見出し画像

12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part18

第百四十五話 後輩の一喝
 大会2日目。今日はシングルスの五回戦以降とダブルス、ミックスがある。ミックスももちろん大事だが、まずはシングルスに集中するんだ。アップを済ませて観覧席に戻ると、
きしくんおはよう!」
「今日も邪魔すんぞ!」
「楽しく観させていただく!」
昨日と同じ親友三銃士、そして、
「てっちゃんおーっす!」
「約束通り観にきましたよ!」
「ごめーん!昨日急にシフトに欠員出たみたいで今日しか来れなくなっちゃった!!」
岩井いわい姉妹と真凜まりんが現れた。いつの間にかこの3人めちゃくちゃ仲良しになってるな…
「あ!杏奈あんなちゃん!久しぶり!」
下北しもきたが杏奈ちゃんの登場にテンションが上がっている。
「どうした下北、そんなにはしゃいで…」
「だって普段は私たち一年生が一番下じゃないですか。だからなかなか妹的な立場と触れ合う機会がないので。」
たしかに、下北も金本かねもともその他一年生も、部内では妹、弟って感じで可愛がられる側だしな。わからんでもないかもしれない。実際、一年生が入ってきてから由香里ゆかりも心なしか変わった気がするし。

とおる!今日も調子良さそうだな。」
桜森さくらもり先輩が声をかけてきた。
「はい!絶好調ですよ。」
「シングルス頑張れよ!」
「やれるだけやってみます。」
まあ怖いのは、次の五回戦の相手が四つ角の一角ってことだが。
「シングルス残ってるのはもう徹くんだけだもんね。」
桜森先輩の後ろからひょこっと出てきながら春田はるた先輩が言った。
「ていうかとーるがしれっとベスト16まで行ってるの普通にすごすぎません?」
「しれっと行けるようなところじゃないもんね。」
「ってことだから徹、頑張れ!」
「はい!」
これは尚更シングルスに全力を尽くさなくては…

 「男子シングルス五回戦、東帆とうはん高校、岸くん…」
お、コールが入った。今日の初戦だし相互審判だな。
「じゃあ審判は…」
「あたしにやらせてください!」
「私やります!」
金本と下北が同時に名乗りを上げた。もはや今ではホントに仲良さげだな。息もぴったりだし。
「んー…流石に一人でいいし、じゃんけんで。」
それを言ったのが運の尽き。二人のじゃんけんはそれはそれは長く続いた。終わりそうにないので先にアドバイザーを募ることにした。すると、
「俺入るよ。」
桜森先輩が真っ先に立候補してくれた。しかし、
「すみませんけどあたしがやります!」
由香里が割って入った。

「今日はミックスもあるんですから、先輩は莉桜りお先輩と今日の確認とかしといてください。その点、あたしはとーるのパートナーなので!」
「…そっか。ありがとね。じゃあ、今回は徹のこと任せたよ。」
「でも私たちも上から応援してるからね!」
「ありがとうございます。それじゃあ由香里、アドバイザー頼む!」
「あいよ!」
そしてその頃後輩二人のじゃゆけんが終わり、今回は下北ということに落ち着いたらしい。俺は二人と共にアリーナへと向かった。

 昨日は四人のところに応援がバラけて、観覧席はまばらだったが、今日はみんな同じところに密集している。完全に俺を応援する布陣でいてくれている。勝てる希望は薄くても、勝てなかったとしても、精一杯やったから良しと思えるような試合にしようと腹の中で誓った。相手も向かいに着き、ラケットを台に置いた。
「「お願いします。」」
挨拶をして試合前のラリーを始めた。振り方や姿勢の癖から察するに、相手はカットマン。防御型の相手と見たが、四つ角に入っていることなども鑑みると、おそらく普通に攻めてもくるだろう。そこに対処できるかどうかだな…何にせよ堂々と自分の卓球をするまでだ。

 始まった第1ゲーム。サーブは相手からだ。バックサーブの構えだが、嫌な予感がする。横上がくるか横下がくるかが全く読めないのだ。上手いカットマンは上下がわからないバックサーブが上手い人が多いので想定はしていたが、どうしたものか…一旦インパクトの瞬間のラケットを見てみることにしよう。1本目のサーブでは、ラケットはボールを下から上方に向かって擦り上げているように見えたので下回転だと踏んでツッツキで返したが、完全にハズレ。ボールは大きく浮き、鋭いスマッシュを叩き込まれた。続く2本目のサーブもほぼ変わらないスイングに見えたので、今度は軽く擦り上げてみたところ、ボールが持ち上がることはなかった。ここまでわからないものとは…得点板の方を見ると、得点板をめくる下北の表情にも驚きの色が出ている。
「大丈夫!とーる気にすんなー!」
由香里の一声で現実に戻ってくる。そうだ。ゲームはまだ始まったばかり。今度は俺のサーブだ。そこで挽回すれば…

