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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part29

第百五十六話 致死量の爽快感と致死的な一撃
 休憩中、大城おおしろ先輩との会話のネタを探すのに恐ろしく苦労したが、先輩が出してくれた話題で会話を続けつつ、かき氷を食べていた。本日2杯目のかき氷、明日お腹壊さないか些か不安ではあったが、せっかくの頂き物なのでしっかり食べている。そんな折、
きしくん、ちょっとこっち向いてくれるかしら?」
先輩がそういうものだから先輩の方を見ると、先輩がスマホでカメラを起動していた。このプール持ち込みOKだったのか…もちろん、濡れないようにビニールのパックに入っているが。そして呆気に取られている間に、撮影ボタンは押されてしまった。この人、割と自撮りのツーショット好きだよな…前も図書室でこんなことあったし。
「ありがとうね。」
「い…いえ。」
(さーて、この写真早苗さなえちゃんに送ってまた揶揄からかってあげようかしら!)
また先輩の含み笑い…なんとなくわかる。先輩は何かは知らんが良からぬことを考えているに違いない!

 それから少しして、
流唯るい先輩!とおるくん!いつまで休んでるんですかー!遊びましょうよー!」
真凜まりんからお呼ばれがかかった。ホントにアイツ元気だな…もう俺は十分休めたので、真凜に言われるままにプールに向かったが、
「なあ真凜…どんだけ遊んだんだよ…もう紗希さき桃子とうこも完全ダウンしてるじゃねえかよ!」
「あはは…ついね。私の思うままに遊んでたらこうなっちゃった!」
「で、遊び相手がいなくなったから俺と先輩を呼んだと…そういうことだろ?」
「ご名答!」
紗希、桃子、ご愁傷様。俺は心の中で合掌した。

(あれ?これいい機会じゃない!真凜と岸くんを二人きりにできるじゃない!真凜に肩入れすることになって桃子ちゃんたちには申し訳ないけど…その方が面白いもの!)
出た!また先輩の良からぬ含み笑い!
「真凜、ごめんね。私、もうちょっと休ませてもらえないかしら?まだなかなか疲れがとれなくて…それに、ダウンしてる二人をこのまま放っておくわけにもいかないじゃない?」
あれ?悪いことを考えている風ではない…流石に俺の気のせいだったか。たしかに、ダウンしてる紗希と桃子を二人だけで放っておくのはあまり得策ではないし、その点先輩がいれば安心か。
「ってことだから、岸くんだけ!ね?」
そう言うと先輩は、真凜に謎のアイコンタクトを送った。結局、先輩の思考は善悪どちらなのか…まあ、俺と真凜を二人にしたところで、先輩にとって自身がまだ休める以外にメリットはなさそうだし、別に何か企んでいるわけではなさそうだな。
「…じゃ、じゃあ徹くん、遊びましょ!」
「あいよ。」
先輩に裏がないと信じて、俺は真凜に付き合ってやることにした。
「じゃあ先輩、二人のこと頼みます。」
「ええ!任せなさい!」

 という次第で、真凜の遊びに付き合うことになったのだが…
「真凜、どうする?遊ぶって言ったって何するんだよ。」
大人数ならできたことも、二人じゃなかなかできないぞ。
「徹くん!私、やりたいことたくさんあるんだよ!全部付き合ってもらいます!まずはこっち!」
そう言うと真凜は俺の手を引っ張って走り出した。
「君たち!プールサイドは走らないで!」
「「すみません!!」」
もれなく監視員さんに注意されました。

それからはちゃんと歩いて、紗希と二人だった時に来た、長い方のウォータースライダーの乗り口に辿り着いた。
「ウォータースライダーやりたいのか?」
「ここまで来て訊くことじゃないでしょ!」
…それもそうだな。乗り口まで来て乗らないことなんて…いや、なくはないな。
「真凜は怖くないのか?」
「え?全然!ていうか、私あまり恐怖症とかなくて。高所も暗所も閉所も大丈夫!逆に徹くん怖いの?」
「いや、お前たちと合流する前、紗希とここ来たんだけど、アイツ高所恐怖症でな…だから短い方のスライダーに変えたんだよ。それで、真凜は怖くないのかなって思ってな。」
「なるほど。でもそれなら正直徹くん、長いのやりたかったでしょ!」
「そりゃやりたかったよ。」
「私、平気だから一緒にやろ!」
やっとこの長いのに乗れるのか…楽しみだ。

