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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part8

第百三十五話 厨房の分業と姉妹の茶会
 さて、遂に県大会を週末に控えた一週間の始まりである。だが、卓球部は月曜日に基本的には部活がなく、今週に至っては金曜日は大会前日ということでオフになっている。つまり、まともに練習できるのは、明日からの3日間のみ。その3日間を活かしきれるかが勝負だろう。そして、部活がオフの今日は…
とおるくん、ちょっとお会計よろしく。」
コーヒーと睨めっこ中のマスターからの頼みに対し、
「はい!」
と答えて従う。そう、喫茶うなばらでバイトだ。

 「ありがとうございましたー。」
レジ対応をマニュアル通りに済ませる。正直、あまりレジ対応とか電話対応得意じゃないんだよな…料理なんかはレシピに沿って進めればいいだけだが、お客様との対話は、人によって癖や性格の違いがあるので、そうそうマニュアル通りに進むものではない。その点今回は特に何事もなくてよかった。
「徹くん、すごく機械的じゃない?」
真凜まりんに指摘された。無理もない。
「正直結構苦手なんだよ…」
「なんか、由香里ゆかりにぼっち認定されてるのもちょっとわかった気がする…」
憐憫の目を向けられた。しかし、哀しい哉、これが現実だった。

「でも、徹くんほんとに苦手なの?」
「え?苦手だけど?」
「その割には前、厄介なお客さんの対応引き受けてくれたよね?」
そういえば…真凜が入ってきてすぐの頃にそんなこともあったような…
「まあ、でもあの時は真凜もまだ新入りだったし、理不尽な客の対応させてしまうのも悪いかと思ってな。あまりちゃんとは覚えてないけど。てか、逆にそんな前のこと、よく覚えてるな。」
かれこれ9ヶ月くらい前のことなのに。
「だって!あの時、徹くんにすごく助けてもらったから、そんなの忘れるなんて恩知らずもいいところじゃない?」
これ、あるあるなのかな。手を差し出した側からするとなんてことでもないけれど、救われた側は覚え続けている、なんてことは。

 時刻は午後3時。ティータイムにちょうどいい時間なので、そろそろお客様も増えてくるところだろう。なんて考えていた折、ドアが開いてベルが鳴った。そして、二人組のお客様が…
「てっちゃーん!真凜ちゃん!やっほー!」
「ちょっ!お姉ちゃん!他のお客さんに迷惑だし恥ずかしいからやめてよ!!」
すっかり常連になっていた岩井いわい姉妹だった。
「おー!芹奈せりなちゃん、杏奈あんなちゃん、いらっしゃーい!あそこの奥のカウンター席でいいかな?」
もうすっかり真凜と親しくなっているらしい。二人は真凜に示された席に腰を下ろした。

「てっちゃん!わたしクリームソーダで!」
「お前ホント炭酸ジュース好きだよな。」
「えへへ、まあねー!」
「そんなのばっかり飲んでたら余計に…」
なんて口を滑らせてしまった。
「???」
よかった!大丈夫、察されてない。
「悪い、なんでもない。杏奈ちゃんはどうする?」
「私はあったかいアールグレイでお願いします。」
「杏奈ちゃんは紅茶好きだよね!前徹くんがいない時に来てくれた時も紅茶注文してくれてたし!」
「そうでしたね!真凜さんよく覚えてますね。」
「二人とももう常連さんだからね!」
…そういう問題なのか?

「お茶菓子とか何かほしいのあるかな?」
「私は…プリンでお願いします!」
「わかった。芹奈はどうする?」
「わたしはねー…えーっと…ごめん!クリームソーダはキャンセルでこのフルーツパフェで!」
…余計に太りそうなものを選んだな。なんて、口が裂けても言えない。
「お姉ちゃん、また体重ついちゃうよ?」
「たまにはいいでしょ!ダイエットにもチートデイは付き物だし!」
「それ、昨日も一昨日も聞いたような…」
「まあいいじゃん!少しくらい!」
これ、杏奈ちゃんが言ってるから許されてるんだよな。俺が言ってたら今頃俺の命はなかったかもしれない。

 「じゃあ、徹くんはアールグレイ用意しておいてもらっていい?私フードの方やっとくから!」
「了解。こっち終わったらパフェ手伝うよ。」
「ありがと!」
ということで、俺と真凜は二手に別れて分業体制をとった。とりあえず紅茶淹れなきゃな…って、アールグレイ切らしてるじゃん!倉庫行かなきゃ…先にお湯沸かしてからにしよう。
(さてさて…プリンは容器を軽く温めて提供皿に出すだけだから楽だけど…パフェ長らくオーダー出てなかったからなー。必要な材料厨房に揃ってるかな…あっ、キウイがない!!倉庫に取りに行かなきゃ!って徹くんどこ行ったのかな…もしかして…ここは一か八か!)

