見出し画像

12シトライアル第六章       八百万の学園祭part3

第百六十八話 購買と入れ違い
 その後、学校に着き、ただいたずらに先生の話をボーッと聞いていたら、いつの間にか始業式も終わっていた。ホントは午後はバイトまで何もないのでクラスの出し物であるお化け屋敷の準備を進めたかったが、今日は部活に出る人が多いらしいので、メンバーが揃わない。となると、準備をしようにも進められないな…と考え、俺も部活に行くことにした。まあ、月曜日だから卓球部の練習自体はないが…

「お疲れー。」
「あ!とーるお疲れー!」
練習場に行くと、もう既に由香里ゆかりが待ち構えていた。
「にしてもなんか変な感じだね。ここに来てるのに練習しないっていうのも。」
「まあ普段練習しかしないし無理もないな。」
「てか、みんなまだかなー。」
「多分俺らが早すぎるだけだと思うぞ。」
「それは…たしかに。」
時刻は11:00。まだホームルームが終わっていないクラスも多々あるだろう。クラスの準備もそうだが、こちらも人が集まっていなければできないので…
「じゃあ由香里、もうお昼食べるもの何か持ってるか?」
「え?いや、今日持ってきてないし買ってもないから何もないよ。」
「ならまだ誰も来なさそうだし、購買で昼食べるものでも買っとかないか?」
「んー、そだね!乗った!」

 というわけで、現在購買に来ている。
「とーる何にする?」
「えっと…サンドイッチとサラダは買おうかな。」
「いや、OLのランチかって…」
偏見がすぎる…
「そういう由香里はどうすんだ?」
「あたしは…この弁当にする!」
そう言って由香里が手に取ったのは、コンビニなどで常々見かける、炒飯と焼きそばの相盛り弁当だった。
「お前ホント中華好きだよな。」
「まあね!でも別に高級な中華とかは興味ないよ。あたしは町中華が好きだからね!町中華の感じが好きで…あと安さは正義!」
たしかに由香里は結構な庶民派だ。部活終わりに由香里にご飯に連れて行かれることがしばしばあるが、大体は行きつけのラーメン屋か町中華だ。他の面々が加われば、その辺のファミレスになったりするが、いずれにしても庶民派な由香里は俺と金銭感覚が近いように感じるので、特に気兼ねなく接することができる。最近は減っているが、陰キャぼっちだと思われてイジられることさえなくなれば、文句なしで親しい友だちの一人だ。

 俺たちはそれぞれ会計を済ませ、練習場に戻った。結局まだ誰もいなかった。
「結構みんな遅いな…」
「流石にもうホームルームは終わってると思うんだけどなー…」
下手すればほとんど全員今日の約束を忘れている可能性がある。新部長たちも含めて。そういえばまだ紹介していなかったな。先輩たちが引退したことで、新しい代が始まったわけだが、当然新しい部長が発表された。男子はもり、女子は長谷部はせべさんという二年生が新たな部長に就任した。ちなみに俺と由香里は、ありがたいことにと言うべきか、男女それぞれのエースとして扱われていることで、部長のような重役からは外してもらった。お互い副部長にはなってしまったが。ここまで聞いて、わかる人にはわかるだろうが、あの自称次期部長を名乗っていたはやしは、何の役職に就くこともなかった。当然と言えば…いや、言わなくても当然だろう。しかし、そんな新部長に就任した森や長谷部さんすら来ないのは、一体全体どうしたことだろうか。

 「「すみません!遅れました!」」
と、声が二重に重なって聞こえてきた。この重なりようは…と思って入り口を見ると、案の定金本かねもと下北しもきただった。
「私たち一回ここに来たんですけど、誰もいなかったから、一旦購買でお昼買おうかってことになって…」
「で、戻ってきたらなんかもうセンパイたちが目の前にいる?!ってなりまして…」
…ん?ということは…
「つまりは、最初についたのは俺たち。で、誰も来る気配がなかったから購買に行き、その間に金本と下北はここに来た。そして誰もいないから購買に行き、その間に俺たちが帰ってきて、後から二人が戻ってきた…ってところか。」
いや、わかりづらいな。なんとなく購買に行くタイミングがズレて、入れ違いになっていたのだけはわかる。
「まあ、そういうことだから、全然遅れたとか思わなくていいよ!」
「なんならまだ俺たち以外誰も来てないしな。」
と言うとそこへ、
「悪い!きし、遅れてごめん。」
「由香里ちゃんもごめん!」
ようやく新部長コンビのご登場である。そしてそれ以降、ゾロゾロと部員が入ってきた。みんな忘れていたわけではなかったようで、とりあえず安心だ。

