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12シトライアル第五章       八百万の学園祭part1

第百六十六話 一汁三菜?無汁二菜?
 朝、目が覚めると謎に体が重かった。という動けなかった。なんだ、金縛りか?心なしか息苦しくもある。幸い首は動くようなので、頭だけ起き上がると、俺の胴体に乗っかっている何かがある。およそ二つほど。それは一体何なのかといえば…
「あ、お兄おはよー!」
「とーくん、やっと起きた。」
従妹いもうと並びに幼馴染だった。しかももう制服に着替えている。コイツら個々はそれほど重くないんだが、やはり二人合わさると重いな…いや、そうじゃない。
「なんで朝っぱらから俺の上に二人して座してるんだよ…結構苦しいからいい加減降りてくれ…」
「「嫌だ。」」
なんだろう、確固たる意志を感じる…

 閑話休題。二人をどけて時計を見ると、時刻は朝の6:00。早すぎないか?三人とも7:30に家を出れば余裕で間に合うくらいなので流石に早すぎる。しかもさっき俺に『やっと起きた』と言っていたと言うことは、コイツら5時台には既に起きていたのか?夏祭りから早15日ほど経過した本日、9月3日月曜日は、俺や歩実あゆみにとっても、他校の紗希さきにとっても二学期の始業式である。だから最初は二学期のスタートだから早く目覚めたのかとも思ったが、
「せっかく二学期今日から始まるし…」
あれ?当たっているのか?
「景気づけにとーくんの作った朝ごはん食べていこうかなと。」

朝ごはんか…まあ、それ自体はいいとして…
「紗希、絶対和食派だよな?」
「左様。」
「となると白米必要だろうけど、今から米炊いたら時間微妙じゃないか?」
紗希がご飯を食べるとなると、十中八九は和食なので、否が応でも米を炊かなくてはならない。いくら時間に余裕があるとは言っても今から米を炊くのは躊躇われる…仕方がない、米は諦めてもらおう。と思った矢先に、
「お兄、大丈夫!もう炊飯器ポチった!」
歩実が言った。なぜこんな時には準備がいいのだろう。まあいいか。もう炊飯が始まっているのであれば…
「ならご希望通り和の朝ごはんにするよ。」
「とーくん、かたじけない。」
コイツ、いつの時代の人なんだろうか…

 まだ目があまり冴えていなかったのでシャワーを浴びた後、早速調理に取り掛かったのだが、なぜかアイツらの姿が見えない。家に学校の荷物でも取りに行ったのだろうか。それにしても、おかずは卵があるからだし巻き卵を作るのと常備菜のきんぴらごぼうでいいとして…困ったのは味噌汁に使う味噌が尽きていること、あと強いて言うならおかずが少ないことだ。俺だけならこれだけでもいいし、味噌汁もインスタントでいいが、歩実も紗希も俺が作ったやつを食べたいと言っている以上はそうもいかない。これでは一汁三菜ならぬ、無汁二菜になってしまう。どうしようかと悩んでいると、ドアが開く音がした。二人が戻ってきたようだ。そして、
「「……」」
二人して無言で俺に向かって両手を伸ばしている。歩実は味噌を、紗希はアジの開きを持って。何これ、献上品か何か?

「これ、どうした?」
「お兄がシャワー浴びてる間に、何作ってくれるか予想するために冷蔵庫みたら、味噌がなくて、紗希ちゃんはお味噌汁飲みたいだろうなーって思ったから、最近おかーさんが九州で買ってきた麦味噌持ってきた!まあ、うちで使う用とお兄にあげる用で分けて買ってたから、元々お兄にあげようと思ってたんだけどね!」
なるほど?今度叔母さんにお礼言っておかないとだな。
「その麦味噌はわかったが、紗希のそのアジの開きは?」
「おお、とーくん流石。よくアジとわかった。」
「流石にわかるよ。」
「なんかうちにあったから持ってきた。」
「それ持ってきていいやつなんだよな?」
「無論問題ない。おそらく。」
そこは確証してほしかった。だが、ちょうどいい。メインになるおかず、そして味噌汁に必要不可欠な味噌。必要なものは揃ったので、本格的に調理開始だ。