俺と真凜はそれぞれ乗り口に腰を下ろした。
「じゃあ徹くん!せーので行こう!」
「了解。それじゃあ…「せーの!」」
俺たちは合図で同時に発進した。このロングのスライダーも、短いやつと同様に全面覆われているため、滑っている最中はお互いの姿は確認できないが、きっと真凜も感じていることだろう。このスピードに乗ることによる爽快感を。短いやつでも十分爽快感を得られたというのに、もはやこれは致死量の爽快感ではないだろうか。滑っていてとても心地が良い。しかも短い方では20秒程しか味わえなかったこの感覚をこちらでは1分程満喫できる。こんなに素晴らしいものはないと思う。

やはりこういった悦を伴う行為というものは、時間が過ぎるのが速く、気がつくともう下のプールの中にいた。俺、ホントに致死量の爽快感で昇天するかのように気絶してたんじゃないか?と言う程にあっという間だった。そして俺が水面に顔を出すと、少し遅れて真凜がスライダーから飛び出してきた。それから数秒して水面から出てきた真凜は、満面の笑みを浮かべていた。
「すごい!すごく爽快だった!楽しかった!」
やはり真凜も同じ感想を持っていたようだ。これはクセになる。
「ホントにすごかったな。どうする?もう一回行くか?」
「お、さては徹くんもかなり気に入ったなー?」
「あんな爽快感そうそう味わえないからな。」
「だよね!でも徹くん、私もう一個気になってるのがあってね…」
もう一個?なんだろう。
「あの乗り口とは別にもう一個乗り口があったじゃん。あれ、たしか二人でボードみたいなやつに乗って滑るやつだと思うんだけど、徹くんさえ良ければ…乗りたいなーって…」
後半はやや遠慮がちに言ってきた。だが正直、
「あれ割と俺も気になってたんだよ。やってみるか。」
紗希と来た時は、紗希が高いところが無理な以上諦めていたが、真凜なら何も問題はないだろう。
「いいの?じゃああれ乗ろ!」
「おっけー!」

ということで、またまたスライダーの乗り口まで階段を登った。そして、先ほどと向かい側の乗り口に行くと、スタッフのお姉さんがボートのようなものを支えていた。俺たちはボートに乗り込んだ。
「それではお二人とも、しっかり取っ手に掴まってくださいね!さもなくば滑落します。」
「「怖っ!」」
お姉さんから洒落にならない注意を受けて俺たちはそれぞれ左右の取っ手を握りしめた。流石に怖いもの知らずの真凜もこの注意は怖かったようだ。
「それでは押しますね!いってらっしゃい!」
お姉さんはボートを敢えて正面からではなく、真凜の方に体重をかけるように押した。おそらく回るようにした方が楽しめるからだろう。そしてやはり、ボートは回転しながら滑り始めた。
「徹くん!すごい!結構回るね!」
「だな!なんか方向感覚失いそうだけど、これも楽しい。というか、あっちのスライダーとはまた違った感じだな!」
「ほんとにね!」
俺たちは回るボートに乗ってコースを滑るのを思うがままに楽しんだ。

下のプールに着水するちょっと前になるとボートの回転はほぼなくなり、俺はずっと後ろ向きだった。そして回転がないのをいいことに真凜は取っ手から手を離していた。それがまずかった。不意にボートが俺の背中側に傾いた。そしてそのままボートはほぼ縦に落下した。俺は後ろ向き、真凜は正面に俺がいることでお互いわかっていなかったのだ。最後に急勾配が待ち構えていることが。俺は取っ手を掴んでいたから大丈夫だったが、真凜はコースに沿って滑り落ちるボートから落下する。幸い、その落ちる俺の位置に落ちてきそうなので、なんとか真凜は無事で済みそうだ。俺は取っ手から片手を離し、真凜の落下に備えた。すると真凜はピンポイントで俺のところに落ちてきた…のだが、真凜の膝が俺の急所にクリティカルヒット。俺は呻き声を上げ…ることもできなかった。直後に真凜が俺の顔にしがみついてきたからだ。真凜も落ちないように必死だから。紗希の時に引き続き、今度は真凜の胸に抱えられて、またもや窒息の危機。それに加えて下腹部も痛む…砕けてないよな…

 下に着水した頃には、俺はもう虫の息だった。真凜は俺をベンチに搬送した。そして、
「徹くんほんとにごめんなさい!!私が手を離してたばかりに!!」
謝罪しつつ、買ってきたかき氷を俺に寄越した。俺は本日3杯目のかき氷を受け取る前に力尽きた。

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