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12シトライアル第四章       勝負のX-DAYpart23

第百七話 X-DAY:考査編
 突然ですが本日、7月20日金曜日。放課後の屋上に俺は呼び出されていた。この字面だけを見れば、ロマンティックな青春イベントに思えるかもしれないが、否。なんせ、俺をここに呼び出しているのは…
「ちゃんと逃げずに来たのね、きし。」
「逃げも隠れもするかよ。」
天敵、信岡しのおかなのだから。

 遡ること4時間前の12:30、四限終了の時間。本日の四限は英語表現Ⅱだったのだが、いつもなら昼休み直前の授業が終わると間髪入れずに騒ぎ出す芹奈せりなが今日はやけに静かだった。この間他の科目が返ってきてそれが赤点だった時でさえ騒いでいたのに。
「おい芹奈、どうした?珍しく黙って、そんなに地獄みたいな点でもとったのか?」
「はあぁぁ〜〜…」
恐ろしいほどのため息であった。
「ちょっと見せてみろ。」
「はあぁぁ〜…って、ちょっ!」

半ば強制的に芹奈の解答用紙をふんだくると、右上の氏名記入欄の横には、赤く大きく『93』という二桁が書かれていた…ん?93?!39じゃなくて?と思い解答欄を見てみると、たしかに大半が丸になっていた。さらに言えば、今回のテストは平均点40点台なのに…コイツ、勉強苦手な筈じゃ…
「芹奈、お前…」
「いやぁ…その…えっと…全科目赤点の夢最後で破れちゃった!」
「そんなことで落ち込むな!なんなら赤点のあの字もない点数だろ。」
「でも!他はこの通り!全部赤点!」
「そんなことで誇るな!」
やっぱ芹奈は芹奈だった。
「ちょっと岩井いわい、放課後、職員室に来てくれ。」
「え?あ、はい。」
「お前流石にカンニング疑われてるんじゃ…」
「…うん、かもね!」
「そんな嬉々とするな!」
「わたし、学食行ってこよーっと!」
…なんじゃこりゃ…そして芹奈が去って行くと、

「ちょっと岸!あんたデリカシーって言葉知ってる?人の解答用紙なんて独断で見るもんじゃないでしょ?」
なんて言いつつ、信岡がやって来た。
「流石にデリカシーくらいは知ってる。でも、アイツ実際そんなこと気にしないだろ。」
「あんたがそれ言う権利はないのよ?」
なんか、やけに厳しくね?

「と!こ!ろ!で!」
「急にデカい声出すな、ビビるから。」
意外と小心者なんです、俺。
「今の英表で全科目の試験が帰って来たわね。テスト前にあたしが言ったこと、忘れてるとは言わせないわよ?」
「…わかってるさ。勝負だろ?」
「お、あんたみたいなダチョウ程度の脳みそでも案外覚えてるのね。それなら話が早いわ。」
流れるような罵倒である。
「まあ、こんなお昼時に開示をしたいほどあたしだって野暮じゃないわ。てことだから、放課後、屋上に来なさい。あんたとあたしの戦い、誰にも邪魔されたくないもの!」
なんかめっちゃ壮大な果たし合いみたいな呼ばれ方をしてしまった。

 なんてことがあり、今に至る。
「すまんが、俺はこの後部活なんでな。手短に頼みたい。」
「ええ、さっさと終わらせましょ。とりあえず合計点からでいいわよね?」
「異論はない。」
「あんたから言いなさいよ。」
勝手に進めないでほしい。まあいいけど。
「俺は12科目で1092点。信岡は?」
「え?うそ?!全く同じなんだけど…」
…は?
「そんなことあるか?!」
「あんたが数え間違えてるとか?」
「失敬な!何回も計算したさ。」
「それなら、1科目ずつ比べましょ。」
「望むところだ!まずは技能教科から。」