 30分後、ご飯が炊けるのとほぼ同時に、だし巻き卵が完成し、全てのメニューの準備が終わった。米炊けるのと同時に調理工程がちょうど全部終わるとすごく気持ちいいと思うのは俺だけだろうか。
「歩実、紗希、できたぞー。」
「待ってましたー!」
「うん、いい匂い。」
「じゃあ冷めないうちに食べようか。」
「「いただきます。」」
早速三人で食べ始めた。俺は、最初はいつも汁物があれば汁物からと決めているので、お椀を手に取り、汁を口に含む。麦味噌は普段なかなか使うこともないが、たしか九州とか四国ではそこそこお目にかかることも多いとか。他の味噌では感じないような、麦味噌ならではの甘味というものも感じる。これは美味だ。多分この麦味噌なら、冷や汁とかに使ってもきっと美味い。9月とはいえ、まだ暑い日は続くし、ちょうどいいな。

「お兄!だし巻きすごい美味しい!」
歩実はメインになるおかずから食べる派。そして、一口最後に残しておくのがいつもの流れだ。昔から変わらない。好きなものは最初と最後の2回味わうのが歩実の流儀らしい。にしても、
「そうか、よかったよ。」
俺の作ったものを好きなものと言ってくれることは、素直に嬉しい。作った甲斐がある。
「なんかここのところさー、お兄の卵料理、すごく美味しくなりすぎじゃない?元々美味しかったけどさ。」
「そんなことないだろ。」
「いやいや、従妹の目は騙せないよ?今までどれだけお兄の料理食べてきたと思ってるの?」
「まあたしかに…でもそれなら騙せないのは目じゃなくて口だろ。」
「あ!たしかに…ってそんなことは気にしなくていいの!前に食べたオムライスにしても、このだし巻き卵にしても、美味しすぎ!」
歩実がそう言うんなら間違いないか…だとしたらすごく誇らしいな。強いて考えられる理由は、バイトのおかげだろうが、
「まあ、料理は続けてれば自ずと上達するし、そういうことだろ。」
「んー、どうだろう。まあ、美味しければ何でもいっか!」
歩実はそう言って、また箸をだし巻き卵へと伸ばした。

「とーくん、きんぴらの味付け、ちょうどいい。優しい。母の味を思い出す。」
「お前普通に母いるだろ…あとさっきからお前ら、俺を褒めすぎだ…」
ありがたい言葉ではあるが。紗希はきんぴらから食べているが、料亭の家系だからか、そもそもそんな因果があるのかは知らないが、いつもヘルシー志向で、野菜の類から食べている印象だ。コイツ自身は料理の腕は…壊滅的だが、味覚はかなり繊細である。おそらく、ただ不器用なだけなのだ、色々と。それに思考回路がふわふわしているだけで、栄養などについて、知識は十二分に蓄えている。親や祖父母からの教育の賜物だろう。

こんな具合に、朝…に限らずだが、ごはんを食べる時のルーティンとまではいかずとも、ちょっとした癖から、その個人個人の性格なり人となりが垣間見えるのは、俺はとても面白いと思う。食事の時は、食べ物を楽しむ。談笑を楽しむ。楽しみ方は人それぞれだし、俺だって食べ物自体も談笑も楽しんでいる。だが、それとはまた違った楽しみ方も俺はしているのだ。みんなにはなかなか理解してもらえないだろうが。元々は、人に対する観察眼、洞察力をつける目的で、人の発言や癖から心理傾向を考える練習としてやっていたことの一つだったが、今ではそれは俺にとっての楽しみの一つにもなった。ちなみに、だいぶ力はついたと思っている。将来有用かな。生憎、性格自体は推測できても、刹那的な人の気持ちとか感情とかはまだ読めるようにはなっていないのだが。

 「「「ごちそうさまでした。」」」
談笑も楽しみつつ食べ進め、完食。紗希が持ってきたアジも、脂が程よく乗っていてとても美味かった。そして現在時刻は7:15。あとは洗いものだけやって、歯を磨いてうちを出ればちょうど30分くらいになるだろう。と思っていたのだが、
「お兄!朝ごはんありがとう!」
「お礼に皿洗いくらいはうちと歩実ちゃんでやる。とーくんは先に歯磨きとかしといて。」
親しき仲にも礼儀あり、ということだろうか。二人が率先して洗いものをするというので、今回は素直に甘えることにした。ただ、一つ懸念点がある。以前歩実に洗いものを頼んでバイトに行き、帰ってくると悲惨なことになっていたことがあったから、そうならないかという点では不安だ。まあ、今回は紗希もいるし、二人なら大丈夫だろう…

 「「……」」
ジーザス!歯磨きを終えて戻ってくると、歩実一人の時より悲惨なことになっていた。よし、もうこの生活力皆無従妹並びに幼馴染には何もさせない。
「「面目ない…」」
あれ?そういえば歩実、炊飯は事故らずにできていたな…私は不思議でたまらない。

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