倉庫に着いて、アールグレイの茶葉を探すこと数秒、ちゃんと見つけた。さて、急いで厨房に戻るか…と思った矢先、ポケットの中でスマホが震えた。うなばらでは、業務連絡やオーダーをとって即座に厨房に届けるために勤務中もスマホを携帯している。業務連絡の可能性がおるのでスマホを見ると、真凜からだった。
『徹くん、今倉庫にいればキウイ取ってきて!』
おそらくここしばらくパフェのオーダーが入っていなかったため、今のメニュー構成ではパフェにしか使わないキウイを厨房に運び忘れていたのだろう。えーっと…キウイキウイ…お、あった!俺はアールグレイとキウイを厨房にダッシュで持ち帰った。

「悪い真凜、待たせた!」
「ありがとう!やっぱり厨房にいたんだ!」
「ああ、ちょっとアールグレイ切らしてたから取りに行ってた。」
「一か八かの読みが当たってよかったよ!」
「外れてたらどうしてたんだよ…」
「その時は私が倉庫に走ってたよ!」
「最初からそれでよくね?」
やはり、真凜は一か八かの賭けに強いようだ。

 「やっぱり真凜さんと徹さん、息ピッタシだよね。お互いの考えがわかるみたいに…」
「あー、わかる!まあ、主に真凜ちゃんがすごいよね、いつ何時奇行に走るかわからないてっちゃんをあそこまで理解してるんだもん!」
「お姉ちゃん、自然に徹さんのことディスってない?」
「え?そんなことないけど?」
(悪気はないんだろうけど、それが一番タチ悪くない?お姉ちゃん…)
「わたしはただ、そーゆーところがてっちゃんの面白いところだなーって思うだけだよ!」
「え?」

「てっちゃんって基本すごい真面目で努力家な優等生じゃん?なのに、行動を完全には読みきれなくて。骨折してるのにドッジボールに参加したり、無駄に先生にこき使われたり、最近はそうでもないけど毎日のようにともちゃんに蹂躙されたり…ただの優等生じゃ説明がつかないようなことだらけなんだよ、てっちゃんは。そこがわたしがてっちゃんを面白いと思うわけ。」
「なるほどね。たしかにそれは私も思う!この前卓球の大会観た時にも感じた!あの日、団体の決勝で徹さんが最後に勝負を託された時に、どんなに追い込まれても最後まで、怪我をしてまで諦めなかったところ。それこそ徹さんの真っ直ぐな性格を体現してると思うし、何より卓球部の人たちでも理解できないようなプレーをするっていうのもよくわかった。ただ、あそこまでの自己犠牲をしてまで何かを成し遂げようとする姿、かっこいいと思う反面、すごく心配なんだ。」
「たしかにね…」

「お姉ちゃんは知ってる?徹さん、高校に特待生として通っててね。毎回成績を高水準で保たなきゃいけないんだって。東帆とうはん高校って、そもそものレベルが高いから、その中でトップクラスの成績を獲り続けることの難しさ、お姉ちゃんもよく知ってると思う。」
「痛いほどわかるよ。それに、わたしはそれから逃げたんだもん。今のわたしができたのも、それがきっかけだからね。たしかにそーゆー意味だと、てっちゃんが色んな方面からのプレッシャーに耐えられなくなって、てっちゃん自身を壊しちゃうのは懸念点だよね…」
「そう。だからお姉ちゃん!学校で徹さんが押し潰されそうになってたらお姉ちゃんが守ってあげて!重圧から逃げてもいいんだってこと、一番知ってるのはお姉ちゃんだと思うから!」
「一番知ってる…か。そうだね、お姉ちゃん頑張るよ!まずはてっちゃんにサボる快感を教え…」
「でもお姉ちゃん、徹さんが特待生から転落するほどサボらせるのはダメだからね?」
「流石にわかってるよ。大丈夫。」

 無事紅茶を淹れ終わったので、真凜に手伝うことはないか尋ねた。すると、
「パフェもう終わるから、プリンの盛り付けだけお願いしていい?」
とのことだったので、少し温めたプリンの容器から提供用の容器にプリンを移し替えた。そして、ホイップクリームを絞って、サクランボを乗せたら、提供準備完了だ。ちょうどパフェも準備が整ったようである。分業最高!

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