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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part25

第百五十二話 相席図書館
 午前中にジュースとエタノールを買いに行った時よりも日が昇っていることもあってさらに暑い中、俺と歩実あゆみは図書館まで自転車を走らせている。歩きの時よりも風を感じられるのがせめてもの救いだろう。
「そういえばお兄、明後日伯父さんが帰ってくるじゃん?」
「そうだな。」
「何しようとか決めてるの?」
「特にはないかな。別に、特別どこかに行くべきってわけでもないし、珍しく父さんが夏に帰ってくるんだから、たまにはゆっくり過ごすのもいいだろ。」
「まあ…それもそっか!」
「夜は叔母さんが用意してくれるって言ってたよな?」
「うん!」
「じゃあ俺、昼の分は作るから図書館からの帰りに買い出しだけどしちゃうかな。」
「ならわたしも手伝う!」
「そうか?ありがとな。」
明後日、楽しみだな。

やがて図書館に着いた。
「じゃあ、わたし参考になりそうな本探してくるね!」
「俺はここ座ってるから、必要があればいつでも言ってくれ。」
「うん!ありがとう!」
レポートの参考文献を探しに行く歩実を見送りつつ、俺は自分のカバンに手をかけ、この前塾で速水はやみ先生に出された世界史の宿題を取り出した。それにしても…夏休みということもあって、人多いな。みんな学生だろうか。ほとんどの席が埋まっている。実際、この席だってやっとのことで見つけたくらいだし、席を求めて彷徨っている人もちらほら。なんならこの席は四人がけだが、歩実が戻ってくるとは言え、今は側から見ると一人で占有しているように見えるだろう。申し訳ない…

なんて考えていると、そんな彷徨っている人のうち二人が俺の席目掛けて真っ直ぐ進んでくる。空いているとは言え流石に知らない人と相席は…と思ったが、
きし!」「とおるさん!」
「「相席いいかしら?/ですか?」」
知り合いだったので杞憂に終わった。それにしても…
信岡しのおか杏奈あんなちゃんって珍しい組み合わせだな。」
「そう?以前イタリアンの店で会ったじゃない?あの時以降ちょくちょく会ってるのよ。」
…なるほど?
「それで今日は、一緒にお勉強させてもらって…というか朋美ともみさんにご教授いただいて、その後二人でスイパラ行きましょうってことになってたんです!塾もお休みですし。」
そういえばあの時、二人ともスイーツ食べまくってて甘党繋がりができていたような…

「徹さんも今日は塾がなくてお勉強に来たんですか?」
「まあ、半分そうなんだけど…」
「何よ、半分って…」
という会話を交わしていると、
「お兄!ただいま…ってあれ?!朋美先輩と杏奈ちゃん!お兄たちの試合の時以来ですね!」
歩実が帰ってきた。
「あら、従兄妹けいまいで来てたのね。」
「ああ、歩実が自由研究のレポートを書くのに参考文献が要るから、その付き添いがてら、杏奈ちゃんも言ったように俺も勉強しようかなって思ってな。」
正直ここまで混むとは思ってなかったから、思ったような勉強ができるかはわからない。だが普段と違う環境での勉強ということで、ある種気分転換にはなるだろう。
「それに、お兄連れてきたら、わからないところがあれば訊けるし!」
「歩実さん、いつでも徹さんに質問できるのすごく羨ましいです。」
半ば恐れ多いことだ。

「二人はどうして…って訊くまでもないですよね。」
「そうね。そうだ、歩実ちゃんも終わったら一緒にスイパラ行かない?」
「スイパラ?!いいんですか?!行きます!」
「徹さんはどうですか?」
「俺は遠慮しておくよ。この後、ちょっと用事あるしな。それに、スイパラに女子3人男1人は気まずいことこの上ないし…な?」
「あんたほんとに変なとこは気にするわよね。」
言うほど変なところか?疑問に感じていると、歩実がハッとした顔になった。
「そうじゃん!お兄ごめん!忘れてた!」
おそらく行きに話した買い出しのことだろう。
「歩実ちゃん?そんなに慌ててどうしたの?」
「わたし、図書館の帰りにお兄と買い出しに行く約束してたんです。久しぶりにお兄のお父さんが帰ってくるから、その準備をって。」
「久しぶりに?」
「帰ってくる…ですか?」
「まあ、ちょっとうちは色々あってな。でも歩実、遠慮しなくていいよ。元々買い出しは一人で行く予定だったし、俺に構わず楽しんできていいんだぞ。信岡、杏奈ちゃん、スイパラ行く時、歩実のこと任せていいか?」
「ええ。」「もちろんです!」
「お兄ほんとにありがとう!」
「おう。だからとりあえずレポート頑張れ。」
俺たちは各々の作業に入った。