 昼食を食べ終え、新部長の森が声を上げた。
「じゃあ今日は予定通り、学園祭の準備をしていこう。と言っても、やることはそんなに多くないけど。」
そこに長谷部さんも続く。
「だからとりあえず軽く分担だけしちゃうね!」
二人とも、まだ不慣れだろうに部長としての職務を全うしてくれていて一安心である。さて、俺はどの立場からそんなことを言っているのやら…
「とりあえず二分割。今回の的は我々で一から手作りになるから、その材料を買い出さないといけない。百均で使えそうな素材を探す組と、的を作る…というか色塗ったりとかするようの画材を探す組に分かれて買い出しにしよう。今日は始業式だったし、みんな早く帰りたいだろうから、買い出ししてここにまた置きにきたらもう帰って大丈夫。」
「てことで分けよう!」

 その結果、部長二人と俺たち副部長二人はバランスを考えて分けられ、長谷部さんと俺、林と由香里というなんとも妙な組み合わせになった。正直長谷部さんとまともに話したこともないので、コミュニケーションには不安しかない。これは由香里にイジられても仕方ないのか、と思えてしまった。誠に遺憾である。そしてあとは男女比や一年と二年の比がうまい具合に均等になるように分かれた。
「それじゃあ俺たちは素材の買い出しに回るから、岸たちは画材の方頼んだ。」
「了解。」
「ほんじゃあ岸くん、よろしく!」
「…よろしく。」
なんかこれ…気まずい(全て俺のせいだということは残念ながら否めない)。

 林や由香里たちと分かれて画材の店に向かう道中、
「ねーねー、そういえばなんだけどさ、あんまうち、岸くんと喋った記憶ないんだよね。」
「それは…そうだな。」
「由香里ちゃんとはよく話すのにね。」
「んー、まあミックスのパートナーだし。」
「え、それだけ?!」
「それだけってわけでもないけど、別に他に理由があって喋るようになったわけじゃないしな。アイツと組むようになってからだな、ちゃんと話すようになったのは。」
(これ…前由香里ちゃんが言ってたこと、わかる気がする。岸くん、流石に鈍くない?)
なんか不意に長谷部さんに可哀想なヤツを見る目を向けられた。なんでなん?

「…奏音かのん先輩、とおる先輩に近すぎじゃないですか?」
そう言って後ろからひょっこりと下北しもきたが出てきた。そういえば今回の振り分けでは金本とは一緒じゃなかったんだな。
「お、心愛ここあちゃん。どーしたー?そんな膨れっ面でー!」
そう言って長谷部さんは、下北が膨らませた頬を突いた。
「私で遊ばないでください!」
いつもは懐き方が犬のような下北が、今日は怒り方が番犬のそれである。
(あー、そういえば由香里ちゃんだけじゃなかったねー。心愛ちゃんもれいちゃんもそうっぽかったもんなー。ここは一つ遊んであげよう。)

「ねえ、岸くん!岸くんって男子のエースじゃん?」
長谷部さんが急に話題を移してきた。意図がわからない。
「まあ、僭越ながらそう扱われてるけど…」
「僭越ながらって…まあでも強いじゃん?どしたらそんな強くなれるの?てかうちに卓球のイロハ教えてよ!」
「…!奏音先輩!それはダメですっ!」
いや、なんで下北が拒否するんだよ。
「なんで心愛ちゃんが拒否するのー?」
「それはっ…えっと…なんでもいいじゃないですか!ダメなものはダメです!先輩は私のです!」
「ん?心愛ちゃん?!」
(今サラッととんでもないこと言わなかった?)
「あっ…」

あれ?コイツ今、俺を…
「下北…俺はな…」
「はい…」
「俺は所有物じゃないぞ。」
「…はい?」
「いや、まあいくらでも練習には付き合ってやるけど、お前専用の練習機じゃないんだから…な?」
所有物扱いしやがった。少なくとも俺は物ではないし、別に下北の元にあるわけでもない。
「「…鈍すぎ!!」」
何故?!しかもなぜ長谷部さんにまで言われなきゃならんのか。誠に遺憾である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?