「あたしは家庭科が90点、芸術は書道で95点よ。あんたは?」
「家庭科は96点、芸術は音楽で91点。」
「ここは一勝一敗ね。じゃああとの5教科10科目。理系科目からいきましょ。あたしは数Ⅱ85点、数B90点、化学…78点、地学92点。」
「俺は数ⅡBがどっちも96点、化学98点で、物理はなんとか満点だった。」
「悔しいけど理系科目は完敗ね。まあ、あんたのおかげで数学の大事故は防げたから、そこに関しては感謝してあげるわ。」
「上から目線で感謝されるの初めてだ…」

「まだ文系科目が残ってるものね。あたしは現文87点と古典91点、コミュ英が98点、英表が99点よ。」
「現文94点、古典92点、コミュ英は93点、英表は94点だから、ここは二勝二敗だな。」
「そうね…あ、でも、これであたしが勝ってる科目数で負け越しなのは決まっちゃったわ…」
「まあ、あまり言いたくはないが、あと地歴公民が残ってるから、さっさとやっちまおうぜ。」
「そうね、あたしは倫政95点と日本史が96点で、これで合計1092点…ってことはちょっと待って?あんた…あとの2科目…」
そう、多分信岡の想像通りである。
「倫政は90点だから悪くはなかったんだが…世界史が52点しか獲れなくてな…で、1092点ってことになった。」
「何があったのよ?!」
「まあ、歴史とか苦手でな…特に横文字の暗記ばっかりな世界史は尚更。」
「じゃあなんで世界史選択にしたのよ?!」
ぐうの音も出ねぇ…

 閑話休題。
「とりあえず、12科目合計ではお互い1092点で引き分け。内訳で言うと、俺の7勝、信岡の5勝ってところか。」
「でも正直、今回はあたしの負けでいいわ。」
…コイツ、熱でもあるのか?
「これまたなんで?」
「あたしの方がより多くの科目で負けてるし、あんたは飛び抜けて苦手な科目があって尚この結果でしょ?あと、芸術に関してはあたしは負けたようなもんよ。音楽の平均点、どのくらい?」
「えっと…51点。」
「それに対して書道の平均は73点よ!平均73点のテストでの95点と平均51点のテストでの91点は圧倒的に後者の方が価値が高いのはあんたにもわかるわよね…」
「ま、まあ…それは。」
俺は答え方に困った。なぜだろう、この天敵の口からはっきりと敗北が宣言されたのに、なぜかモヤっとする。体育祭の時もそうだったが、コイツはしばしば、卑屈な態度をとる。コイツの秘めている優しさや繊細さがこんな態度に出ていると俺は勝手に解釈しているのだ。そう思えるからこそ、俺はコイツを好きではないものの、別に憎いとも思わない。

そして言いたいことがやっと固まった。逆鱗に触れないことを祈るように俺は口を開いた。
「今回はさ、引き分けでいいと俺は思う。」
「え?」
「たしかにお前の言うように、俺は不利な条件で戦ったけど、そんなの社会じゃ関係ない。どんだけ一部でいい点を獲っても他が悪ければおじゃん。それがこの世の中。そう考えれば俺とお前で広い目で見るなら今回は優劣はつけられない。だから!だからこそ!次回は世界史も克服して堂々と勝利宣言を出してやる!だからまた勝負しようぜ!」
コイツがどんな反応をするかは知らない。だが、俺にとって一つたしかなことがある。それは、毎回接戦になると予感しているからこそ、コイツとなら切磋琢磨できるからこそ、コイツと勝負するのを楽しんでいるということだ。まあ、フィジカルの勝負は御免だが。

「ぷっ…何よそれ。あんたが負けず嫌いなのか勝負が好きなのか益々わかんなくなったじゃない!でもそういうことなら遠慮せず、次こそは徹底的に叩き潰すわ!」
信岡はそう言って俺に手を差し伸べてきた。そして俺もそれに応えた。きっとこの瞬間だろう。俺の中でも、そしておそらく信岡の中でも、お互いが天敵から好敵手ライバルに変わったのは。ロマンチックではないにしても、これも一つの青春イベントだろうと俺は感じたのだった。

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