俺の向かい側では、信岡が杏奈ちゃんに英語を教えていた。お、どうやら杏奈ちゃんの英語の問題については解決したようだ。吸収が早いんだな…一方俺は必死こいて世界史と格闘中。
「岸、あんた世界史ほんとに苦手よね。」
杏奈ちゃんへの指導を終えた信岡からの一言。
「ああ、流石に期末試験で52点なんか獲っちまったらやらないわけにはいかないだろ。まあ正直全然わかんないんだけどな…」
「あんたマジで大丈夫?他の科目はあれだけできるのになんで世界史だけはできないのよ…」
「それは俺が知りたい。なんか覚えられないんだよな…ほら、歴史は繰り返すって言うだろ?それでどの戦いもどの革命も同じに見えたりしてならないんだよ。あと、人が人を殺したり人と争ったりする理由訊かれたりしても、そんなの知りたくもないんだよな…」
「何達観したような感じで詭弁家になってんのよ…あんた、将来の夢は?」
「弁護士。」
「なら動機とかにも目を向けなさいよ!」
…ごもっともです。

「ともかく、割と暗記っていう行為自体が苦手なんだよ。」
「たしかにあんた、数学とか物理とか化学とか、そういう計算する科目は異様にできるのよね。」
「ああ、だからこんな出来事があったからこんなことが起きた、みたいに論理的に考えれば多分覚えることも少なく済むんだけど、なぜかそう上手くいかないんだよな…」
「世界史へのアプローチとしてはなかなか稀有だと思うわ…まあとりあえず頑張んなさい。あたしは日本史選択だから世界史はわからないけど。」
とにかく世界史は量をこなすしかないかな。

 2時間ほど経った頃だろうか。
「歩実さん、そういえばずっと訊きそびれてたんですけど、なんの実験のレポート書いてるんですか?」
「お兄に教えてもらって且つ協力してもらった、DNA析出実験!」
「DNAを?!そんなことできるんですか?」
自分の勉強を終えた杏奈ちゃんは、歩実の実験に興味津々だ。
「お兄の指示の通りにやったらできた!」
「徹さん、そんなことまでわかるんですね…」
「まあ、原理がわかるくらいだけどね。」
「岸、あんた今からでも理転したら?あたしはさっぱりわかんないわ。」
俺も夢が理系だったら多分…いや、絶対理転している。いかんせん夢が弁護士だからそうもいかないのだ。

「そういえば岸、あんたさっき久しぶりにお父さんが帰ってくるって言ってたわよね。」
「え?ああ。単身赴任しながらいろんなところを飛び回ってるからなかなか帰って来れないんだよ。例年は年末年始くらいしか帰って来れないんだけど、今年は夏にも帰って来れるって聞いて驚いたさ。」
「なるほどね。じゃあお母さんと準備して、お父さんを出迎えるための買い出しってことね。」
「…まあ、大体はそんなところ、かな。」
「?」
それがホントは理想なんだろうが、うちは訳アリだからそうもいかない。その代わりと言ってはなんだが、歩実と叔父さん叔母さんも一緒に出迎えてくれる…ってそういえば、なんで今回は帰ってくることを俺より先に叔母さんと歩実が知ってたんだ?例年、年末年始に帰ってくる時は俺に最初に連絡してくるのに。些か謎である。

 さらに1時間弱経ち、時刻は15時前。
「これで…よし!終わった!お兄、チェックお願い!」
「あいよ。」
歩実が一通りレポートの作成を終えて、俺に間違いや不備がないかの確認を依頼してきた。俺がちょいちょい教えながらの作業だったとはいえ、俺にもわかる程のミスはなかった。強いて言うなら実験の過程の写真に歩実が恣意的に映り込んでいるものが何枚かあることくらいだが…それはもういいや。
「うん、よく書けてる。これでいいと思うぞ。」
「ホント?!やったー!」
「お疲れ様でした、歩実さん!」
「それじゃあ…杏奈ちゃん、歩実ちゃん、スイパラ行きましょ。」
「「はい!」」
「歩実、帰り気をつけてな。」
「大丈夫!ありがと!」
「徹さん、また塾で!」
「ああ、また。あと信岡、改めて歩実を頼む。」
「任せなさい!」
こうしてスイパラに行く三人と別れ、俺は一人買い出しに向かうのだった。

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