「3-11。ゲームセット。」
そう思ってた時期が俺にもありました。3点しか獲れずに1ゲーム目を落とした。
「はい、お疲れ、とーる…」
俺に水筒を渡しながら言う由香里の声にも元気がない。
「ああ、さんきゅ…」
たしかにここまでどうしようもないやられっぷりは由香里と組み始めて以降は初めてだ。とんでもない壁にぶち当たったもんだ…流石に気が滅入る。すると、
「徹先輩!何しょげてるんですか!」
審判に入っていた下北が声をかけてきた。
「まだ1セット奪られただけですよ!それに、一回コテンパンにされたくらいで終わっちゃう徹先輩じゃないでしょう?まだいけますよ!」
後輩に説教されるなんてみっともねえ。でもそうだよな。今のゲームで相手のやり口はわかった。どこまでいけるかはわからないが…
「ありがとな。やれること全部やってみる!」

「その意気です!由香里先輩も!アドバイザーが気落ちしてたら選手までだれちゃうから!前向きましょ!」
由香里にも喝を入れてくれた。
「由香里!昨日俺がお前に言ったように、ここからは俺のリベンジの機会なんだ。さっきやられたリベンジ、ここで果たす!だから俺の試合、何も言わなくたっていい。ただ、ちゃんと見ててくれよ。」
「…あたしからアドバイザーやるって言い出しておいて…そうだよね!あたしがちゃんとしてないと、とーるに迷惑かけちゃうもん!だからもう後ろは見ない!とーる、ファイト!」
「おう!」
「よかったです、お二人ともいつも通りになったみたいで!」
そう言った下北は俺たちに微笑みかけていた。

 人間は弱いものだ。追い詰められるとどうしても弱音を吐いてしまう。でも下北の言葉で目が覚めた。弱音を吐いていてもどうにもならないし、逃げにすらならない。だったら色々と宣うのは堂々とやってからでも遅くはない。その思いで臨んだ第2ゲームはやはりまだ劣勢とは言え、第1ゲームと比べると、圧倒的に対応できている気がする。サーブは依然わからないままだが、一か八かで攻め続けた結果、一時6-6までもつれ込んだ。残念ながらその後は1点も獲れずに2ゲーム目も落としたが。
「とーるお疲れ!やっぱ相手強いねー。」
「ああ、でもさっきよりは格段に勝負になってる感覚がある。」
「だよね!とりあえず今みたいにもう1セット行ってこい!!」
「そのつもりだよ。」
やはり由香里との会話はこうでなくっちゃ!

 第3ゲーム。再び相手のサーブからスタートなのだが、ここにきて相手がサーブをフォアサーブに切り替えてきた。バックサーブが読まれ始めていると思って変えたのだろう。まあ、こちらは読めていないのだが。いずれにしても、相手はこのゲームで決めるつもりだ。そうはさせない。
「とーる!どんどんいけー!!」
由香里の応援も受けつつ初見のサーブにもどんどん攻め続ける。そして運がいいことに、フォアサーブの方は割と回転がわかりやすいので何本かレシーブでも得点できている。そして気がつくと10-9。先にゲームポイントを奪っていた。そしてサーブは俺。
「決めろー!!」
俺は渾身のバズーカサーブで勝負を決めにかかった。しかし、相手に読まれていた。上手く叩かれてデュースに。そして相手はここでサーブをバックサーブに戻してきて、俺は読みを外して失点。続く俺のサーブからは俺がドライブ、相手はカットという展開になったが、10往復程した頃、俺のドライブに唐突にカウンターを入れてきて対応できず万事休す。俺は久しぶりのストレート負けを喫した。

「悪い、負けちまった。」
「でも最後のセットの先輩すごかったですよ!」
「あたしも同感。さて、とりあえず過ぎたことは忘れて、次はあたしとミックスだよ!」
「ああ、よろしく頼むぞ!」
こうして俺たちのシングルスは終わりを告げ、ミックスの激戦が始まろうとしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?