとーるを巡って戦う場の現状だ。そんなところで相撲がとれないように、そんなところでとーるに立ち向かっていったとしても、生き残れる人は多分いない。だからその土俵を作るというのが、あたしたち全員にとって最善手と言えるんだ。
「…わかった。正直岸に関しては、鈍すぎてむしろ見てる俺らの方が腹が立ってきてるから、そこに関しては協力させてもらうよ。部員一同。」
果たして部長の力を部活自体とは関係ないところで使ってしまっていいのかとは思うが、そう言ってもらえたのはあたしにとって、そしてライバルみんなにとって大きな前進だ。
「ところで…さっき金本さんが他の皆さんもって言ってたけど、そんなにライバル多いの?」
森くんに尋ねられる。そういえばさっきそう言ってたな、玲ちゃん。
「まあ、言ってしまうとそうだね。現時点で、あたしたち三人を除いて…約四名程。」
「競走倍率7倍…岸がそこまで狙われているとはね…もう逆にアイツのこと尊敬だな。よく七人も自分に想いを向けているのに気づかないな。」
完全に同感です。
結局玲ちゃんへの学園祭の話は逸れに逸れまくり、あたしたちの恋愛トークをしながら歩き、目的地の店に着いた。
「さて、じゃあ早速諸々買いますか。」
今回買わなければならないのは、的の枠として使う板状の木材とその加工に必要な鋸やヤスリの類、それから的本体となるプラスチック板。的本体も木材でいいのでは?という意見もあったけど、プレーするのは卓球の経験がない人かほとんどということを鑑みて、的は軽い素材にして当たったらほぼ倒れるくらいにした方がゲームとして成立するのではないか、というとーるの見解を採用する形でプラスチック板を使用することになった。とーるは鈍いけど、配慮の鬼ではある。あたしは不思議でたまらない。
「由香里センパイ!ヤスリってどれがいいですかねー?」
ヤスリ売り場を見つけた玲ちゃんか尋ねてきた。
「えっとね…とりあえず目の荒いやつと逆に細かいやつ、どっちも買っといた方がいいね。なんならその中間くらいのも。」
「なるほど…じゃあそれと、こういうのは使いますか?これも商品名にはヤスリとしか買いてないんですけど…」
そう言って玲ちゃんが手に取ったのは、取手のついた細長いヤスリだった。にしても商品名『ヤスリ』って…この店テキトーかって。それにしても、これはたしか…
「これなんだっけ?あたしも思い出せないや。」
なんか中学生の時に、技術の授業で使った覚えはあるけど、いまひとつ使用対象とかわからない。こんな時は誰かに訊くが吉だけど、周りには誰もいない。となると…
俺や長谷部さんの一行は、画材を求めて店にやってきた。そして俺と下北は塗料を探していた。みんなはハケとか道具の方を探している。
「先輩!この色どうです?」
「ああ、ちょうど良さそうだな。でももうちょっと明るくてもいいかも。」
「たしかにそうかも…じゃあこれどうです?」
そう言って下北が差し出した青色の塗料は、卓球台と同じくらいの色合いで、プレーの際にも見やすいだろうと思った。そんな折、
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prr…
ポケットの中のスマホが震えながら鳴り出した。スマホを取り出すと、由香里からの着信だった。
「もしもし。どうした?」
「あ、とーる、一回ちょっとビデオに切り替えて?」
何か緊急事態か?とは思ったが、言われた通りにビデオ通話に切り替えた。
「とーる、これって何だっけ?商品名には大雑把にヤスリとしか買いてなくてさー。」
そう言って由香里が画面越しに見せてきたのは…
「それダイヤモンドヤスリだな。基本的に金属の加工に使うから、今回は必要ないよ。」
「なるほど…あとついでに、紙のヤスリ以外におすすめのヤスリある?」
おすすめのヤスリか。木材の加工なら…
「のこヤスリとかどうだ?なんか鋸みたいに目がギザギザなやつ。」
俺がそう言うと、
「もしかしてこれですか?」
由香里の横から金本が顔を出しながら手に持ったものを見せてきた。
「それ!それがのこヤスリ。微調整とかするなら紙のヤスリの方がいいけど、ある程度一気に削りたい時はそれを使うといい。」
「いやー、つくづくとーるに訊いてよかった!わざわざありがとね!じゃあまた!」
「おう。」
やっぱりとーる頼れる!ほんとにとーると仲良くなれてよかった!よかったけど、同時にちょっと懸念点でもあるんだよね…そんなことを改めて確認したあたし、織田由香里なのであった。
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